8話 悪役令嬢無理心中ノーマルエンドって……知ってる?
前世の記憶が戻ってから、早くも1年が経とうとしていた。
今日は五条椿の4歳の誕生日ということで、あるホテルの会場で、およそ4歳児の誕生日パーティには似つかわしくない規模のパーティが開かれていた。
先日母と一緒に買いに行ったレモンイエローのドレスに身を包み、いつもより気合を入れた巻き髪の椿は、既にたくさんの人が集まっている会場内をぐるりと見回した。
招待されているのは、親戚筋や、椿と同年代の子供がいる上流階級の親とその子供だ。
五条もその界隈では名の知れた財閥。自身の子供を使って懇意になろうという大人が数え切れないほどいるらしい。
かと言ってそれを無下に門前払いするのではなく、こうしてパーティーに招待しているということは、こちらにもメリットが多少なりともあるということなのだろうか。椿まだ4しゃいだからわかんないけど。
「つばき様!わたくし、仁科恵麻と申しますの!」
「はじめまして、椿様。僕は、太宰透といいます。以後お見知りおきを。」
両親と共に挨拶回りをしていると、子供たちは皆好意的に話しかけてくれる。
同じ歳だという子から、プラスマイナス2、3歳ほど(ごく稀に年の離れたお兄さんお姉さんもいた)。男女問わずの大人気だ。
ただ、不純な考えが邪魔して、どうしても大人にけしかけられたようにしか見えないのが悲しかった。
私だってちっさい子と純粋に仲良く話したい。誤解を招くような言い方だが、先日のれーちゃんの1件から、小さい子が以前にも増して可愛く思えてきたのだ。ただ、約1名を除き。
約1名といえば、招待客の中には当然あの三鷹鷹臣もいた。彼は椿よりも2月程遅く生まれており、まだ3歳だ。
再来月の彼の誕生日パーティには椿も呼ばれていた。
昨年の彼の誕生日パーティでは、散々な出会いを果たした訳だが、今となっては将来奴の黒歴史として弱みにできるよう、大事にあたためておこうくらいの認識だ。
なんにせよ、これであと2ヶ月はお姉さん風を吹かせられる。
「……誕生日、おめでとう」
「まあ!ありがとう存じますわ、鷹臣さん」
ぶっきらぼうに手渡されたのは、綺麗に包装された、片手に収まるサイズの小さな箱だった。
「開けてもよろしいですか?」
「お前の手に渡ったんだから、それはもう椿のものだろ。好きにすればいい」
大人の中で育ったせいか、背伸びをしているのか。鷹臣の口調は3歳にしては大人びたものだった。
出会った頃よりも、傍若無人な態度が緩和されている気がするのは、気の所為だろうか?
一見不機嫌そうに見えるが、この数ヶ月の付き合いで椿は彼のことがだんだんと分かるようになってきた。
視線を外して唇を尖らせるのは、照れている証拠だ。次第に耳も赤くなってくることだろう。
渡されたプレゼントの包装を丁寧に解いていくと、小箱の中にはシルバーをベースに、キラキラと輝く青いジュエリーが宛てがわれた髪留めだった。
小さくても、細部まで丁寧に作り込まれた繊細なデザインのそれは、紛うことなき一級品だ。
「……どうだ?」
鷹臣は不安そうにこちらの様子を伺ってきた。
椿はそんな彼を一瞥すると、傍にあったテーブルに小箱を起き、貰ったばかりの髪留めをおもむろに髪に付けた。
鏡がないのでよく分からないが、きっとレモンイエローのこのドレスにも似合うことだろう。
その様子を見て、鷹臣は安心したように顔を綻ばせた。
「どうです? 似合ってますか?」
「ふん、この俺が選んだんだから、似合わないわけがないだろう!」
ツンケンとした言葉とは裏腹に、その表情は非常に明るく、機嫌よさげなものであった。
鷹臣とのやり取りの後、椿は再び挨拶回りに連れ出されていた。主役だから仕方が無いことなのであろうが、せっかくの料理やスイーツが食べられないのは悲しい。
パーティは立食形式のため、大皿に盛られた料理は早く食べないと美味しい食べ頃を逃してしまうのだ。
タッパーとか借りられないかな。詰めて、家に持ち帰ったら自室の部屋で1人スイーツパーティーで2次会をするのだ。
そんな椿の考えを察してくれたのか、椿よりはいくらか自由に行動できる楓がこっそり、
「スタッフさんに頼んで、椿が食べられるようにお土産に包んでもらうから、安心してていいよ」
と、片目を閉じて人差し指を唇に当てる、イケメンもしくは美人に限られた茶目っ気ある仕草で伝えてくれた。
お兄さまぁあ〜!!
兄には、以前誕生日に何が欲しいかと聞かれて、それなら……と強請った100万円が溜まる貯金箱を誕生日プレゼントに貰っていたが(それ以外にも、大きなくまのぬいぐるみを貰った)、今の椿にとってはその一言が最高の誕生日プレゼントであった。
パーティの途中には、いつの間にか会場に設置されていた巨大スクリーンに、五条グループの前会長である椿の祖父からのビデオレターが流れるという、サプライズまであった。
孫にデレデレな祖父だが、世界1周旅行に挑戦中のため、会場には来ていなかった。
以前はハワイのお土産を貰った気がしたのだが、今回のビデオレターはエベレストの麓かららしい。
余生を謳歌するとは、まさにこのことだと思う。
むしろ謳歌し過ぎなのではないかとすら思えるその元気な姿に、会場からはまばらに小さな笑い声が上がっていた。
祖父は、あまり敵を作らない人だったという。
それもこれも、明朗闊達なその人柄と人徳のなせるものなのだろう。
そんな時。
会場中がスクリーンに注目している中、椿は背中に強い視線を感じた。
振り返ると、こちらをまるで品定めするかのような視線で睨む、椿と同じくらいの背丈の女の子がいた。
特徴的なのはその瞳と髪色で、ゆるいウェーブのかかったその髪は、透けるような銀髪。瞳はどこまでも澄んだ空色だった。
まるで妖精のようにふわふわとした印象を与える彼女の容姿だが、その視線は鋭く、敵意に似た感情さえ感じた。
こんな目立つ容姿の子、何故今この瞬間まで気が付かなかったのだろう。
当然、1度会ったら忘れられないだろうが、椿はこの女の子と話したことは無かった。
だが、1人だけ彼女の特徴と合致する人物を知っている。
そう、本来ならば鳳翔学園初等部に入学して初めて接触するであろう人物。
椿と同じ舞恋のライバルキャラにして、椿がどうしても接触をはかりたいと恋焦がれていた相手。
長篠三葉、その人だった。
しかし、ゲーム内の彼女は、もっとふわふわしていて、聖女のような儚い雰囲気の少女だったはずだが……。
今の彼女が放つ空気というかオーラは、どちらかと言うと気の強いハートのクイーンだった。
そんな三葉(仮)は、椿が固まっているのを見ると、口を開いた。
「アンタ、五条椿よね」
「え、ええ……」
突然の接触に心の準備が出来ておらず、椿は急速に乾いていく唇を舌で濡らした。
スクリーンでは祖父がエベレスト登頂への意気込みを語っているさ中であり、誰もこちらに注目する人はいない。
そんな彼女の口から次に出た言葉は、まったく予想だにしていなかった内容だった。
「悪役令嬢無理心中ノーマルエンドって聞いて、心当たりある?」
「大有りだわ」
気づけば、椿は三葉(仮)と固く握手を交わしていた。
──────────
椿と三葉(仮)は、暑いからと理由をつけて、ホテルの中庭に来ていた。
まずはお互いに(恐らく知っているであろうが)自己紹介をすると、彼女は三葉(仮)ではなく、本当に長篠三葉であることがわかった。
「ぶっちゃけて聞くけど……アンタ、転生者……ってことでいいのよね」
「うん。まさか私と同じ転生者がいるとは思ってもみなかったけど……。しかも、こんな身近に」
神妙な顔で聞く三葉に、椿も神妙な面持ちで答えた。
ちなみに現在2人は、中庭に設置してある噴水の近くの小さなテーブルセットに向き合って座っている状態だ。
「おかしいと思ったのよね。だって、あの椿がにこやかに礼儀正しく挨拶回りなんてしてるんだから!恐ろしくて最初隠れちゃったわ」
あはは、と手招きするようなジェスチャーをしながら笑う三葉。
そのいかにもな庶民らしい仕草を見て、ああこの人は本当に自分と同じ転生者なんだな、と実感が湧いてくる。
「いやいや、それをいうならこっちのセリフだよ!? だってあの可憐で儚げな、聖女のような美しいお嫁さんにしたい令嬢全私中ナンバーワンを誇る長篠三葉嬢が、まるで地元のヤンキ……」
「シバくぞ」
水を得た魚のように、まずは1番言いたかったことをつらつらと捲し立てると、黒い笑顔で遮られた。
しかし、飾らずに話せるというのはこんなにも気持ちがよく清々しいものだったのか。
それから二人して前世の話や、生まれ変わってからの苦労話をした。
聞けば、三葉と椿はだいたい同年代であったこともわかった。ただ、住んでいたのは東北と関東とでかなり離れていたが。
子供の頃に流行ったテレビドラマやアニメの話や、舞恋のお気に入りスチルの話などと、話題は尽きることなく、まるでそばにある噴水のように湧き出てくるようだった。
そして、今まで誰にも言えなかった秘密を共有することは、なにより安心した。ようやっと肩の荷が降りたようだった。
三葉とはまだまだ話したいことが山ほどあったのだが、気づけばかなりいい時間になっており、そろそろお開きだから戻るようにという言伝があったため、やむ無く会話をやめざるを得なくなった。
お互いの家への訪問の約束を取り付けると、2人は各々家路についた。
こうして、椿は念願のライバル仲間どころか、転生者仲間という貴重な友人を得たのだった。
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