24話 たぬきの問題
一つ目のチェックポイントである泉に到着した頃には、椿達は後発の藤組に追いつかれてしまった。
泉は椿が楽しみにしていた要素の一つでもあったのだが、あまりに疲れすぎてゆっくり眺める所ではなかった。
なんにせよ予告通り、椿達四人は休憩タイムだ。
藤組もまだ一班しか着いていない。
どんだけ気合いの入ったグループなんだ、とだいたいの予想はつくものの気になってしっかり確認してみると、そこには案の定見慣れた影が二つあった。
「あら? 椿、アンタ随分遅いじゃない」
「……三葉、鷹臣さんと同じグループだったんだね」
「まあね。もうあの坊っちゃん気合い入りすぎ……。下調べばっちりって感じで、歩くペースから休憩のペースまで全部脳内で決めてるのよ。班員の体力を考慮してるからなんとも言えないけどね。おかげでダントツの先頭よ」
流石天下の三鷹鷹臣である。
三葉の言う通りペース配分はしっかりしているのか椿たちと比べても疲れは無いように見えたが、三葉はどちらかというと精神的に疲弊しているようだった。
ふと離れたところにいる三葉以外の三人を見てみると、鷹臣は相変わらず。残りの二人は見るからに彼に心酔している様子だった。なんというか、鷹臣によって選び抜かれた精鋭臭がする。
これに着いていくのだから、と三葉の苦労は計り知れない。心中お察しします。
すると、待ちくたびれた様子の鷹臣から怒号が飛んできた。
「おーい、長篠! 椿なんかに構ってないで戻ってこい! ミッションの一つ目を解くぞ!!」
今「椿なんかに」って言ったな? 言ったよな?
「はいはい、今行くっての。じゃあね、椿、ゴールで会いましょ。……といっても、アンタ達はまず辿り着けるか心配だけど」
余計なお世話だ!
そう言ってしぶしぶ自分の班に戻る三葉を見送ると、椿も自分の班に戻った。
どうやら皆丁度休憩を終えたところらしい。
「ええと、じゃあまずははじめのミッションだね」
全員が揃うと、メガネ君が切り出した。
どうやらミッションが解けないと先へは進めないらしい。救済措置として先生へヒントを仰ぐことも可能らしいが、元三十路の矜恃として意地でも小学生向けの問題でヒントなぞ貰いたくない。
チェックポイントの立て看板の側に立つおじいちゃん先生からミッションの紙を受け取る。
「『さきたにすたすたため』……ですの?」
「隣りに描いてあるのって……犬、かな? それともパンダ? たぬき……?」
真っ先に紙を覗き込んだ恵那千鶴子と星野君の二人は、揃って首を傾げた。
なんとなくオチが予想ついてる椿は、まず三人に優先して見せてあげることにした。
続いてメガネ君も覗き見る。
「崎谷……? すたすた……ううん?」
メガネ君でも分からないらしい。
……ええー……
最後に椿がその紙を除きみると、案の定だった。
一枚の紙には、先程恵那千鶴子が口にしていたように『さきたにすたすたため』と書かれている。
色々なところでクイズに使われる、初歩的な問題だ。側に描いてあるヘタウマなイラストを狸だと仮定すると、すぐにわかるだろう。
だがここですんなり答えを出してしまってもいいのだろうか。
この先も同じようなレベルの問題が続くとしたら、椿にとっては赤子の手をひねるのと同じくらい簡単な問題ばかりだろう。
椿が答えを出すのは簡単だ。
けど……。
「これ、たぬきですわよね。ほら、頭の上に葉っぱが乗ってますし」
椿は結論として、少しずつヒントを出していくことにした。
やはりこのオリエンテーリングの第一の目的は協力なのだから、それに則って椿も大人気ないことはしないことにしたのだ。
体は子供、頭脳は大人な椿さんは影役に徹するのだ。
「あ、やっぱりこれたぬきなんだ。でも、なんでたぬき?」
「たぬき……葉っぱ……? たぬ、すたすた……」
男子陣は未だ首を傾げている。
これはもう少しヒントが必要か、と考えていたら、恵那千鶴子が声を上げた。
「たぬき……た、ぬき……。あっ!」
「あら、千鶴子さん。わかりましたの?」
椿がそう煽ると、彼女は不敵な笑みでニヤリと笑った。
「わかりましたわ。答えは、『さきにすすめ』ですわ!」
椿も、安堵の笑みを浮かべた。
どうやら、わかったようだ。
だが、答えがわかってスッキリしたのは彼女一人だけらしく、男子陣は未だによく分かっていないようである。
「ええと、つまり、たぬきっていうのはヒントのことですわ。たぬきは『た』をぬく、という意味で……」
「ああ! だから文章から『た』を抜けばいいんだね!」
「なるほど!」
考えあぐねる男子二人に、恵那千鶴子が丁寧に解説している。以前保健室で言葉を交わした時にも感じたが、こういうところはやはりお姉さん気質のようだ。
全員が理解したところで、おじいちゃん先生に答えを確認しに行くと、当然といえば当然なのだが正解だった。
そして同時に、あのピカソが利き手以外で描いたような狸のイラストもこのおじいちゃん先生の直筆だということが判明した。
班の数だけ、直筆。どれだけ狸が好きなんだと問いたくなるが、先を急がなくてはならなかったため断念した。
前世では名探〇コナンも金〇一少年の事件簿も読破しているこの私にかかれば、こんな問題楽勝よ!!
地図のチェックポイント地点に確認の判子を貰った椿ら一行は、未だ答えのわかっていない様子の鷹臣班とすれ違った。
三葉の顔を見るに答えは分かっていそうなものだが、椿同様、というか椿よりもさらに口は出さないスタイルのようだ。
「あっ、椿! お前わかったのか!」
「ええ、わかりましたわ。答え……教えて差し上げましょうか?」
「くッ……!! い、いや……でも、くそ、せっかくここまで一番だったのに……っ」
「ま、せいぜい頑張ってくださいな。『みか かおみ』さん。じゃあ、お先に失礼致しますわ」
余裕の笑みでそう伝えてから歩き始めると、少し経ってから後ろから「ああああああああぁぁぁ!!!!」という鷹臣の喜びの絶叫が聞こえてきた。
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その後も二つ目、三つ目とチェックポイントでのミッションをクリアしていった。
基本的には小学生向けに作られているため簡単なのだが、どうしても議論に行き詰る場合は椿が助け舟を出す。といったことを繰り返していた。
相変わらず歩くのは辛いが、なんとか助け合い、声を掛け合い、また張り合いながら順調に進んで行ったかのようにみえた。
恵那千鶴子が椿に対して段々と疑念の眼差しを向けることには気が付かず、気がつけば残すはあと最後のチェックポイントのみとなったところで……、
椿と恵那千鶴子は、崖から落ちた。
有名でさよね、たぬき問題