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3話 鷹臣坊っちゃまは生意気

  件の高熱から1ヶ月ほど経った頃。すなわち、私が前世の記憶を思い出してから1ヶ月。小学校お受験のための習い事で、全てにおいて、やれ天才だ人が変わったようだと褒められに褒められまくり鼻高々になっていた頃のことだった。


  いや、中身成人が3歳基準の褒め言葉になにを鼻高くしてるんだと言う話だが……。



「椿ちゃん、今度お母様のお友達のお家でね、そのおうちの子の誕生日パーティがあるの」



  そんな話をお母様からされた私は、おやつのカスタードクリーム&ホイップクリームたっぷりシュークリームを頬張りながら「へー」「ほー」と聞いていた。



「その子が椿ちゃんと同じ歳なのよ。きっと仲良くなれるわ」



  私があ? 3歳児とお? はぁん?


  と、一瞬ハナタカ椿が顔を出しそうになったが、そこは大人として抑える。その我儘お嬢様がダメなのだ。イエス清く正しく愛らしく。

  私は精一杯の子供の愛され笑顔を作ると、お母様の方を向いた。口の端にクリームがついてるのはご愛嬌。



「つばき、たのしみにしてますわ!」




 _______________



  前言撤回、来るんじゃなかった。


  お母様のご友人というのが、将来椿破滅の片棒を担ぐであろう三鷹鷹臣(みたか たかおみ)、その人の母親だったのだ。

  そして、にこにこと愛想笑いを浮かべる私の前で、ふんぞり返ってこちらを値踏みするように見ているのが、本日の主役。鷹臣坊っちゃま3歳である。

  クルクルと少し天然パーマが入ったふわふわの髪に、整った顔立ち。これぞ舞恋の三鷹鷹臣だと言わんばかりのキラキラオーラだった。

  お母様方はキャーキャーと再会を喜んでいる。



「はじめまして、三鷹さま。わたくし、五条椿ともうしま……」


「なんだお前、頭チョココロネだな」



  なんだとこのガキャああ!?!?

  私の自己紹介を遮り、3歳児らしく舌足らずに発せられたその言葉は、可愛げの欠けらも無い失礼なものだった。

  ゲームの中の三鷹鷹臣は、俺様キャラと銘打ってはいるものの、どちらかというと皇帝のような俺様だ。こんなデリカシーの欠けらも無い発言なんてしなかった。

  やはり、3歳児ということか……。


  まあ私はこれでも一回りも二回りも三回りも年上ですから?ここは大人として目をつむってあげましょう。

  と、余裕の笑みを浮かべ、メイドが気合を入れて整えてくれた”巻き髪”の赤髪を、コロネなんかじゃありませんよ〜ほらオシャレでしょう〜?と、ふぁさっとかきあげてみると、鷹臣坊っちゃまは今度は私を鼻で笑った。

  まるで「なにこいつwww馬鹿じゃねーのwww」と馬鹿にしているかのように。いや、まるでじゃない。これは本当にそう思っている顔だ。


  こっ、こっ、こんのガキャあああああ!!!!

  まったく!! 親の顔が見てみたいわ!! とすぐ傍に居る母親達に抗議の視線を向けるも、どうやら話に夢中で気づいていないらしい。

  ここは、ひとつお灸を据えてあげねばならないらしい。



「あら、ごめんなさい。ご自身のお名前も名乗れないような お・こ・ち・ゃ・まには、わたくしの髪が3時のおやつにしか見えませんのね。なんて食い意地が張ってるんでしょう」



  口元を手で隠し、おほほほほほ!と高笑いすれば、鷹臣坊っちゃまは金魚のように口をパクパクとさせて、呆然としていた。

  よし、トドメだ。



「まあ、金魚の真似かしら?それとも鯉?お上手ですわねぇ。強いて言うなら、そのお手手で優雅にヒレを表現してはいかがでしょう?」



  と、口元に添えていない方の手を滑稽にヒラヒラと動かせば、鷹臣坊っちゃまは真っ赤な顔でわなわなと震えたあと、どこかへ走っていってしまった。


  しまった、やりすぎたか。


  これでは大人気ないか。私にとってはスカッとしても、相手は子供。せっかくの誕生日にこんなに馬鹿にされたら、おそらくしばらくの間は嫌な思い出として残るだろう。

  私が少しの罪悪感に苛まれていると、ようやくお話の終わったお母様方が鷹臣坊っちゃまが居ないことに気づいたらしい。

 


「あら?椿ちゃん、鷹臣さんは?」


「お、お話してたらどこかへ行ってしまわれましたわ……」



  目を逸らし、ぎこちなく答える私に、お母様は疑念の眼差しを向けた。

  しかし、そこで思わぬ助け舟が入った。



「いいのよ、夏目。椿さん、ごめんなさいね、うちのバカ息子が……。なにか嫌なことされなかった?」



  うちのお母様のご友人にして、鷹臣坊っちゃまのお母様だ。

  社長夫人のはずが、馬鹿息子とな……。

  私は鷹臣ママに一気に親近感が湧いた。



「いいえ、何もされてませんわ!わたくし、ちょっと探してきます」



  何もされてないなんて、嘘ですけどね。

  しかしここでイメージ回復しておかなければ、のちのちの椿没落に悪影響を及ぼすかもしれない。

  坊っちゃんの恨みで没落なんて、冗談じゃない!

  そう思った私は、二人にぺこりとお辞儀をすると、会場内を探して回った。



 _______________


  鷹臣坊っちゃまは、なかなか見つからなかった。


  はじめこそ、「所詮子供の足だ。そう遠くへは行っていないだろう。くっくっく……」などと人探しを楽しんでいたのだが、如何せん見つからない。

  しかも、流石は大企業の令息の誕生日パーティだけあって、招待客の数が尋常ではなかった。

  人を隠すなら人の中というが、これは確かに見つからない。

  しかも、なまじ身体が小さいせいで、思うように探せない。あたりを見回しても足、足、足……。大人達の足しか見えないのだ。

  もみくちゃにされ、疲れ切った私は、人気のない中庭に飛び出した。


  すると、なにやら遠くで、木に登ってる子供がいるのが見えた。流石、視力いいね。前世は眼鏡人間だったから、この見通しの良さが清々しいよ。



  そんなことを考えながら近くまでよってみると、それは三鷹鷹臣だった。

  彼は私を見つけると、泣きそうな目でキッと睨んできた。

 


「何見てる。どこかへ行け」


「行けと言われましても……、貴方様のお誕生日パーティですのに、主役がいないと成り立ちませんわよ?」



  実際、大事にはまだなっていないが、使用人の方々が静かに家中を探していた。



「それに、貴方のお母様も心配していらっしゃいますわ」


「うるさい!うるさい!さっさとどっか行け!」



  涙目で睨む鷹臣坊っちゃまだったが、せわしなく身体を揺すっていた。おや……?



「貴方、もしかして降りられませんの?」


「そっ、そんなこと……」



  どうやら図星のようだ。大方、登れはするが、高くて怖くて降りられないのだろう。そしてついでに、ある生理現象を我慢してる……と。



「そうですか、でしたら、どうぞお気の済むまで木の上で寛いでらして?私は誰にもいいませんから。ええ、誰にも」



  誰にも、を強調すれば、私は「では、ごきげんよう」と背を向けさろうとした。



「まっ、まて!!!!」



  にやり、引っかかった。



「あら、なにか?」


「て、手を貸せ……」



  鷹臣坊っちゃまは、とても悔しそうに小さくそう呟くと、手を差し出した。

  片手を離したために気にしがみつくバランスが崩れたらしく、その身体はプルプルと震えていた。いや、もしかすると我慢の限界なのかもしれないが。



「あらあらあらぁ? 貸 せ ?人に物を頼む時は……」


「貸して!!ください!!」



  ふんふん、まあこのくらいにしておいてやろう。焦らしすぎて漏らされても反応に困るしね。あ、言っちゃった。



「まあ、及第点ですわね。今誰か呼んできますので、少々お待ちくださいます?」


「だっ、だめだ!いますぐ!でないと……っ」



  うぅぅ、と呻きながら涙を堪える鷹臣坊っちゃま。あ、これ相当ギリギリなやつだ。

  仕方なしに、私はおめかししたドレスをたくしあげると、手頃な枝を掴み、木の幹に足をかけた。



「え?お前、なにして……」


「なにって、人めい救助ですわ」



  そう、人(の)名(誉)救助活動ね。

  ひらひらのドレスに、ツルツルの靴では少し登りづらかったが、それでも軽々と鷹臣の元まで登ることが出来た。前世は田舎の山育ちだ。伊達に山猿なんてあだ名はついてない。


  登る途中で少しドレスが汚れたが、鷹臣坊っちゃまの名誉には代えられないだろう。

  隣まで登り背中を向ける私を、鷹臣坊っちゃまは不思議そうに見ていた。



「何してますの?早く捕まってくれませんこと?」


「えっ、あ、でも……」



  いいから早く、漏らしたいんですの?と急かすと、鷹臣坊っちゃまは顔を真っ赤にして渋々私におぶられた。やはり図星か。


  同じ歳の、しかもさっきまで馬鹿にしていた女の子におぶられるとなると、男の子にとっては屈辱以外の何物でもないだろうが、ここは我慢してもらうしかあるまい。

  同じ歳の子をおぶっての下山(木)は、一人で降りるよりも難易度が高かったが、怪我なく降りることが出来た。


  降りている途中、ギュッと背中にしがみつく鷹臣坊っちゃまは、まあ可愛いと言えなくもない。

  なんとなく得意になって飛び降りたら、鷹臣坊っちゃまが首を絞める勢いで強く抱きついてきた。ぐるじい。


  そして、無事に地面に着いた。

  今度はあまり刺激を与えないようにゆっくり下ろしてやると、鷹臣坊っちゃまは一目散に駆け出した。

  まあ、この切羽詰まった状況でお礼を言ってから帰れと強要するほど鬼ではないけどさあ……。


  と、溜息をつき、この汚れたドレスについてどう弁解しようか悩んでいた時、少し離れた鷹臣坊っちゃまがピタリと止まり、こちらを振り返った。

  そして、真っ赤な顔でこちらをビシッと指さすと、大きな声で一言。



「この礼は今度また必ず返すからな!!覚えてろよ!!」



  そう言うとまた一目散に駆けて行った。

  なるほど、坊っちゃまはツンデレだったか。




  それから会場内に戻り、お母様から汚れたドレスについてお叱りを受けていた時、遠目に見えた坊っちゃまは先ほどとは違う服装だった。

  あいつ、結局漏らしたな……。

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