22話 『机に頬杖をつき物憂げな目で外を眺める美人の画』
窓の外では雨が降っている。
椿はすっかり感傷的な気分で、後者の屋根やアスファルトに打ち付けられる雨を眺めていた。
別に、『机に頬杖をつき物憂げな目で外を眺める美人の画』を演出しようという訳では無い。事実憂鬱ではあるのだが、断じて意識はしていない。
椿の悩みの種は、もっぱら新たに知り合った二人、『恵那千鶴子』と『星野司』のことだ。
あわよくば千鶴子ちゃんとお近付きに、などと考えていた数日前の自分を思い返しては、溜息をつく。
あれからというもの、千鶴子はことある事に椿をライバル視するようになってしまった。
原因は何となく察しがついている。
舞恋のゲーム内でも、ストーリーの前半で千鶴子はヒロインに対して姑根性全開で何かと勝負を吹っかけてくるのだ。
ネタバレをしてしまうと、幼馴染である星野司に相応しいかどうか見極める……といったものだったのだが……。
どうしてこうなった。
しかも、露骨に嫌がらせをする訳ではなく、正々堂々と体育の記録や問題の正誤で競おうとしてくるのだ。
勉強に関しては中身アラサーのプライドをかけて負ける訳にはいかないのだが、体力は拮抗しているようで、もう負けないように必死だ。
そもそもまともに取り合わなければいい話ではあるのだが、外見は小学一年生でも年上としてのプライドがあることと、千鶴子ちゃんとお近付きになるという希望を捨てきれていないこともある。
「次は負けませんわ!」と強気に宣言する彼女が可愛いからだとか、そんなことは少ししか思っていない。
「ふぅ……」
先日の根も葉も(少ししか)ない噂も相まって、ますます椿に近寄ろうとしないクラスメイトだったが、今日はさらに椿の周りの輪の直径が伸びている気がする。
誰も話しかけてこないのは、好都合ではあるのだが……。
そう、唯一、ただ一人を覗いて。
「五条さん、今日はなんか元気なさそうだね。どうしたの?」
隣の席からそう心配そうに声をかけるのは、例の星野司だ。
はじめは敬語だった彼も、気がつけば砕けた口調になっていた。
そして『五条椿の子分』という事実無根かつ不名誉極まりないであろう肩書きを付けられた彼もまた、クラスの輪から外れている椿のナカーマなのである。
入学式の日以来、彼はもともと身体が弱いせいで、二日ほど休むことがあった。
そのせいで、男子からも声をかけづらいと遠巻きにされていた。
そうだよね、入学してからの数日ってとっても大事。
はじめの頃は千鶴子率いる女子グループから声が掛かることもあったのだが、彼はそれをやんわりと断わっていた。
幼馴染なのに? と疑問に思ってそれとなく聞いてみると、なんでも、女子大人数のグループは怖くて苦手なんだとか。
うんうん、わかる、わかるよ。しかも明らかに気が強そうな一軍だもんね。
そんな彼は、何を好き好んでか、こうして椿に話しかけてくれる唯一のクラスメイトなのだ。
「……雨の日は、なんとなく憂鬱で」
『机に頬杖をつき物憂げな目で外を眺める美人の画』のまま、ほう……と溜息を着けば、彼は尊敬に似たキラキラとした眼差しで椿を見つめていた。
「か、かっこいい……!」
思わず、顔がピクピクと引きつった。
さっき『五条椿の子分』という肩書きを、事実無根かつ不名誉極まりないと言ったが……え、もしかして本当に子分にでもなったの? ねえ?
そんな二人を、恵那千鶴子は遠くから悔しそうに眺めていた。
ハンカチを噛んで悔しがってる人初めて見たー……。
そんないたたまれない三角関係のような状況に身を置きながらも、途方に暮れる自分にそっと心の傘をさしてあげる優しさと余裕も無くなるほどに、悩んでいた。
嗚呼、私って罪な女……。
椿は、半ば白目をむく勢いでそんなことを考えていた。
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