一番目の男の子
この街で一番恐ろしいと言われる場所は〈魔女の森〉。
初めは、本当に魔女が居るかどうか確かめに森に入る者達がいた。だが、その人間達は帰って来ることは無かった。
けれど、魔女は実際に居たのだ。それも、一人だけでなく、二人────────魔女親子だ。
「セルディ、お母さんが帰って来たわよ~」
森の奥の小さな家に、響く女性の声。
母魔女の“アルチナ”の声だ。
“セルディ”はアルチナの実の子であり、何とも珍しい人間と魔女の血を分けたハーフ魔女。
何故、人間と魔女の混血が産まれたのかはその内話すとしよう。
「セルディ、大丈夫?聞こえてるの?」
セルディからの返事が返ってこず、アルチナはセルディの部屋に行くが、セルディはただ一言「聞こえてるよ」と短く答える。
「なら返事なさないな。全く……」
母魔女のアルチナは放浪癖があり、陽気な魔女。基本的留守にしており、家にはたまにしか帰って来ない。
一方で娘のセルディは、散歩好きである反面、一日中寝ているか、部屋で趣味の絵画を嗜んでいるかの二択。そのため、自分の部屋から出る事は滅多に無い。
それと、もう一つ。
この二人の魔女には、明らかに違うものがあった。
「セルディ、今日はいい〈拾い者〉をしたのよ」
そう言ってアルチナが連れてきたのは、十歳程の金髪碧眼の少年だった。
「紹介するわね。この子はニック。何と!この若さで王宮騎士見習いなんですって!ニック、部屋が薄暗くて見えづらいけど……あそこの椅子に座っているのが私の娘、セルディよ」
ニックと呼ばれた少年は目を細め、部屋の中を覗く。
薄暗い部屋には、一人の若者の後ろ姿があった。
若者はキャンパスの目の前に座り、背中を向けたまま、黙々と絵を描いている。
「娘……さん?ですか?でも、何だか……魔女さんと髪色も、耳も違う……」
それこそが、アルチナとセルディの違う部分。
アルチナは色白で柔らかい金髪に透き通るような水色の瞳をしている綺麗な魔女で、魔女だからこそ耳が尖っている。
けれども、セルディはそんな母親とは違い、紺色に近い黒髪を一つに束ねており、血のような赤い瞳を持っている。耳は人間と同じ。
魔女であってもやはり混血。容姿は人間寄りで、魔女だと言われなければ気付かれない程だ。
そして、生粋の魔女であり、美貌の持ち主である母と比べ、セルディは自分の事を醜いと感じている。
「うふふふ。セルディは人間の血も混ざってるのよ~」
「人間の……血?」
ニックはアルチナの方に顔を向けながらも、横目でセルディの背中を見つめる。
すると、突然アルチナが「よしっ!」と手をパンッと叩き、ニックの方を向いた。
「私はこれからちょっとお出かけするから、セルディこの子宜しくね~」
アルチナはそう言って手を振ると、ニックとセルディを置いて家から出て行った。
ニックはどうしていいか分からず、ただセルディの部屋の前で立ち尽くす。
「あの、僕はどうすれば……」
ニックが声をかけるものの、聞こえなかったのか、無視されたのか、セルディからの反応は返ってこない。
それに対し、若干落ち込みながらもニックはもう一度声を掛けることにした。
「あの、僕はここに居ていいんでしょうか」
試しにニックが言うと、部屋の中は沈黙で静まり返り、キャンパスに絵の具を塗る音だけが聞こえる。
やはり返事は返ってこず、諦めて部屋の前を立ち去ろうとすると、ようやくセルディが口を開いた。
「子供は嫌い」
返って来た言葉はその冷たい一言だけ。
けれども訳ありで、幼いニックにとってその言葉は、深く胸に突き刺さった。