表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星空教室  作者: 瓜
2/6

名前

「ねぇ、早く!早く来なよ、イヴァン!」

「ちょ、ちょっと待ってよリズ」


 手招きをして丘を駆けていく少女に、息を切らしながら付いていく少女。彼女達の名は、リズとイヴァンという。


 今夜は満天の星。二人は、〈ネオトーキョー〉にある××学園の遺跡を目指して走っていた。どうやら、学園の高層部で星を眺めるつもりらしい。


 え? イヴァンは男性名だし、リズは名前ではなく愛称じゃないのかって?

 …なるほど、文明があった時代なら確かにその通りだったのだろう。


 しかし、此処は文明崩壊後の世界。

 名前に関する彼女達の言い分はこうである。


「イヴァンが男性名?リズは愛称? 何それ、文明時代の話かい?」

「だったら私達には関係ないだろ?」


 …との事。

 〈ミュータント・チルドレン〉の彼女達には、男性名・女性名の区別も、ついでに言えば、かつてはあった国家の区分も、何ら意味を成さないものらしい。

 自分達の呼びたい名前で呼ぶ。それが彼女達の考え方のようだ。


「うわぁ、〈ブヨブヨ草〉だ。ねぇイヴァン、向こうにすっごい大っきいブヨブヨ草があるから、うっかり触らないようにしてね?」

「ああ、リズ。あれは〈トレムリュシュカ〉でしょ?」


 リズの言う〈ブヨブヨ草〉、正式には、イヴァンが言った通り〈トレムリュシュカ〉というのだが──は、件の隕石によって齎された、外宇宙の植物の一種で、その名の通りブヨブヨとした実が特徴である。

 その見た目は、直径が人の背丈の二倍はある、巨大な腐りかけのトマトといった風で、酸の効いた強烈な臭いを放っている。

 しかし、この植物の最大の特徴は何より、実に触れると破裂するという点にある。

 トレムリュシュカの実は、圧力を感知すると、凄まじい勢いで破裂する。人間の何倍もある実が破裂するのだ。当然、触れた者はただでは済まない。

 しかも、トレムリュシュカの果肉は強酸性である。破裂し、飛び散った果肉が肌に付着する苦痛は、想像を絶するという。

 現在地球上には、こうした危険な植物が至る所に生息しているのだ。

 閑話休題。


「何だい、イヴァンったら、またお得意のラテン語かい?」

「得意とかそういうんじゃなくって、本にはそう書いてあるじゃない。ラテン語は古くて変化しづらい言語だから、名前に使われる事が多いって」


「そんなの今更だよ。今となっちゃ、大抵の言語は変化しづらいだろ」

「まあ、そうだけど……」


 リズが肩を竦めると、イヴァンは小さく唸って、口を開く。


「…正直に言うね?」

「うん?」

「幾ら何でも〈ブヨブヨ草〉はネーミングセンスなさすぎだと思うよ?」

「え」


「幾ら何でも〈ブヨブヨ草〉はネーミングセンスなさすぎだと思うよ?」

「二回も言わなくていいんだぞ…」


「っていうか、ずっと私はネーミングセンスがないって、思ってたのかい…?」

「うん」

「うわぁぁぁあ!!『うん』じゃないよ!」


 リズは大袈裟に叫びながら地団駄を踏む。

 イヴァンは、そんな彼女を見て、首を傾げる。


「むしろ、今まで気づいてなかったの?」

「気づいてる訳ないじゃないか!大体、『これからは名前に縛られずに生きよう』って、二人で決めたんだろう!?」

「そうだけど、流石に他の人にまで()()()を使うのは、ちょっとゴーイングマイウェイが過ぎると思うよ。私、恥ずかしかったんだからね」


 イヴァンは頬を膨らませる。

 どうやら二人は、少し前に別の生き残りと接触したらしい。そしてその時に、リズは堂々と〈ブヨブヨ草〉などの()()()を連呼しまくったようである。


「別に、私といる時には好きに呼べばいいと思うけどね、でも、それを他の人にまで押し付けちゃダメだよ。あの子、ぽかんとしてたじゃない」

「うぅ…」


「共通の名前っていうのはね、人類にとって必要だから生み出されたんだよ。嫌だからって、やっぱり完全に無視する事は出来ないよ。…まあ、リズの気持ちも分かるけどさ」

「だから私、リズには好きに呼ぶだけじゃなくって、共通の名前も知っておいて欲しいな」


 イヴァンは、諭すように言う。


「分かったよ…」


 リズは、イヴァンの言葉に肩を落とし、そのままトボトボと数歩歩いていった。


 が、唐突に目を見開くと、迷う事なく一直線に駆け出した。その姿は、さながら獲物を見つけた猟犬のようだ。


「あ、ねぇリズ?リズったら!」

「はは、ねぇイヴァン!今いいもの見つけたんだ!来てよ!」


 背後からイヴァンの制止する声が聞こえるが、リズは御構いなしに駆ける。


 その手足に、次第に鋭い鉤爪が生えて伸びていく。はっはっ、と荒く呼吸する彼女の口の中に、ギザギザの牙が見え隠れする。

 リズはいつの間にか、獣のように四足で走っていた。吐息の靄を後方に残し、彼女は夜の〈ネオトーキョー〉を駆けていく。


「待ってよ、リズ!」


 その後ろから、のろのろとイヴァンが付いていく。

 イヴァンには、リズにとっての「いいもの」が、殆どの場合食事であると分かっていた。

 リズは、狩りをしようとしているのだ。


 そして、狩りをする上でイヴァンがするべき事はただ一つだった。

「獲物を逃がさない事」である。


「はぁ。私、そんなにお腹空いてないんだけどな」


 イヴァンはそう呟くと、静かに目を瞑った。

 次にイヴァンが目を開けた時には、菫色だった彼女の瞳は、鮮やかな緑色に変わっていた。


「もう、リズったら、一人でどんどん進んじゃうんだから」


 イヴァンはぼやく。

 彼女の後ろには、いつの間にか、暗闇の中から現れた、巨大な植物の群れがつき従っていた。植物の群れは、各々蔓や茎、根を蠢かしながら、主人の命令を待っている。

 やがて、彼女の瞳が毒々しい緑光を放つと、外宇宙の植物達は、まるで飼い慣らされた私兵のように行軍を始めた。


「さあ、囲って」

 イヴァンが命じれば、植物の群れは二手に分かれ、凄まじいスピードでリズの進行方向に向かっていった。リズが追っている獲物の逃走を妨害するのだ。


 植物私兵が自身の命を果たすのを見届け、イヴァンは悠々と歩き出す。

 そろそろリズが仕留めた頃だろうか。


 彼女達の名前は〈ミュータント・チルドレン〉。新たな環境に適応した人類である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ