過去
──とあるシェルターの一角
「B-576、異常なし」
………
……
…
「P-578、異常なし」
此処では、計画的な〈ミュータント・チルドレン〉の育成が行われていた。
〈ミュータント・チルドレン〉にも、様々な種類がある。
強力な免疫を持つ者。強靭な肉体を持つ者。超自然的な力を行使する者。突然変異種の動物を使役する者。突然変異種の植物を使役する者。
そうした、あらゆる種類のミュータント・チルドレンを掛け合わせて、より強力な子供を生み出す事が、この施設の目的だった。
「M-548、着床確認」
そのために彼らが行った事は、徹底的な生殖管理である。
此処で生まれた子供達は全て、「特性を表すアルファベット」と「生殖のための個体識別番号」を組み合わせた「名前」で呼ばれた。それが、施設にとって最も効率的だったからである。
誰と誰を掛け合わせるのか。交雑種にするのか。純血種にするのか。誰の生殖を許さず、切り捨てるのか。
それが、この施設の日常だった。
「制限時間は15分。始め!!」
そして、そのための判断材料として「訓練」があった。
優秀な者の胤を残す。
そのための「訓練」である。
表向きは、「外の世界でも生きていけるように訓練をする」との事だった。
しかし実際のところ、この「訓練」の目的は、「優秀な者を見極める事」だった。
そして、「訓練」で優秀な結果を残した者にだけ生殖をさせる。
徹底的な優生思想。それこそが施設の実態だった。
この施設が、後にリズとイヴァンとなる、二人の故郷だ。
………
……
…
──〈Plants〉管理区域、植物園
「あれ、君、〈Bite〉の部屋の子だよね? どうしてこんな所にいるの?」
「わわっ。しー、しー」
「…もしかして、隠れんぼ?」
「うん。…でも変だなぁ。随分経つのに、誰も探しに来ないや」
「そりゃあ、ここは〈Plants〉の部屋の一部だもの。〈Bite〉の子達は来ないんじゃないかなぁ」
「それに、そもそも他の部屋の子は、此処には来れない筈だけど。君はどうして此処にいるのかな?」
「あぁ。なんか先生がぷらんつ?の部屋に入ってくからさ、後をつけてきたんだよ」
「それにしても、綺麗だね、此処。なんで入っちゃダメとか言われるんだろ?」
「あれ、君、知らないの。此処ね、すっごく危ないんだよ?」
「えっ?」
「あの花は、生き物を蔓で捕まえて消化するし、あっちのは、生き物を捕まえた後、体の中に種を植える」
「…君、運が良かったね」
「あ………。」
「もう出た方がいいよ。私も付いてってあげるから」
「ほら、こっち」
「う、うん。ありがと…」
シェルター内部で生まれたミュータント・チルドレンは、各々の特性ごとに分けられ、他の特性を持つ者とは、殆ど関わりのないまま育てられていた。
異なる特性のミュータント・チルドレン同士の交流が特別禁じられている訳ではなかった(禁じられるとやりたくなるものだ)が、普段生活を共にし、同じ「訓練」を受ける子供同士が仲良くなる事は必然であり、そうでない子供同士が親しくなる事は、滅多になかった。
B-576──後のリズと、P-578──後のイヴァンが親しくなった事は、様々な偶然に支えられた奇跡と言ってもいいだろう。
………
……
…
──共用区域、書斎
「ねぇねぇ578。何してるんだい?」
「ん……576か。植物図鑑を読んでるんだよ」
「ふぅん。なんて書いてあるの?」
「え…。もしかして、読めないの?」
「? うん」
「…あのね、『実をつける植物』って書いてあるんだよ」
「…ミヲツケルショクブツ」
「うん、そう。実をつける植物」
「例えば、これ見てみて。これはね、〈トレムリュシュカ〉って言ってね……」
ミュータント・チルドレンの特性を伸ばし、選別する上で、必要がないと思われた事は、徹底的に「訓練」の内容から削ぎ落とされた。
………
……
…
「ねぇ、578。今日も勉強したのかい?」
「うん。576は、今日も戦闘訓練だったの?」
「そうなんだよ。私も君みたいに勉強してみたいよ」
「私も…君みたいに実戦的な訓練、受けてみたいなぁ。まあ、どうせ無理なんだろうけど」
「…………。」
「あのさ、578」
「なぁに?」
「なんで私達って、同じ訓練ばっか受けさせられるんだろう?」
「『外の世界でも生きていけるように』したいんなら、一つの訓練ばかりじゃなくって、もっと色々教えた方がいいと思うんだけど…」
「それは…なんでだろうね? まだ分かんないや」
リズとイヴァンが施設の方針に疑問を持ち始めたのは、この頃である。
その「疑問」はいつしか「疑惑」へと変わり、二人を外の世界へと駆り立てた。
………
……
…
「578」「576……」
「ねぇ、もうちょっとしたら『生殖』だって。578も言われた?」
「…あぁ、うん」
「私達、もう会えないのかな?」
「前に『生殖する』って言ってた子達も、あれから全然見てないし…」
「分かんない。でも、会えなくなるかもしれないね」
「何時終わるかなんて、分からないもの」
「そんな…。きっと、578なら大丈夫だよ。君、優秀だろ?」
「…だからだよ」
「…え?」
「576はさ、なんで『生殖』をするのか、知ってる?」
「えっと、『優秀な子孫を沢山残すため』だっけ?」
「…そうだね。じゃあさ、優秀な子孫を、より沢山残すためには、どうすればいいと思う?」
「…優秀な人が、沢山生殖する?」
「うん。私は、嬉しい事に──君から見たら優秀らしいけど」
「…じゃあ、578はいっぱい生殖させられるのかい?」
「私が、シェルターの職員にも優秀だと思われていたらね」
「下手をすれば、体の持つ限り、ずっと生殖させられ続ける羽目になるかもしれない」
「まあそれは、君にも言える事だけど。君だって、するよう、言われたんでしょ?」
「………!」
「…うん」
「君が気づいているかは分からないけど、『訓練』で落ちこぼれてる子って、そもそもその通告がないんだよね」
「代わりに、優秀な人達に沢山させるから。心当たり、あるかな?」
「あ……」
「あ、あぁ…」
「…あるみたいだね」
「恐くなっちゃった?」
「う、うん」
「…じゃあさ、576。逃げよっか?」
「あのね、私、本当は昔から、君の事をこんな生殖番号なんかで呼びたくなかったんだ」
「君がいつかそんな目に遭うなんて、考えたくもなかった」
「だから、逃げようよ。何もかも捨ててさ」
「私と君の、二人で逃げるんだ」
こうして、彼女達は施設に反旗を翻したのだった。
………
……
…
──シェルター外部、変異植物の森の手前
「はっ、はっ、はっ、はっ」
「っ、はぁ……。此処まで来れば、大丈夫かな?」
「はぁっ、はぁ」
「っ、うん……多分、ね」
「ちょっと、そんなに息切れして、大丈夫かい?…イヴァン」
「っ…うん。でも、少し疲れたよ。リズ」
「じゃあ、ここら辺でちょっと休もうか」
「ねぇ、イヴァン、イヴァン」
「…あぁ」
「私達、自由なんだな」
「うん」
「君の事を、押し付けられた番号で呼ばなくたっていい」
「自由なんだよ」
「ねぇ、イヴァン。空が綺麗だね。それに、景色が凄く広いよ」
「…そうだね」
「私も初めて見たよ」
「私達、これから生きていけるかな?」
「分からない。食料調達とか、分からない事だらけだよ。私達。すぐに立ち行かなくなるかもしれない」
「でも私、頑張るよ。折角君が付いてきてくれたんだから」
「そっか」
「私もね、頑張るから!」
「だから、もっと色んな事、知りに行こう!二人でさ!」




