生活
「はぐっ、はぐ、んぐ、もごもご」
「っ、げほっ、げほげほ!」
「リズ。そんなに焦って食べなくても、食事は逃げないよ?」
イヴァンが顔を覗き込むと、リズは口一杯に肉を詰め込んだまま、コクコクと頷いた。
先ほどの狩りで二人が仕留めたのは、一羽の野ウサギだった。
彼女達はその後、××学園に続く道の傍の草むらで火を起こし、仕留めたウサギを食べていた。
「ぷはっ。肉なんて食べたの久しぶりだよ」
そう言って、リズは満面の笑みを浮かべる。彼女の口の端からは、透明な肉汁が滴っている。
「そうだねぇ」
対するイヴァンは、然程はしゃいでいるようには見えない。ただ穏やかな表情で、向かいに座るリズを眺めるばかりである。
ふと、リズが零すように言う。
「何時だったかさ、凄いでかいトンボとか食べたよね? あれ何だっけ」
イヴァンは、穏やかな微笑みを崩さないまま答える。
「多分、〈メガロオクルス〉だったと思うよ」
〈メガロオクルス〉。
隕石落下後の世界に現れた、トンボの突然変異種である。外宇宙のウイルスの影響を受けた事が、変異の原因だと考えられている。
文明時代のトンボと比べ、遥かに巨大で、かつ肉食。見た目も、鮮やかな青や緑を基調としており、非常に毒々しい。
しかし、意外にも毒はなく、調理をすれば食べる事が出来る。
変異した昆虫は、文明崩壊後の世界において、貴重なタンパク源だ。
閑話休題。
「ほえー。それもラテン語由来かい?」
イヴァンはかぶりを振る。
「分かんないや。この前会った子に聞いただけだから…」
「ふーん。…この前会った子ってさ、褐色人種の子でしょ?珍しいよね」
少し前に二人が出会ったのは、パキタという褐色肌の少女だった。
銀髪に花緑青の瞳の彼女は、もう随分長い事一人で旅をしているらしかった。
パキタは、かつてのポリネシアの辺りから来たそうだ。彼女は、大陸から来たイヴァンとリズの話を聞きたがった。
そうして情報交換をした時に、偶然メガロオクルスの名が挙がったのだ。メガロオクルスは、赤道付近の熱帯・亜熱帯地域でよく見られるらしい。
その話を聞いた時に、リズは「そういえば、あの辺りは暑かったな」と思った。イヴァンは「メガロオクルスは、随分広く分布しているんだな。結局何処も隕石の影響を受けているのか」と思った。彼女達は、まだポリネシア周辺に行った事がないのだ。
「そうだね、あんまり見ないかも」
「褐色人種の人達ってさ、あんま見かけないけど、皆強そうだよな。この前の子も一人で旅してたみたいだし。なんでだろ?」
パキタの牙や爪は、リズのそれより大きかった。それに、彼女は随分戦闘慣れしているらしかった。
「うーん。多分、褐色人種の人達って、外宇宙の細菌とかウイルスに適応しづらいんじゃないかな?」
「その代わり、適応出来たら強いんだと思うよ」
実際、イヴァンの推測は当たっていた。
現在生き残っている人類の殆どは、かつて人口密集地に住んでいた者達の子孫である。
人口密集地は疫病が流行りやすいため、強い免疫を持っていた者が多かったのである。
しかし、彼女らの言う褐色人種の者達の先祖は、人口密度の低い土地に住んでいた事が多かったため、強い免疫を持つ者が少なかったのだ。
ただその分、彼らは環境に適応しさえすれば、強力な存在になりやすかった。
まあ、彼女達にはまだ知る由のない話である。
閑話休題。
リズは首をひねる。
「…そういう事なのかなぁ?」
「どうだろうね。旅を続けてれば、また何か見つかるかもしれないよ?」
「それもそうだな!」
イヴァンの言葉に、リズは笑って、再びウサギ肉に齧りついた。
「んー、おいひい!」
「リズったら。…見てたら私もお腹空いてきちゃった。ちょっとそれ取ってくれないかな?」
「いいんだぞ」
リズから差し出された肉を炙り、イヴァンも齧りつく。
「…ふふ」
「おいしい」
そして、やっぱり穏やかに笑う。
彼女達は、自分自身の力で狩り、そして食べる、そんな今が堪らなく好きだったのだ。




