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元令嬢の結婚〜〜〜没落貴族の嫁と、大学教師の夫による日常筆録。〜〜〜  作者: ふゆき
 【本編】  元令嬢の日常と、その夫の少し昔のお話。
12/34

バイオリン(3)



「……ねぇ、あの時あなた、なんて言ってたと思う?」


突然のエミリアの質問に、マリアは首を傾けた。


「いつ?」


「勝手に私のバイオリンを弾いて、私に返した時よ」


全然覚えていない。


エミリアらしくもなく落ち込んでいる姿と、それを嘲る女生徒の集団は記憶している。変な人と思われているのはマリアも同じだったから、無性に手を伸ばしてしまったのだ。


「あの時ね、あなたは『男の方が弾くのが普通な楽器をわざわざ持ってくるなら、それに見合う勇気が、もう、あるんでしょう。いつもみたいに前を向いて下さい』って言ったわ」


狂人フリークらしくないわ!』


そう啖呵を切ったことを、思い出す。


頬が火照った。なんだかんだ、自分は導火線が短い。


「マリアに叱られて、お花ちゃんなご令嬢よりも、ちょっと狂人な自分が好きだってはっきり自覚したのよね。感謝してるわ」


そう言って優雅に紅茶を飲むエミリアは、実に幸せそうだった。


「今度は私のマナー・ハウスにいらっしゃいよ。その時にまた、バイオリンを聞かせて欲しいわ」


「それじゃあ練習しないと。でも私、バイオリン持ってないわよ」


「それくらい贈るわ。遅くなってしまったけれど、結婚祝いよ。女性向けではないけれど、マリアはいいでしょ?」


花でも甘い菓子でもなく、豪勢な調度品でもない贈り物。友人らしい選択だ。


かつて持っていたバイオリンは、マリアが元の家と共に売ってしまったので、以来、どこかへ流れてしまった。冬支度で物入りになっているこの時に、入れ替わりに思い出が一つ、戻ってくるかのようだった。


胸がほかほかと温かいのは、紅茶のおかげばかりではない。


「やっぱり、私、エミリアが好きよ」


そう言うと、友人は麗しい笑みを浮かべて断言した。


「決まってるじゃない」




***




数日して、マリアの元へ小包が届いた。


宛名はミセス・狂人フリーク。中身は一級品のバイオリンと弓。エミリアはかなり奮発してくれたようだ。


「マリア、怪しい人に名前と住所を教えていないだろうね」


心配するアーサーは、小包をひっくり返したり、宛名の紙を透かしたりとせわしない。


「大丈夫です。友人からですから」


「えっ、でも、宛名に狂人って書いてある…」


「間違っておりません。友人は狂人なのです」


「……狂人なの?」


「はい」


アーサーは首を捻っている。


弓をつがえ、マリアはバイオリンの弦を震わせた。


懐かしい、ダンスパーティーの調べが部屋の中に広がる。夢の中で、クルクルと乙女たちが回転し、手を重ね、踊る。


薔薇色の飾りや、金の彫刻で美しい女学院の大広間ダンスホール。かつてはそんな場所で演奏していた。今は質素な部屋の片隅が舞台、観客はアーサーだけだ。


それで十分。


「……」


黙って聞き入ったアーサーは、演奏が終わるとすぐさま拍手をした。ぱちぱちと子供のように、何度も何度も手のひらを合わせて、マリアへ拍手を送る。


「……格好いいね。持っている姿も似合ってるよ、凛としていて」


混じりけなしに褒め言葉を言うのだから、動揺する。頭を下げ、観客へ向ける礼をした。


「ありがとう存じます」


「でも、それ少しずれてるね。貸してみて」


「え?」


さっとマリアの手からバイオリンが離れる。


アーサーは上の方の弦を繋いでいるネジを何本か回す。それを終えると、マリアの右手に収まっていた弓を抜き取った。


一息。


鮮やかな旋律がバイオリンから溢れ出した。


アーサーの指が細かに弦を抑え、弓が軽やかに動く。ダンスではなく、色づく秋そのもののような、情景を変える音が奏でられてゆく。


(……喰えない旦那様…!)


何小節かで、それは止まった。アーサーはマリアへ丁寧にバイオリンを返す。


「いやぁ、いい品だね。もうすぐ、大学の方でもパーティーが開かれるんだよ。男子生徒は気になるご令嬢を誘ってくるんだけど、演奏家を呼ぶ予算を浮かしたかったんだよね。

俺が今年の雑談係で、最近はずっと帳簿と会計帳の間で悩んでいたんだよ。バイオリンがあるなら、マリアに弾いてもらおうかな」


「何言ってるの、アーサーが弾きなさいよ!」


「え? あれ、マリア怒ってる?」


「怒ってません!」


「ええ、やっぱり怒ってない?」


ちょっと出鼻が挫かれただけで、断じて怒ってはいない。そう思うことにする。


情けない顔をしながらアーサーは頭をかく。


(もう、自分の行動一つで、そんな顔をしないでほしいわ)


チクチクと良心が咎められるではないか。困ったマリアに、アーサーは爆弾発言を投下した。


「でも、どっちにしろマリアには来てもらわなきゃな…。教員もダンスパーティーでは、パートナーが必要だから、配偶者がいる人は、妻も連れてくるのが伝統なんだよ」


「……は」


何ですって。


動きを止める。今、アーサーはダンスパーティーと言っていた。しかもマリアが同伴するらしいと?


「マリア? どうしたの、顔が青いよ?」


「……困ったわ」


困ったどころではない。


大問題、自分はダンスが大の苦手なのだ。



次回11/5投稿予定


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