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元令嬢の結婚〜〜〜没落貴族の嫁と、大学教師の夫による日常筆録。〜〜〜  作者: ふゆき
 【本編】  元令嬢の日常と、その夫の少し昔のお話。
13/34

自鳴琴(1)



思えば女学院で演奏役をしていたせいで、苦手なダンスは苦手なまま、制御不能に悪化させてしまったのだ。


優雅にバイオリンを弾き、他人事とばかりに眺めていたのが懐かしい。


(……ダメだわ、老人みたいに回顧してばっかり……ああ、現実逃避したくなる!)


マリアは頭を抱えた。ゴンッと肘が机にぶつかる。


隣にいたアーサーは、のんびりと本の頁をめくっていた手をビクッ、と震わせ、動きを止める。


ゆっくり、そろそろとマリアの方を伺った。自分の妻がダンスと聞いて以降、時折奇妙な動きしているのが心配らしい。


(難題ね!)


何事も避けてばかりではいられない。


まして、壊滅ワルツで潰れるのはマリアの面目だけではない。アーサーも巻き込まれるに決まっている。


欠席して逃れたとしても、アーサー・ストウナーはどんな非礼な妻を持ったのかと言われる恐れがある。


出席して踊る他ない。


(そろそろ来てもおかしくはなかったわ。結婚して三ヶ月したら、ソレが到来するらしいと聞いてはいたけれど……二ヵ月くらい早まったって、誤差ね)


ソレ、とは停滞期、もしくは離婚の危機のことを指す。


ダンスの重圧で、マリアの思考は確かにやや変な方向へ走りそうになっていた。


「……マリア、その、今日の夕飯は何かな?」


遠慮がちにアーサーが声をかける。それを左耳から右耳に透過させ、マリアはすっくと立ち上がった。


「うおっ?」


再度びくっとして固まるアーサーの前に、マリアは両足を肩幅大に広げ、しゃんと胸を張った。


美しい立ち姿だった。そのため、アーサーはこれから歌でも歌ってくれるのかな、とかなり頓珍漢なことを考えた。


もっとも、マリアは自分の夫が大抵どこか抜けていることを知っている。そのせいで、強めのかけ声が出た。


「旦那様!」


「あ、ハイッ!」


マリアにつられ、アーサーの返事も威勢が良くなる。


(え、怒ってる? ……いや、怒ってはいないな、うん、大丈夫。でも、じゃあ何が始まるかな。歌わないとするなら、あとはマジックとかあるけど)


一人期待を膨らませるアーサーの脳内はいざ知らず、マリアは堂々と言い放った。


「私、ダンスができません!」


(……あ、そっちか)


アーサーはマジックや歌が披露される場合に備えて、空にしていた両手を止めた。


拍手をするタイミングでないのは明らかなので、とりあえず指を組んでみる。


あまり驚いてはいない。いくら鈍いと言っても、この頃のマリアは実に分かりやすかったので薄々気付いていた。


「うん。じゃあ、一緒に練習でもしようか」


「……知っていました? 私がとても下手なこと」


「昨日僕が帰った時に、料理しながらぴょんぴょん跳ねてたからね。しばらく見ていて、ダンスのステップだと分かったし、あとは朝早く起きて、カーテンを相手に踊ってたから……声かけるか、かなり迷ったけど、邪魔しちゃよくないなと思ったから」


マリアは衝動的にアーサーの鼻をぺいっと掴んだ。


全く筒抜けだったと知って、さすがに恥ずかしい。


なにより内緒にされていたことが、ちょっと気に食わないのである。


「そういう時はッ、黙って見てないで、ちゃんと教えてください!」


「……見てるのは、やっぱり駄目かい?」


「駄目です! 恥ずかしいですもの、見ないという返事をくださいませ!」


「……」


渋々、という風に鼻声でふぁい、とアーサーが返事をした。案外鼻梁の通っているその鼻から、マリアは手を離す。


眠そうな大きな動物を相手にしている気分だったが、かなり大胆なことをした。怒りもしないのは、アーサーくらいなものだろう。


一方、興味深そうに鼻をさすりつつ、アーサーは声をかけなかった理由までは言えないなと思う。


(踊っているのは、結構可愛かったからな。転びそうになっているのにはヒヤッとしたけど、カーテンと格闘しているのとか、特に可愛かった)


マリアが聞いたら、また鼻をつままれそうである。多分、鼻だけでなく口にぐるぐると布を巻かれそうな予感がする。


アーサーにしては賢明な判断で、口には出さないことにした。


ひとまずは、夫婦の隙間時間にダンスレッスンを行うことは決定された。


マリアは胸をなで下ろすと、いつまでも鼻をさすっているアーサーを置いてかまどの支度に取りかかった。


まだまだ冬に備えて、燻製や塩漬けのものも作っておきたい。うまくやれば市で買うよりもずっと安く済む。


ちょっと変な味の漬物ができたとしても、体に悪くなければいいのだと割り切っている。


割り切っているため、一週間前からドバドバとニシンを塩漬けにしておいた。匂いが強烈だとは本に書いてあったもの、もしかすると酷くはならないかもしれない。


今日は作っておいたものを少し取り出し、試食をするつもりである。




その日は、筆舌に尽くしがたい匂いのする部屋での晩餐となった。


しかめっ面をしながら、マリアは宣言した。


「もったいないので、冬までつけておきます」


「……つまり?」


「食べます」


「うっ」


アーサーが涙目になったものの、ニシンの代金の方が重い。結論は変わらない。


「もしかすると、冬にはいい匂いになっているかもしれません」


漬け物の正体を本で読んだことのあるアーサーとしては、否定したかった。しかし否定しても食べることには変わらないので、鼻を自らつまんでニシンを飲み込む。


あまりの匂いに、当然の如く、ダンスレッスンは延期された。



次回11/8投稿予定

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