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星空教室  作者: 瓜
4/6

過去

 ──とあるシェルターの一角


「B-576、異常なし」


 ………


 ……


 …


「P-578、異常なし」


 此処では、計画的な〈ミュータント・チルドレン〉の育成が行われていた。


 〈ミュータント・チルドレン〉にも、様々な種類がある。

 強力な免疫を持つ者。強靭な肉体を持つ者。超自然的な力を行使する者。突然変異種の動物を使役する者。突然変異種の植物を使役する者。


 そうした、あらゆる種類のミュータント・チルドレンを掛け合わせて、より強力な子供を生み出す事が、この施設の目的だった。


「M-548、着床確認」


 そのために彼らが行った事は、徹底的な生殖管理である。

 此処で生まれた子供達は全て、「特性を表すアルファベット」と「生殖のための個体識別番号」を組み合わせた「名前」で呼ばれた。それが、施設にとって最も効率的だったからである。

 誰と誰を掛け合わせるのか。交雑種にするのか。純血種にするのか。誰の生殖を許さず、切り捨てるのか。

 それが、この施設の日常だった。


「制限時間は15分。始め!!」


 そして、そのための判断材料として「訓練」があった。

 優秀な者の胤を残す。

 そのための「訓練」である。


 表向きは、「外の世界でも生きていけるように訓練をする」との事だった。

 しかし実際のところ、この「訓練」の目的は、「優秀な者を見極める事」だった。

 そして、「訓練」で優秀な結果を残した者にだけ生殖をさせる。


 徹底的な優生思想。それこそが施設の実態だった。


 この施設が、後にリズとイヴァンとなる、二人の故郷だ。


 ………


 ……


 …


 ──〈Plants〉管理区域、植物園


「あれ、君、〈Bite〉の部屋の子だよね? どうしてこんな所にいるの?」


「わわっ。しー、しー」


「…もしかして、隠れんぼ?」


「うん。…でも変だなぁ。随分経つのに、誰も探しに来ないや」


「そりゃあ、ここは〈Plants〉の部屋の一部だもの。〈Bite〉の子達は来ないんじゃないかなぁ」

「それに、そもそも他の部屋の子は、此処には来れない筈だけど。君はどうして此処にいるのかな?」


「あぁ。なんか先生がぷらんつ?の部屋に入ってくからさ、後をつけてきたんだよ」

「それにしても、綺麗だね、此処。なんで入っちゃダメとか言われるんだろ?」


「あれ、君、知らないの。此処ね、すっごく危ないんだよ?」


「えっ?」


「あの花は、生き物を蔓で捕まえて消化するし、あっちのは、生き物を捕まえた後、体の中に種を植える」

「…君、運が良かったね」


「あ………。」


「もう出た方がいいよ。私も付いてってあげるから」

「ほら、こっち」


「う、うん。ありがと…」


 シェルター内部で生まれたミュータント・チルドレンは、各々の特性ごとに分けられ、他の特性を持つ者とは、殆ど関わりのないまま育てられていた。

 異なる特性のミュータント・チルドレン同士の交流が特別禁じられている訳ではなかった(禁じられるとやりたくなるものだ)が、普段生活を共にし、同じ「訓練」を受ける子供同士が仲良くなる事は必然であり、そうでない子供同士が親しくなる事は、滅多になかった。

 B-576──後のリズと、P-578──後のイヴァンが親しくなった事は、様々な偶然に支えられた奇跡と言ってもいいだろう。


 ………


 ……


 …


 ──共用区域、書斎


「ねぇねぇ578。何してるんだい?」


「ん……576か。植物図鑑を読んでるんだよ」


「ふぅん。なんて書いてあるの?」


「え…。もしかして、読めないの?」


「? うん」


「…あのね、『実をつける植物』って書いてあるんだよ」


「…ミヲツケルショクブツ」


「うん、そう。実をつける植物」

「例えば、これ見てみて。これはね、〈トレムリュシュカ〉って言ってね……」


 ミュータント・チルドレンの特性を伸ばし、選別する上で、必要がないと思われた事は、徹底的に「訓練」の内容から削ぎ落とされた。


 ………


 ……


 …


「ねぇ、578。今日も勉強したのかい?」


「うん。576は、今日も戦闘訓練だったの?」


「そうなんだよ。私も君みたいに勉強してみたいよ」


「私も…君みたいに実戦的な訓練、受けてみたいなぁ。まあ、どうせ無理なんだろうけど」


「…………。」

「あのさ、578」


「なぁに?」


「なんで私達って、同じ訓練ばっか受けさせられるんだろう?」

「『外の世界でも生きていけるように』したいんなら、一つの訓練ばかりじゃなくって、もっと色々教えた方がいいと思うんだけど…」


「それは…なんでだろうね? まだ分かんないや」


 リズとイヴァンが施設の方針に疑問を持ち始めたのは、この頃である。

 その「疑問」はいつしか「疑惑」へと変わり、二人を外の世界へと駆り立てた。


 ………


 ……


 …


「578」「576……」


「ねぇ、もうちょっとしたら『生殖』だって。578も言われた?」


「…あぁ、うん」


「私達、もう会えないのかな?」

「前に『生殖する』って言ってた子達も、あれから全然見てないし…」


「分かんない。でも、会えなくなるかもしれないね」

「何時終わるかなんて、分からないもの」


「そんな…。きっと、578なら大丈夫だよ。君、優秀だろ?」


「…だからだよ」


「…え?」


「576はさ、なんで『生殖』をするのか、知ってる?」


「えっと、『優秀な子孫を沢山残すため』だっけ?」


「…そうだね。じゃあさ、優秀な子孫を、より沢山残すためには、どうすればいいと思う?」


「…優秀な人が、沢山生殖する?」


「うん。私は、嬉しい事に──君から見たら優秀らしいけど」


「…じゃあ、578はいっぱい生殖させられるのかい?」


「私が、シェルターの職員にも優秀だと思われていたらね」

「下手をすれば、体の持つ限り、ずっと生殖させられ続ける羽目になるかもしれない」

「まあそれは、君にも言える事だけど。君だって、するよう、言われたんでしょ?」


「………!」

「…うん」


「君が気づいているかは分からないけど、『訓練』で落ちこぼれてる子って、そもそもその通告がないんだよね」

「代わりに、優秀な人達に沢山させるから。心当たり、あるかな?」


「あ……」

「あ、あぁ…」


「…あるみたいだね」

「恐くなっちゃった?」


「う、うん」


「…じゃあさ、5()7()6()。逃げよっか?」

「あのね、私、本当は昔から、君の事をこんな生殖番号なまえなんかで呼びたくなかったんだ」

「君がいつかそんな目に遭うなんて、考えたくもなかった」

「だから、逃げようよ。何もかも捨ててさ」

「私と君の、二人で逃げるんだ」


 こうして、彼女達は施設に反旗を翻したのだった。


 ………


 ……


 …


 ──シェルター外部、変異植物の森の手前


「はっ、はっ、はっ、はっ」

「っ、はぁ……。此処まで来れば、大丈夫かな?」


「はぁっ、はぁ」

「っ、うん……多分、ね」


「ちょっと、そんなに息切れして、大丈夫かい?…()()()()


「っ…うん。でも、少し疲れたよ。()()


「じゃあ、ここら辺でちょっと休もうか」

「ねぇ、イヴァン、イヴァン」

「…あぁ」

「私達、自由なんだな」


「うん」

「君の事を、押し付けられた番号で呼ばなくたっていい」

「自由なんだよ」


「ねぇ、イヴァン。空が綺麗だね。それに、景色が凄く広いよ」


「…そうだね」

「私も初めて見たよ」


「私達、これから生きていけるかな?」


「分からない。食料調達とか、分からない事だらけだよ。私達。すぐに立ち行かなくなるかもしれない」

「でも私、頑張るよ。折角君が付いてきてくれたんだから」


「そっか」

「私もね、頑張るから!」

「だから、もっと色んな事、知りに行こう!二人でさ!」

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