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23話 どこかで見たことのあるメガネだ

「ゼェ……貴女には……ハァッ、負けませんことよ……!!」


「の、望む、ところ……っ」



 ぽかぽかと春の陽気が気持ちのいいある日。絶好のハイキング日和である。


 そんな中、椿と恵那千鶴子は息も絶え絶えに登山バトルの真っ最中だった。


──────────




 恵那千鶴子と五条椿の体力は拮抗している。少なくともそれは、体育の時間の身体能力テストでハッキリとわかっていた。

 どの種目においても、抜きつ抜かれつの関係なのだ。

 負けたと思ったら、二回目の勝負では勝つなんてこともゆうにある。

 一方的にライバル視されて以来度々勝負しているので、それは確かだ。



 しかし、二人とも完璧超人というわけではなかった。


 鳳翔学園の遠足行事に、ハイキングというものがある。

 噛み砕いて説明すると『豊かな自然の中で身体を動かし、各ポイントに設定されているミッションをクリアしよう!』といった内容だった。少し意趣を凝らしたオリエンテーリングのようなものだ。

 はじめ説明を受けた時は、「そんなことやったっけなあ~」などと気軽に構えていたのだが、完全に舐めていたことに気づくのは、現地に着いてからのことだった。



 オリエンテーリングは男女2人ずつ、四人の班で行われる。生徒の自主性を図るためだとかいう先生のお言葉により、班わけは自由に行われた。

 その班わけは、男女10名ずつぴったりに所属している桜組において、クラスの二大ぼっちである椿と星野君には非常に気まずいものであった。

 ハッキリと言葉にはしていないが、ぼっち同盟を結んでいる二人は密かに顔を見合わせた。

 ピンチ!! と。


 しかし、意外にもそんな椿と星野君に救いの手を差し伸べてくれたのはなんと恵那千鶴子だった。

 千鶴子は友達も多く、グループ作りには困らないはずなのだが、それがどうして。

 真意は掴めないまま、千鶴子はもう1人の男子枠として、速やかに大人しそうなメガネ君を引き入れた。


 どこかで見たことのあるメガネだ。

 同じクラスなのだから見たことはあるに決まっているのだが……まあ、それは置いておこう。

 なんにせよ、これであっという間に、4人班の出来上がりである。


 幼馴染だという星野君はともかく、敵視している私と同じ班になるなんて……、あっ、おまけか。そうか、おまけか。

 と、椿は虚しい気持ちになりながらもスッと全てに合点がいったのだった。




 なんでも上手くまとまる魔法の言葉、そんなこんなで遠足当日。



「みなさん、無理のないように楽しみましょう! もしも途中で怪我をしたり、気持ちが悪くなった人は、各ポイントに立っている先生にきちんと伝えること。そしたら、保健室の三宅先生が迎えに来てくれますからねー」



 桜組、藤組の一年生は、綺麗に並んで女性の学年主任の先生の話を聞いていた。

 少し離れたところでは、上級生が一堂に会していた。

 聞くに、二年生からは学年混合の班わけでオリエンテーリングを行うらしい。

 一年生は体力的な問題と、はじめてのハイキ……オリエンテーリングということで、難易度を下げたコースを歩くんだとか。


 そのことを教えてくれた楓は、「椿も来年からは僕と同じ班になれるかもしれないね」と言って頭を撫でてくれた。つくづくよく出来た兄である。


 

「それでは、行ってらっしゃーい!」



 と、大きく手を振る学年主任の先生の姿は、某ネズミーランドのアトラクションのキャストを彷彿とさせた。いけない。


 そうして合図がおりた瞬間に、「わー!」「きゃー!」と歓声を上げながら走り出すグループがいくつかあった。

 上流階級ですましていても、所詮は子供。と、余裕を持って歩きだそうとすると、不意に声をかけられた。



「椿さん!」


「……はい?」



 案の定、声をかけてきたのは恵那千鶴子だ。

 なにやらやる気満々、意気揚々とした面持ちで腰に両拳を当てるお決まりポーズだ。ついでに人差し指をビシッとしてくれればライバルお嬢様なのだが、「人を指でさすのはよろしくありませんわ!」の精神らしい。お育ちが良くてあそばされるでございますわ。



「このオリエンテーリングは協力が必要不可欠。で す が! わたくし、まだ椿さんを認めた訳ではありませんの。ですので、停戦協定はミッションの時だけに致しませんこと?」



 ごめんなさいそんな停戦協定とか小難しいこと考えてませんでした……。

 というか、一体何で勝負するつもりなのだろう。持久力? それとも歩き方の優雅さ……?

 だがいずれにせよ、『勝負』という言葉にいたく拘る彼女のことだ。ここは、ノるが吉。



「望むところですわ」



 そう言って椿はニヤリと不敵に笑った。



──────────


 鳳翔学園の所有地だという山は、本当に緑豊かで、広くて、油断すると迷子になってしまいそうだった。

 道は整備されているが、見渡す限りの背の高い木々。足元には普段は気にとめない小さな花々。

 名前もわからない白いきのこなんかもあった。

 桑の実を見つけた時はテンションがあがって、思わず1粒口の中に放り込んでしまったが、実はまだ赤く、その酸味に思わず涙が浮かんだ。

 六月頃になれば、食べごろを迎えるはずだ。

 五条家では拾い食いはするなと言われているが、拾い食いじゃなくてもぎ取ってるんだからいいよねっ。


 予め配布された地図によると、ちょっとした小川から湖まであるらしい。湖の方はチェックポイントにもなっているというので、いずれ見ることが出来るだろう。

 春先の過ごしやすい陽気の中、小さく小鳥のさえずりも聞こえる。こんな所でも、前世で住んでいた東北の山奥を思い出した。

 まあ、あの時はハイキングではなく山菜採りだったが。



 身体の弱い星野君がいる椿達の班は、必然的に最後尾となった。彼の体調に配慮してのことだ。

 星野君は申し訳なさそうにしていたが、いいじゃないか。スローペースで楽しむのもまた一興だ。


 男子組はメガネ君(未だに名前を聞けずにいる)が甲斐甲斐しく星野君を気遣い、班を先導している状態だった。

 この面子ならば恵那千鶴子が先陣切って進みそうなものだが、いつもとは様子が違った。

 それは、椿もまた然り。


 歩き始めは椿と恵那千鶴子とで互いに一歩も譲らず胸を張って歩いていたのだが、勾配が上がるにつれて段々と二人とも前屈みになって行った。


 はじめは前に女子二人、後ろに男子二人という隊列だったが、いつの間にか前を歩く男子組に、女子組が必死に食らいついていくような構図になってしまった。


 どうやら椿と彼女は、揃いも揃って持久力においては平均以下だったらしい。

 そういえば、お互いのスコアを比べることに夢中になっていて失念していたが、シャトルランの結果は思えば二人とも芳しくなかったように思える。



「ゼェ……貴女には……ハァッ、負けませんことよ……!!」


「の、望む、ところ……っ」



 お互いに、息上がりまくりーの汗だっくだくである。



「千鶴子ちゃん、五条さん……大丈夫? 休憩する?」


「もう少しで一つ目のチェックポイントですから、そこで一旦休みましょうか」



 いつの間にか少し距離を取られてしまった男子勢が、立ち止まり言葉をかけてくれる。

 その優しさが辛い。ああ情けない。


 見ると星野君も、まだ余裕そうだ。

 他の班よりペースは遅いとはいえ、メガネ君と談笑しながら歩く彼は、体調の悪さなど微塵も感じさせない生き生きとした様子だった。

 それはよかったのだが。

 

 どうしよう、小一ハイキング、完全に舐めてた。




「「ありがとう存じます。ですが、お気遣いなく!!」」



 はじめて椿と千鶴子が意気投合した瞬間であった。


このメガネ、実は以前チョロっと出てきたあの子だったりっていう小ネタ(?)

いつも見てくださってありがとうございます!

レビューも4つも……しかもみなさん、細かいところまで読んでくださっていて、本当に嬉しいです´`*

これからもよろしくお願いします!

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