星空
あの後、図書館を出て、二人はとある教室に来ていた。
「壁、丸々抜けちゃってるね」
「そうだね。眺めが良さそうでいいじゃない」
二人は、悪戯っぽく笑い合う。
その教室は、丁度、窓がある側の壁が崩落していた。
遮るものがない教室の外には、文明時代には見る事が出来なかったであろう、両手で掬い取れそうなほどの星空と、風にそよぐ変異植物達の姿が見えた。
「綺麗だね」
「うん」
「…あのままシェルターにいたら、一生見る事はなかったかもな」
ぽつり、とリズは呟く。実感の篭った声だった。
「あぁ…」
「私、君とこの景色を見られて、幸せだよ」
それから、彼女はイヴァンの方を見て微笑む。
イヴァンも、つられるようにして言葉を紡ぐ。
「……………。」
「私も…」
二人は、教室の床の縁に座り、そっと手を繋ぐ。
気恥ずかしくて俯くと、涼やかな風が頬を撫でた。
空は瑠璃色に冴え渡り、白銀の月が二人を照らしている。
彼女達の背後の床に、寄り添う二つの影が伸びる。
「静かだね」
「うん。私達しかいないみたいだ」
周囲に、他の動物の気配はない。紛れもない、二人だけの世界だった。
時折、ざわざわと葉擦れの音はするが、それも彼女達にとっては心地良かった。
「今度は、さ。何処に行こうか?」
イヴァンは、静かに尋ねる。
「…うん。何処でもいいよ。君となら」
リズは、ぼそりと答える。
それから、僅かに零してしまった本音に、彼女は赤面した。
「ん、じゃあさ、ポリネシアの辺りとか行こうよ」
「パキタみたいなさ、褐色人種の人達の謎を解きに行こう」
イヴァンは、楽しそうに笑う。
彼女の菫色の瞳は、夜空に散った星屑を映して、星雲のように輝いている。
「ポリネシアかぁ。随分遠いね」
「でも、それもいいかも」
リズは、何処か遠くを見ながら呟く。
月影が、彼女の顔をしらしらと照らしていた。
「ね、じゃあ、早速行こう」
イヴァンは、身を乗り出してリズに笑いかける。
「今からかい?」
「うん。それとも、今日はもう疲れちゃった?」
「そんな事はないけど…」
リズは苦笑する。
イヴァンは、普段はのんびりしてる癖、妙に行動力があるのだ。
そして、その行動力に、リズは何度となく助けられてきた。
彼女は暫し逡巡し、答える。
「まあ、いいか。じゃあ行こう、イヴァン」
「ふふ、そうこなくっちゃ」
そうして二人は立ち上がる。
イヴァンが手を叩くと、何気なく階下で蠢いていた植物達が、一斉に彼女達の足元に向け、蔓や茎を伸ばし始める。
やがて、植物が足場を作ると、それにリズが飛び乗り、イヴァンに手を差し出す。
そして二人は手を取り合って、ゆっくりと夜闇に消えていく。
余韻も何もあったものではないが、これが彼女達の愛する日常なのだ。
これにて完結です。
ここまで読んで頂き、有難う御座いました。




