坊やとお嬢さま(2)
マキシミリアン・ヨークは、特に目元がアーサーに似ている。表情が豊かで、賢そうな額をしているわ、とマリアは思う。
そんな小さなマックスは緊張しながらも、マリアの手を引いて、席までしっかりとエスコートしてくれた。
「こちらになります……えと、ははが紅茶を入れますので、お待ち下さい、マリア伯母さま」
ちょっと不安げにマリアを見てきた。
(そうよね、なんたって会話をするのは初めてだわ。それに、時々は他人のフリをしなくちゃいけないアーサー伯父さんの奥さんなんて、何者かと思うに決まってるもの)
そのアーサーの事情は、マリアにも分からないけれど。マックス坊やが戸惑うのは当然なのだ。
マリアは手を広げた。
「ありがとう存じます。マックス、今日会ったばかりだけれど、アーサー伯父様にしていたように、私にもハグをしてくださるかしら?」
優しく笑って見せる。
アーサーがびっくりした顔をする中、マックスは嬉しそうに返事をした。
「……はい!」
ハグをした後、マリアの頬にキスまでしてくれた。自分の案内が成功したと知って、さらにオススメの菓子まで教えてくれる。
はい、はい、と一つ一つに返事をすると、とろけそうに可愛い笑顔を向けて、力説してくれた。
「僕の家のお菓子はおいしいんです。どうぞたくさん召し上がって行ってくださいませ!」
「ええ、分かりましたわ」
午後茶会では、男性と女性は別々の談話室でお茶を嗜むのが慣例になる。
そろそろマックスとアーサー兄様は退室の時間よ、とアーサーの妹でありマックスの母である人に言われると、マックスは残念そうな顔をした。屋敷の執事にうながされ、名残惜しそうにペコ、と礼をする。
アーサーはそんなマックスの頭をなで、マリアに会釈をすると出ていった。
二人に手を振ったアーサーの妹は、マリアに紅茶を勧めた。香りだけでも分かる、最高級の茶葉を用意してくれたらしい。
「マックス…マキシミリアンが、自分のお話ばかりしましたけれど、どうか許してくださいな。紳士にはまだまだ程遠いんですの」
ふふ、とマリアに苦笑いして見せた。笑っている顔は、やはりアーサーと同じ血が流れていることを感じさせる。
「たくさんお話させてしまって、お義姉様、疲れませんでした?」
全く、とマリアは首を横に振った。
「とても、大変可愛らしかったです」
「ならよかった! マックスはお義姉様のことを好いたようですわよ。きっとあの調子じゃあ、帰りもしつこくお見送りするわね。たくさんしゃべるから聞くだけでも大変でしょう。
ふふ、もう、手を付けられない腕白なんです……今日は猫を何匹も被っていたから、まだ、オトナしかったけれど。その内、お義姉にも化けの皮が剝がれるかもしれないわ」
くすくす、と笑うアーサーの妹に対して、マリアはあの、と切り出した。
「ミセス・ヨーク、お義姉様と言うのは、柄じゃない気がします。他の呼び方でも、構いませんが」
というのも、アーサーの妹はマリアよりは年上だと見て取れていた。子供も持たない年下の兄の妻、とは珍しいものなので、どうにも正しい扱われ方も分からない。
率直にその意を伝えたわけだが、マリアはすぐに後悔した。
(でも、せっかく礼儀に則って、お義姉様と呼んでくれたのに、失礼な返答だったのかもしれないわ。アーサーにずけずけ言ってきたせいで慣れたせいで、つい断ったのだけれど。……どうしようかしら)
アーサーとの生活で麻痺していた。こんな愛想のないオハナシをしていたから、女学院ではエミリア以外の友らしい友もいなかった。
もちろん侯爵令嬢というやっかまれやすい立場も原因ではあったけれど、自分にも非はある。
(アーサーの大切な妹なのに、コレはないわ。やっぱり謝って……)
「ミセス・ヨーク、今の言葉は失礼でした。どうかお忘れに……」
がし、と突然マリアの手が掴まれた。いつの間にか、アーサーの妹はマリアとの距離を詰め、手を握っている。しかもどこか嬉しそうに見える。
「なぜ? お義姉様じゃなくて、マリアと呼べばいいんでしょう! いいじゃない、私、お兄様ばかりで子供も男の子だし、妹が欲しかったのよ。マリアからそう言ってもらえて、嬉しいわ!」
「い、妹ですか?」
「ええ、妹! それでいて、友達よ。だから、私のことはステファニー姉さんとでも呼んでちょうだい! ステファニーでもいいわね」
一瞬なにが起きたのか、理解するのに時間がかかった。
(え、っと……親切で、い、意外と押しの強い妹さんだった、のね……?)
「……ステファニー、ありがとう。わ、私、友達は少ないし、姉もいないから、私も嬉しいわ」
不器用ながらにマリアは返答する。確かにステファニーはお嬢さまだ。この相手を圧倒させるような強さは、ご令嬢特有のものがある。
肝心の姉にして友のステファニーは、マリアの返事に大きく頷いてくれた。紅茶も脇にほっぽって、手を握ったままでいる。
「うん、素敵! 一気にマリアに近づけたみたいだわ!」




