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一番目の男の子 5

長い年月を経て、ようやく互いに言葉を交わした二人は、初めてとも言える会話を何故かベッドの上で座りながらしていた。


(座る場所が無いとはいえ、ベッドの上とは……)


「ニックは何故母さんに着いてきたの?ここに留まるなとは言わないけど、普通の人間なら逃げ出すでしょうに」


初めて名前を呼ばれたことに喜びを感じつつも、ニックは「そうですねぇ……」と、昔の事を思い出す。


「ご存知の通り、私は元見習い騎士です。自分で言うのもなんですが、幼くとも見習い騎士としては高く評価されていました」


自身の過去について話すニックの目は、何処か切なげで、冷たくもあった。


「けれども、高く評価される度、求められるものも多くなり、父親だけでなく、周りの人々からの期待や、先輩達からの指導も厳しくなって……同世代の子供には嫌がらせもされました」


俯きながら昔の話をするニックをセルディは黙って見ていた。


「幼い私にはそれがとても重荷に感じて、何時しか“死にたい”という感情が芽生え、この森に行けば魔女が殺してくれるかもしれないと思ったのです」


「それで森に来て、母さんと会ったんだ」


セルディが言うと、ニックは「その通り」と苦笑して答える。そして、話を続ける。


「最初アルチナ様に会った時は驚きました。本当に魔女が居るのだと……。それと同時に、恐怖も感じました。魔女に対しても、死に対しても────」


最初は死を望み、自ら森に入ったニックだったが、魔女のアルチナと会ったことで死ぬことに対して恐怖を覚えたのだ。

自分はここで魔女に殺されて死ぬ。引き返すことはもう出来ない……そう覚悟した瞬間、アルチナはニックの頭を撫でたと言う。


「あらあら?可愛い子だこと。でも、生贄にしては随分と立派というか……生贄を捧げる時期が早いというか……」


「あ、あの!」


「ん?どうしたのかしら?坊や」


「────僕を殺してください」


ニックはたった一言、アルチナを見上げてそう言った。

アルチナは驚いて目を見開いたまま黙ってしまうが、直ぐに微笑んでニックの前にしゃがんだ。


「坊やは死にたいの?」


ニックは迷いなく「はい」と答えた。


「それはどうしてかしら?」


アルチナに聞かれ、ニックは死にたくなったきっかけを話した。

アルチナはニックの話を聞き終わると、ゆっくりと立ち上がる。


「なるほどねぇ。世の中苦労するわね。取り敢えず事情は分かったわ。坊や、名前はなんて言うの?」


「ニック……です」


「そう。では、ニック。私と共に来なさい」


アルチナから突然笑顔で手を差し伸べられたニックは、僅かに戸惑いながらも「僕を殺してくれるんですか?」と聞く。


「私、子供が好きなの。だから、今は殺せないけれど……貴方がそう望むならば、貴方が子供では無くなった時、何時か殺してあげるわ。それまでは私の世話係として私のお傍に居なさいな」


ニックはその言葉を信じて、アルチナの手をとったのだった。


* * *


「でも、結局今も生きてるって訳ねぇ。別に死ねって言ってるわけじゃないけど」


「アルチナ様はちょくちょく旅に出ては数年後に帰って来ていたので、私が十九歳になり、いつ殺してくれるのか尋ねることがありました。ですが、アルチナ様は“あと少し経ったら”と言って短い旅に行かれ、一年後に帰って来ました。そして、私が二十歳になったその日────────アルチナ様は約束通り、私を殺してくれました。〈人間としての私〉を」


その言葉からセルディはある事を察した。

〈不老不死の薬〉についてだ。

アルチナはニックが気に入ったから手元に置いておきたいとニックに言っていたらしいが、実際は人間としてのニックを殺す為、約束を果たす為に飲ませたのだと分かった。

また、放浪癖があるとはいえ、アルチナがどうしてちょくちょく短い旅に出ていたのかも理解した。旅に出ていたのは、薬の材料を集める為だったのだ。


「でも、それで良かったの?人間としての君は死んでも、不老不死として永遠に生き続けることになるよ?君の望んでいた死とは意味が違うんじゃ……」


「そうですねぇ……。初めは死にたい気持ちでいっぱいでした。けれど、アルチナ様に拾われ、歳を重ねるごとに、段々とどうでも良くなってきたのです」


そう答えるニックの顔は、何処か幸せそうで、儚げであった。

セルディは「それならば何より」と言い、立ち上がるが、「でも、魔女様は不思議ですね」とニックが呟いた。


「何が?」


「何年も一緒にいて、今日初めてまともな会話をしたというのに……何だか、そんな感じがしないのです。意外と話しやすい、と言った方がいいかもしれませんね。あ、それと……これからも迷惑でなければまた、私とお話して下さいますか?」


初めて話した人間に話しやすいと言われた上に、爽やかな笑みを向けられ、セルディはどんな反応をすれば良いのか戸惑っていた。


「まぁ、別にいいけど……絵を描いている最中は……」


「えぇ。分かっています。その時はそっとしておきますので」


こうして、ニックの過去の傷は癒され、二人の止まった時間が動き始めたのだった────。









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