4話 ク○ラが立った!!
カチャ、カチャ
ゴクン
家族で食事を取っている食堂には、椿が手にするカトラリーの音と、なるべく立てないようにしている咀嚼音だけが響いている。
父はその精悍な顔立ちに似合わない、ぽかんと口の開いた間抜けな表情。
母は可愛らしい笑顔で涙ぐんでいる。
そして兄だけが、なんとも言えない苦笑いをしていた。
食事開始のこの約10分間は、ここ1ヶ月の見慣れた風景だった……。
_______________1か月前
椿が全快し、家族揃って食事を取れるようになった日のことだった。
子供用の椅子が取り付けられた自分の席に付くと、私は静かに料理が来るのを待った。
メイドさんが準備してくれる食事を、優雅に待つ……そんな動作にも、椿は憧れていたお嬢様らしさを見出し、ふふふんと頬が緩むのをクールに抑えていた。
しかしなにやら、やけに静かだ。
マナーを重んじる上流階級の家庭だからといって、食事中に一切の会話がない訳では無い。
現に、五条家でも以前までは楽しげに言葉を交わしていたものだ。
お父様の仕事の話はよく分からないが、私はお兄さまの話してくれる学校の話が大好きだった。
その話を聞いていると、お母様が「椿ちゃんも、大きくなったら楓と同じ学校に通うのよ」と言う。その言葉に、いつもワクワクしたものだ。
しかし、今日は不思議と一切の会話がない。
いかにもなお嬢様像を脳内に描き、気分に浸っていたため目はなんとなく閉じていたのだが、椿は気になりそろり、と目を開けた。
わお……。
目を開けると、
父はその精悍な顔立ちに似合わない、ぽかんと口の開いた間抜けな表情。
母は可愛らしい笑顔で涙ぐんでおり。
そして兄さえも、まるで珍獣でも見るかのようななんとも言えない顔だった。
そこでふと、椿はまた思い出した。
前世の記憶が戻った今、身の回りの環境に関することは戻る前と同じように違和感なく対応することが出来るのだが、一般常識に関してはどうしても前世の私が出てきてしまう。
従って、食事のマナーなどもちゃんと守れる。
……今の椿であれば。
そう、五条椿は、こんな静かに食事を待てるいい子ちゃんではなかったのだ……。
まずい、さすがに違和感に気づいたか……?
「椿ちゃん、貴女……」
「おっ、おかあさま!つばきはおかしくありませんわ!いたっていつも通りです!つばきはべつに前世の記憶なんて……」
「貴女、こんなに立派にお食事を待てるようになったのねぇ!!」
……はい?
「ああ、こんなに静かに待てるなんて、偉いぞ椿!」
「以前はいくら言っても食器で遊ぶのをやめてくれなかったのに……!!」
いや、どんだけお行儀悪かったんだよ、私……。
よくよく思い返せば、今でも鮮明に脳裏に浮かぶのがまた辛い。恥ずかしすぎて、今から穴を掘ってでも埋まりたい気分だ。
なんと言えばいいのか困っていた時、丁度よくメイドさんが食事を運んできてくれた。
今日は天津飯に焼売だった。庶民的な料理だが、五条家の料理人が作る料理は1級品だ。
今度フレンチが出てきたら、「シェフを呼んでちょうだい」なんて言っちゃったり、ふひひひひ。
そんなことを考えていると、また家族の視線が椿に集まっているのを感じた。今度は心做しか、使用人数名も注目している気さえする。
え、食べろと……?食べればいいの……?
「い、いただきますわ」
と、食前の挨拶のひとつすると、ざわめきが起こる。「貴方!椿ちゃんがいただきますと言ったわ!」「ああ!」なんて、両親は大騒ぎだ。
まるでク○ラが立った時のような喜びようである。
縋るような視線で兄の方を向けば、なにやらこの状況を楽しむように一人優雅に食事をしていた。
そして、毎日毎食この光景がくりかえされ、今に至る。
一体いつになったら普通に食事ができる日が来るのだろうか……。
そうして椿は、今日も美味しい食事に舌鼓を打つのだった。うん、美味しい。
今回いつもの半分くらいの文章量です。
ちょっとした小話として楽しんでいただければと思います。