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7話 ヒロイン

 今日は、お母様とデパートに来ていた。

 前世の記憶が戻ってからもうすぐ早1年。近々行われる4歳の誕生日パーティのための、ドレスを選ぶためだ。

  

 

 五条椿。流石は社長令嬢とでも言うべきか、たかだか4歳児の誕生日パーティに、会社の関係者各位に招待状を送るほどの規模を予定しているらしい。なるほど、しっかりした服装でなければいけないわけだ。

 そういえば以前の三鷹鷹臣の誕生日パーティもかなりの賑やかさだったが、上流階級というものはみなこういうものなのだろうか。

 天下の三鷹グループと比べてしまえば多少見劣りはするのだろうが、前世の小さな4号ケーキよりは大きなものを期待しておこう。


 

 そして、目下の悩みはお母様がかれこれ30分近くドレスを悩み続けていることだった。

 

 小さいながらも煌びやかなドレスやアクセサリーの立ち並ぶ店内は、前世の私だったらきっと冷やかしでも立ち寄れない、敷居の高そうなお店だった。

 

 ドレスは今でももう十分なくらい家のクローゼットに眠っているのを椿は知っていたが、母があまりにも楽しそうに意気揚々と選ぶものだから、いらないとは言えなくなってしまったのだ。

 ドレスやオシャレにあまり興味はないが、せいぜい将来没落した時、質に入れられるかな〜程度には思っている。

 


「椿ちゃん。シャンパンゴールドとレモンイエローならどっちが好き?ああ、上品なワインレッドもいいわ……でも、少し大人すぎるかしら?」

 


 椿ちゃん、どう思う?と両手に子供用のドレスを持っては、あれもこれもと身体に当ててくる。

 子供用とはいえかなりいいものらしく、生地の手触りは極上のシルクのように柔らかかった。も

しかすると本当に極上のシルクなのかもしれない。

 


「お母様、つばきはお母様が選んでくださるドレスなら、どんなドレスでもうれしいですわ!」

 

「あら、そう?でも、そうねえ……んんん……」

 


 はよしろ、はよ、はよと急かしたくなる気持ちを抑え、悩むお母様の傍ら適当な相槌をうっていた。

 ちなみに、このやり取りももう何回繰り返したか分からない。

 

 自慢ではないが、私はセンスがない。壊滅的だ。

 1周回ればパリコレに出られるか、ピカソに見初めてもらえるのではと上手くもないお世辞を言われた位には、平凡な常人にはあまり理解されないセンスをしているらしい。

 だから、1番の安全策は目の肥えた人に代わりに選んでもらうことなのだ。

 公の場で恥はかきたくない。

 

 


 ……でもあと10分経って決まらなかったら、適当に選ぼう。


 

 椿は近くにあった手頃な椅子に腰掛けて、足をぶらぶらとさせながら待っていたのだが、お母様にはしたないと注意されたので、仕方なしに止めた。

 足をぴっちり閉じて座るのって、実はなかなか苦行だったりする。


 足ががに股にならないよう意識を集中させていたら、背後から近寄る何者かの影に気づかなかった。サスペンスではない。


 ぱっと後ろを振り返ると、自分と同じくらいの背丈の女の子が、椿の巻き髪を見て目を輝かせていた。

 愛嬌のある顔で、もしも自分がロリ趣味だったら1発で落ちるだろうという確信が持てるほど、可愛らしい子だった。

 

 まだ興味が逸れていないのか、椿が振り返っても、少し驚いた様子は見せるものの離れようとしない。知らない子だった。

 服装は、うん……? し○むら……かな? 一般家庭の子供だと見た。

 キャラクターもののシャツに、ピンク色のコートを着込んでいる。黄色のミニスカートが子供らしくて可愛い。



 お母様はドレス選びに夢中で、こちらには気づいていないようだし、周囲にこの子の母親らしき人もいない。迷子だろうか。

 迷子にしては不安そうな様子はない。

 

 そういえば前世でも、妹が小さい頃迷子になったことがあったな。その時は家族揃ってショッピングモール内を探し回った。やっと妹を見つけたと思ったら「まったく、みんなどこいってたの!しんぱいしたんだからね!」と、揃って妹のお叱りを受けることとなった。今思い出しても解せぬ。

 妹はたまにズレた発言をすることが多く、たまに父が保育園まで妹を送っていくと、「じゃあ、私は保育園でお仕事してくるから、パパは会社でいい子にしてるのよ!」と言っていた。妹からしてみれば、そういうことになってるらしい。


 昔のことを思い出して、椿はくすりと笑を零した。

 だから、もしかしたらこの女の子もそういうタイプなのかもしれない。でも、泣かれるよりはよっぽどいい。



「どうかいたしましたの?」



 椿が努めて優しく、そう声をかけると、女の子はさらに目を輝かせた。


 

「かみのけ、お姫様みたいだね!」


 

 なるほど。なるほどなるほどなるほど。

 彼女には、この巻き髪がお姫様のヘアスタイルに見えるらしい。

 以前三鷹鷹臣に”チョココロネ”だと馬鹿にされて以来、ヘアスタイルについては身内からしか褒められたことがなかったため、椿は疑心暗鬼になっていたのだが……。

 女の子があんまりにも目を輝かせ、「いいなあ……」などと呟いているので、椿は得意になって髪をふぁさっとなびかせた。

 封印しているはずのハナタカ椿がひょっこり顔を出しそうだ。この子好きだ。

 

 

「お褒めいただき、ありがとう存じます」


 

 特別サービスだ、と普段はわざとらしくてそれほど大袈裟に使わないお嬢様言葉も使ってみる。そして女の子は飛び跳ねてキャーキャーと喜ぶ。椿、付け上がる。とんでもない相乗効果だ。


 

「お姫様って、ありがとうぞんじますって言うんだね!」


 

 そう言うと、女の子は「ありがとうぞんじます!ありがとうぞんじますー!」と、くるくる回りながら繰り返していた。うん、この子好きだ。

 椿はお姫様ではないのだが、そこは細かく訂正すべきところではないだろう。それに、お姫様と言われると、椿も嬉しかった。


 

「あっ、お名前!お名前教えて、お姫様!」


「名前……ですか?」

 

 見知らぬ人にはあまり名前を教えるものでは無いと教えられていたが、相手は小さな女の子だし、と椿はスカートの裾を少し持ち上げるサービスをして、

 

「五条椿と申しますわ」


 と、椿的には最高のお嬢様スマイルを浮かべて名乗った。


 

「椿ちゃん!」


 女の子は花が咲いたような笑顔でにい、と笑った。可愛いな!!


「れーちゃんはね、れーちゃんって言うの!よろしくねっ!」


「ええ、よろしくお願いしますわ、れーちゃん」



 その後、れーちゃんと名乗ったその子は、たくさんのことを話して聞かせてくれた。舌っ足らずでも、一生懸命に。

 子供の話ではあるが、感情豊かに楽しそうに話すれーちゃんの話を聞くのは、とても楽しかった。


 例えば自分の家族のこと。年子で双子の妹と弟がいて、今度また新しく兄弟が増えるのだと。またお姉ちゃんになるのだと嬉しそうに語った。

その他にも、将来はお姫様かお嫁さんになりたいこと、昨日のおやつがバームクーヘンだった話。

 途中、「おかあさんが迷子になっちゃったんだ」とも言っていた。やはり妹と同じタイプだった。


 また、家庭の教育方針上、あまり触れる機会のなかった日曜朝の女児向け変身アニメの話なんかも。なるほど、今は農家が舞台なのか……斬新だ。妖精はなんだろう。羽の生えた人参だろうか。



 そんなれーちゃんに、椿も請われて自身の身の上話なんかも話してあげた。

 とはいっても、五条財閥なんていっても分からないだろうから、私から話したのはベッドがとてもふわふわだということとか、庭に綺麗な花を母が育てていることだとか、生意気な友達がいること。

 そんな取り留めもない話だが、れーちゃんは楽しそうに聞いてくれた。

 特に、ベッドが天蓋付きだということにはえらく食いついていた。お姫様らしくて羨ましいんだとか。


 実際は埃がたまって掃除が大変だと思うのだが、女の子なら1度は憧れるよね。わざわざ夢を壊すようなことを言う必要も無い。

 私もはじめて見た時はテンションが上がったものだ。今は敷布団が恋しいが。




 れーちゃんはきっと自分よりは幼いだろうと高を括っていたのだが、歳を聞くと意外にも、右手に3本、左手に1本の指を立て、「4さい!」と教えてくれた。まさかのひとつ年上だった。





 れーちゃんの母親と思しき女性が現れたのは、丁度椿の母がドレスを選び終わったのと同じくらいのタイミングだった。

 どことなく前世の母親を思い出させる、親しみやすそうな女性であった。華美なメイクはしていないのに、凛々しい美しさの際立つ美人さんだ。れーちゃんも、将来はきっと美人さんになること請け合いだろう。


 れーちゃんは名残惜しそうに駄々を捏ねていたが、夕飯がハンバーグであることを伝えられると、一変して機嫌を良くした。

 彼女の母親は、「遊んでくれて、ありがとうね」と椿にお礼を言うと、れーちゃんの手を取り去り際に何度もお辞儀をしながら去っていった。


「椿ちゃん!またねー!」


「ごきげんよう、れーちゃん!」


 繋いでいない方の手で大きく手を振るれーちゃんに、椿も自然な笑顔で手を振り返した。

 母親と手を繋ぎ、スキップしながら歩くれーちゃんは、


「あのねー、ありがとうって、ありがとうぞんじますっていうんだよ!ありがとうぞんじます!」


 と、楽しげに話して聞かせていた。



 おそらくもう再び会うことは難しいだろうが、また話したいと、椿は思った。きっとまたいつか、どこかで会えることを祈って。



 気がつけば、すっかり時間を忘れて楽しんでしまった。10分経って決まらなかったら、などと思っていたが、店内の時計を見ると、最後に確認した時刻から30分も経っている。

 年甲斐もなくはしゃいでしまったが、不思議と恥ずかしさはない。

 そうして、母親が選んできたのは、何回目かにも提示してきた、レモンイエローの爽やかな印象のドレスであった。


「椿ちゃん、随分と楽しそうだったわね」


「ええ、れーちゃんと言うんですよ!また、会いたいです」


「そうね、また会えるといいわね」





 椿が彼女の本名を知ることになるのは、またしばらく経ってからのことである。


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