TSメイドが貴族にプロポーズされる話
今私は廊下を歩いている。
私以外に人影はなく、私の足音だけが響く。夜である今、窓から光は差し込まず、魔法灯の光が室内を照らしていた。
ここはヴィルヘルム侯爵の館。そして私はここのメイドだ。ここに来て一年。もう迷うことない。私はヴィルヘルム侯爵の執務室を目指した。
少しして目的の部屋の前につく。私は自分の姿に変なところがないことを確認したあと扉をノックした。
返事はすぐに帰ってくる。
「誰?」
「メイドのレンでございます。お申し付け通り参りました」
「入って」
「失礼いたします」
静かにドアを開け入室した。目の前の男、ヴィルヘルム侯爵はすでに作業を止めこちらを見ていた。
「いらっしゃい、レン。来てくれて嬉しいよ」
柔和な笑みを浮かべ、本当に嬉しそうに言った。
「さあ座って」
「いえ、ただのメイドである私は――」
「レン」
「何でしょうか」
「今は二人っきりだよ?」
「……分かったよ、ジル」
どうやらジルは私ではなく俺に用のようだ。俺は目の前にある柔らかそうな椅子に腰を下ろす。
「で、なんの用だよ」
「返事が聞きたいなって」
返事、それはきっとこの前のアレのことだろう。俺はこの前、ジルにプロポーズされたのだ。
「……本気かよ」
「もちろん」
「今は女とはいえ、元男だぞ? 気持ち悪くないのかよ」
「全然」
きっぱりと否定され、ちょっと安心する。
「俺は全然女らしくないし、胸も、小さいし……。他にも――」
「レンは僕のこと嫌い?」
その聞き方はずるい。
「嫌いじゃない。匿ってくれて感謝してるし、一緒に戦った親友だし……」
嫌いなわけがない。
「レン、僕は君が好きだ」
「っ!?」
飾り気のない真っ直ぐな言葉。
思わず頬が熱くなる。プロポーズされたあのときと同じだ。
近くまで来ていたジルが俺を後ろから抱きしめた。嫌な感じはせず、むしろ心が暖かくなる。
「……まだこの気持ちがわからないんだ。女になって初めてだから」
「うん」
「だから、その、もうちょっと待ってほしい」
「いつまでも待つよ」
「胸を張って応えられるよう、わたし頑張るから」
「期待してる」
ジルの手に触れる。そこを通して温もりが伝わってくる。
確信は持てないけど、きっとそういうことなんだろう。
応えられるのは何時になるかわからない。だけど今はただ、この幸せな温もりを感じていたかった。