6話 椿だけこんなに不遇だなんて信じない
あれからというもの、三鷹鷹臣はちょくちょく五条家を訪れていた。
たまには、と鷹臣ママから三鷹家へのご招待もあるのだが、そこはいろいろと言い訳をつけて断らせてもらっている。
そこまでして鷹臣と遊びたい訳では無いし、なにより必要以上に親しくすることで破滅の足音が聞こえてくる気がするからだ。それはもう軍隊のように足並み揃えて。
鷹臣はなにやらかなり不満そうだが、かくれんぼやトランプで遊んでやると直ぐに機嫌を直す。ちょろマスターの称号を授けたいくらいだ。
幼児の相手など大人な私にとっては退屈なことこの上ないが、毎回のほっぺの落ちそうなくらい美味しいお菓子のお土産を、子守代として遊んでやっている。
二人でよく遊ぶのは、かくれんぼや鬼ごっこ。木登り、トランプ、チェス、パズル。
頭を使う遊びではいつも私の圧勝で終わり、大人気なく優越感に浸っているのだが、たまにお兄さまが遊びに混ざってくれることがある。
すると、私は全く勝てなくなってしまうのだ。しかもあろう事か、三人のトランプゲームなどでは、私には本気を出すくせに鷹臣には勝たせてやる。
その時の鷹臣の喜びようと言ったら、忘れられない。子供らしく無邪気に飛び跳ねて喜んだかと思えば、私を見下すように鼻で笑うのだ。
「まあ、俺が本気を出せば椿なんて敵じゃないな!」
呼び捨てを許可した覚えはないぞ、ガキンチョ。椿さんとお呼び。
お兄さまもお兄さまで、にこにこと非常に楽しそうだ。ここはひとつ、こんないたいけな妹に勝って嬉しいですか? 大人気ない、と言ってやりたいところだが、私も人のことを言えない立場である。
ジト目で兄を睨むも、返ってくるのはキラキラのスマイルだけだった。
まったく、接待試合ということにも気づけないお子ちゃまめ。決して悔しくなんかないやい。
なんだかんだで、記憶が戻ってからも楽しく暮らせている気がする。
しかし、ふと思った。最近弛みすぎなのでは? と。
自分を将来破滅に導くかもしれないランキングツートップがすぐ側にいるというのに、危機感が全くないのだ。
そこで私は、破滅回避の糸口になるかもしれない前世のゲームの記憶を掘り起こし、まとめてみることにした。将を射んと欲すればまず馬を射よ、だ。……いや、何か違うな。
まず、『舞う花のみぞ恋を知る』は、アマゾ○レビューでも「歴代最悪の悪役令嬢」と言われている私こと五条椿がライバルキャラである印象が強いが、実は他にも二人のライバルキャラがいる。
一人は、三鷹鷹臣のライバルに当たる攻略対象ルートでライバルキャラとして登場する、長篠三葉という女の子だ。
こちらは椿のように嫌がらせや権力で妨害するのではなく、純粋に人柄で勝負するタイプだった。
ふわふわとした優しく穏やかな雰囲気に加え、高い教養、性格の良さ、家柄、勉強に運動、どれをとっても完璧だ。
正直、もうヒロインとかどうでもいいから二人で末永く幸せにしてろよ!! と前世の私は、二人の仲を激しく推していたほどだ。
そんな完璧な子だからこそ、ヒロインのハッピーエンドで、涙ぐみながら、
「貴女なら、きっとあの人を幸せに出来ると、信じています。私、貴女と知り合えてよかった」
と、誰もが見蕩れる笑顔で言うのだ。
どうして運営陣は三葉ルートを作ってくれなかったのか。それだけが心残りである。
二人目は、気弱な同級生攻略対象ルートでライバルとして登場する、恵那千鶴子だ。
この子は良くも悪くも真っ直ぐな子で、ヒロインに真正面から度々勝負を挑んでくる。
ネタバレをしてしまうと、彼女は攻略対象の従姉妹で、小さい頃から攻略対象の面倒を見てきたため、弟のように思ってきた彼を、ヒロインに本当に任せられるのか試していたのだ。
立派な姑根性である。
気が強く、姉御肌なところもあるキャラだが、真っ直ぐで素直なそのキャラクター性から、ライバルキャラであるというのに非常に高い人気を誇っていた。
ハッピーエンドに近づくと、むしろヒロインの背中を押してあげるような子である。
と、ここまで説明するとよくわかる通り、不遇なのは五条椿ただ一人だ。
The・テンプレート悪役令嬢のプロトタイプ。
ほのぼの乙女ゲームのひとつまみのスパイスとでも言いたいのだろうが、ひとつまみどころか、七味唐辛子をふりかけようとしたら蓋が外れて中身が全て出てしまうくらいの辛さだ。激辛だ。
しかも、他のライバルキャラの担当が一人ずつなのに対して、椿は二人。
噂では、全ルート攻略後の隠しキャラのライバルキャラも椿なんだとか。
そしてもれなくそちらはオール死亡ENDである。泣きたい。
私は最後の三鷹鷹臣ルート攻略後、すぐに死んでしまったため、シークレットルートは攻略出来ずじまいだ。だから、どんなキャラなのかは知らない。極力、ネタバレは避けて通る派なのだ。
……まあその結果、現在対策が立てられずにいるのだが。
これらの情報をノートにまとめてみたのだが、気がつけば机に突っ伏して頭を抱えていた。
いや、なんで椿だけこんな不遇なの!? 自業自得といえば自業自得だけど、なんでこんな酷い終わり方しかないの!? 制作陣は椿にどんな恨みがあるの!? 私がなにしたっていうんだ!!
ひとしきり机をバンバンしたあと、息を整えるために一旦席を立ち、深呼吸した。
よし、腑には落ちないが落ち着いた。
つまり、私が死なないためには、全力でフラグを折っていくか、そもそもの大前提となる兄や鷹臣との人間関係を軌道修正していくか、他のライバルキャラに押し付けるかの三択なのである。
しかし、将来ヒロインが鷹臣や兄を選ぶとも限らないし、そもそもヒロインが本当に現れるかも定かではない。
それでも、打てる手は可能な限り全て打っておくのが一番安全であることは確かだ。
そのためには、まず他のライバルキャラ二人との接触をはかりたい。目下の目標はそれだ。
ゲームの設定上、椿や攻略対象、ヒロインが通うことになる鳳翔学園の初等部で、彼女らとは会えることになっているはずである。
即ち、約三年後。
ゲーム内では関係は持っていなかったが、そこはこちらから行動すれば問題は無いはずだ。
ゲーム内では実現不可能だったライバルキャラ二人のルートを攻略してみたいだなんて、少ししか思ってない。そう、少ししか。
よし、やってやる。
やってやるぞ!!
以上をノートにまとめると、表紙に「読むべからず」と書き、手頃なリボンで綺麗に結んだ。
そして、机の鍵付き棚に厳重に閉まっておく。
まとめただけで満足しないよう、明日からはこれを見て自分を戒めることにしよう。
そうして私は、ベッドにぽすんと倒れ込んだのだった。
今回は、改めて「舞う花のみぞ恋を知る」がどんなゲームだったのかを確認する回でもありました。
ですので、会話が少なく読みづらいかもしれません。申し訳ございません。