表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元令嬢の結婚〜〜〜没落貴族の嫁と、大学教師の夫による日常筆録。〜〜〜  作者: ふゆき
 【本編】  元令嬢の日常と、その夫の少し昔のお話。
20/34

坊やとお嬢さま(3)



アーサー・ストウナーは自分の妻と妹が盛り上がっているとはいざ知らず、向かいの談話室サロンで心配していた。


(マリア、ステファニーとは仲良くなれているといいけど……アレはアクの強い妹御いもうとごであるから、苦手にするご令嬢もいるんだよなぁ)


俺の奥方であれば大丈夫、とは信じている。しかし信じているものの、やっぱり気になるものは気になるのだ。


ステファニーについてはさほど心配していない。彼女は兄のことを、不用意には言わなない。妹の口の固さを俺はよく知っている。


ただ、妹が律儀すぎる(・・・)のが問題だった。


(俺について何も言わないことを、マリアが嫌がっても当然だな。隠しごとばっかりの夫って……浮気者と、同義じゃないか?)


「アーサー伯父さん、なにを悩んでるの?」


「……自分の悪業に、悩んでるんだよ」


「あくぎょう?」


「悪いことをしているから、後ろめたいんだよ。マックス、足の先まで紳士でいなさい」


執事が退室し、監視の目がいなくなったマックスは、ソファの端をぷらぷらと蹴っていた。俺の注意にピシッと足をそろえ、ぱちぱちと瞬きをする。


「アーサー伯父さんの悪いことは、ボクの足よりもあくぎょうになる?」


「そうだね。隠しごとをしているから」


「隠しごとなら、ボクにもしてるじゃない。母上もアーサー伯父さんについて教えてくれないことは、たくさんあるよ。でも、それはボクの安全のためにも、『仕方ない』ことなんでしょう?」


「…うん、そうだね。伯父さんは隠している方が、良いと思うから、今もまだ言わないよ。いつかはマックスの母上が教える。それは嫌かい?」


「全然」


思わぬ返答に、言葉が詰まる。


「なんで?」


「ボクだって忙しいんだ!アーサー伯父さんの隠しごとがあったって、勉強とピアノの練習と、ダンスの練習と、たくさんやらなくてちゃいけないんだから!」


だからね、と幾分大人びた顔でマックスは続けた。


「今、自分ではどうにもならないことは、無理に聞かない。それがなくなって、ボクはアーサー伯父さんに大切にされているのは変わらないんでしょう」


「ステファニーが言っていた?」


「うん、母上が言ってくれた」


「……そうか」


呟きながら頷くマックスの頭をなでた。妹には、こんないい甥っ子を育てたことに感謝しなければならない。


(マリアにステファニーに、俺は貸しを作ってる人が多いな)


「でもいつかは教えてね」


「ああ、約束するよ」


「マリア伯母さまにも、隠しごとばっかりはダメだよ」


「……」


今度は俺が瞬きをする番だった。


「マックスにマリアのことだと、話したかい」


「ううん、でも、今日のアーサー伯父さんはなぜか分かりやすいから。紳士の礼儀マナーだし、マリア伯母様には秘密にしてあげる。だから、早く解決してよ」


さらりと言ってのけるのである。こちらとしてはまさか、小さい甥っ子にまで借りを作るとは、予想外だった。


「……成長したなぁ」


するとマックスはすまし顔で紅茶を口に運んだ。ちゃんと背筋を伸ばし、キリッとした目でふふん、といった風に俺の方を見る。


「紳士に近づいてる?」


もう数年すれば、完璧な生意気小僧になるかもしれない。しかしどこまでも愛らしい。


ふわりと微笑みつつ、俺も紅茶を片手に答える。


「ああ……ただ、紳士は紅茶一杯に砂糖は三つも入れないけどね」


「アーサー伯父さん!」


「はは、そう怒るなって」


不服そうな甥っ子の頭をくしゃっと撫で、高級茶葉を味わった。



***



「今度、一緒に買い物をしに行く約束をしたの。嫉妬してもいいわよ、アーサー兄様」


ニコと華やかな笑みをたたえ、ステファニーは俺に自慢する。隣ではマリアが少し、照れたように頷いた。


(よかった、気が合ったみたいだな)


「ご一緒した方がいいかい?」


「いいえ、淑女には旦那様にも秘密の交流は必要なのよ!」


ね、と問うステファニーに、マリアは、はい、と嬉しげに答えた。どうやらかなり仲良くなれた模様だ。


「マリア伯母さま、ボクはご一緒してもいいでしょう?」


妹だけではなく甥っ子にも気に入られたマリアは、今度はマックスに熱心に話しかけられる。


(ステファニーならダメよ、と言うな)


その予想は外れた。


妹はマリアとマックスを見守りながら、俺の近くへと立った。カツン、とヒールの音がフロアに響く。


「……アーサー兄様、あの(・・)人の動きは、知ってる…?」


「……知ってるよ」


久しぶりに、くだんと関係する人と話す。言葉少なでも、十分に空気は緊張したものに変わる。


「また、権力を増したわね」


「議会の扱い方を知っているからね。人心のなんたるかも、よく理解している。悪くない、だから俺は傍観するよ」


ステファニーの瞳が燃えるように光を反射した。小声でまくし立てる。


「為政者のりは、全部アーサー兄様が教えたことよ、分かってる……?!」


「分かってるよ。それにお前が巻き込まれてたことも、これから完全に縁が切れることがないことも、分かってるよ」


そっと、ステファニーの頭をなでる。マックスと同じ形の瞳が、見開かれる。


「…すまない」


「……許します。もう、とっくに許してるわ。ミスター・グレイだって了承しているのよ」


「ああ、ハロルドには感謝してる」


本当に自分は借しばかりなのだ。平穏な生活を望むのは、案外難しいものだった。


「でもね………マリアは違うでしょ」


「……」


「マリアは当事者よ。私たちの関係に触れない優しさに、いつまで兄様は甘えるの?」


マリアはマックスと、楽しそうに会話を続けている。どうやらマックスに汽車がどんな仕組みで動いているのか、説明しているらしい。勤勉なので、興味を持ったことはすぐに調べていたのだろう。


俺の奥方が、こちらを向いた。俺と妹の視線に応えるように、マックスの肩を抱き、ふわりと微笑む。



「……マリアには、いつになったら全部を言うの?」


ステファニーの質問を、俺だって誰かに聞いてみたかった。いつならマリアにゆるされるのか。


「分からないよ……」


全然、この年になっても分からない。


年をとって分かったのは、この世界には、答えが迷子になっている問いが、意外と多く降り積もっている……という、その程度のことだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ