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21話 根も葉も少ししかありません

「大丈夫よ、少し気を失ってるだけだから」


「本当ですかっ! よ、よかったあ……」



 あの後、少年を引きずりながら保健室へ訪れた椿を、驚きながらも優しく迎えてくれたのは養護教諭の 三宅みやけ先生だった(胸のネームプレートに書いてあった)。


 比較的体力のある椿だが、流石に同じくらいの体型の人一人を引きずりながらの移動はかなりキツイものがあった。ましてや校内の構図把握もまだままならないのだから、着いた頃には椿は息も絶え絶えだった。


 なんで、初日からトラブルに巻き込まれるかなあ……。いや、今回の件に関しては椿にも非があるとはいえ、いやしかし……。

 

 椿はベッドですやすやと穏やかな寝息をたてる少年を一瞥すると、毒気が抜かれてふっと微笑んだ。

 ……まあ、いいか。


 先生が言うには、気を失っただけだという。しかし、それだけとは考えづらく、元から体調不良だったのでは、とも言っていた。

 これは椿に詳しく説明してくれた訳ではなく、診察している時にブツブツと呟いていたことだが、そうなのだろうか。


 だとしたら、体調不良で保健室に行く途中だったとか? いや、だとしたらあの中庭を通る必要はない。

 この少年は、どうしてあんな所にいたのだろうか。決して椿も、人のことは言えた立場ではないが。



「それにしても、貴方達見たところ新入生よね。何組かしら」


「五条椿、桜組ですわ」


「五条……。ああ、楓くんの妹さんね」



 椿が五条と名乗ると、先生は納得した様子で呟いた。



「先生、お兄様をご存知ですの?」


「ええ、彼は優等生で有名だから、妹の貴女が入学して来るのも知ってたわ。ただ、まさかこんなに早く保健室へ来るなんて思ってもみなかったけど」



 面目次第もございません……。

 先生の話を聞き、優等生だという兄の顔に泥を塗ることにならないか、椿は気が気でない。


 どうしよう、しっかりしなければ。

 お母様の情報網は国家レベルといっても過言ではないから、椿が何か問題を起こそうものなら直ぐにバレてしまうことだろう……怖い。



「それと……。こっちの子は、中庭で倒れてたってことでいいのよね。名前とクラスは、わかる?」


「あっ、いえ……存じませんの」


「まあそうよね。見ない顔だから、多分同じ新入生だとは思うんだけど」



 改めて言われてみると、椿はこの子のことを何一つとして知らない。パッと会ってバーンと倒れてしまったのだから、それもそのはず。

 先生は新入生だと言うが、新入生に配られる花は胸につけていないし、名前とクラスがわかる名札もつけていない。

 光の当たり方によっては藍色に見えなくもない髪の色は特徴的だろうが、そもそも新入生だ。特徴から探すことも出来まい。



「仕方ない。先生少し職員室で確認してくるわ。貴女はどうする? クラスに戻る?」



 三宅先生は、はあ……と大きくため息をつくと立ち上がった。



「いいえ、起きた時一人じゃあ心細いでしょうし、側で待ってますわ」


「そう言うと思ったわ。じゃあ、起きたら説明してあげてね」



 神妙な面持ちで頷くと、先生は苦笑いして保健室を出ていった。

 出る直前に「入学初日からサボりとは、やるわね……五条椿」と小さく呟かれた声は、残念ながらサボりの当事者である椿には届かなかった。



──────────


「……さい。起きてください」


「ん、ん……?」



 優しい手つきで身体を揺り動かされると、椿はゆっくり瞼を開いた。

 ウトウトと目を擦ると、目の前には困ったような顔で椿の顔を覗き込むあの少年の顔があった。

 その瞬間、夢現だった意識が覚醒し、ぱっちりと目が覚めた。

 どうやら、ベッドの傍の椅子に座ったまま寝てしまったらしい。時計を確認すると、さほど時間は経っていないように思えたし、まだ三宅先生も帰ってきていない。

 椿がはっきりと目を覚ましたことを確認すると、ベッドの上で上半身を起こしただけの少年はほっとした様子で微笑んだ。



「あっ、えっと! お怪我は……じゃなくて、ええと、そう……うん……?」



 椿は予め、この少年が目が覚めた時のためのシチュエーションを考えていたのだが、予想外の展開に咄嗟に言葉が出てこなかった。

 ちなみにシチュエーションというのは、


1、少年目覚める

2、傍らには優しく微笑む少女

3、「目が覚めたのね」と事情を説明した後、静かに立ち去ろうとする

4、「あのっ、せめてお名前を!」と呼び止められる

5、「例には及びませんことよ」とスカートを翻して桜の木をバックに立ち去る


 完璧だろう。パーフェクトだろう。

 いたいけな少年の初恋になること間違いなしだ。いや、別に惚れられたい訳では無いけれど。


 何故室内にいきなり桜の木が現れたのか、まさか窓から出て行ったのか、などという疑問は足元にでも置いておいてください。だってこの方がロマンティックだったのだ。


 そんな計画もやむなく失敗に終わったため、椿はありのままの事情を少年に伝え、謝罪した。



「そっか、僕また倒れちゃったんですね……」


「また?」



 まるでこれが初めてではないとでも言いたげな少年の物言いに、椿は首を傾げる。



「あっ、いえ、なんでもないんです! それより、五条さん。助けてくれてありがとうございました」


「いいえ、お礼を言われるようなことは何も……えっ今、名前を?」


 少年は、今確かに五条さんと言った。しかし、この少年とは初対面な上まだ名乗っていない。

 いったい、どういうことだろう? もしかして、もうなにか変な噂が広がってるとか。まさか、今朝の校門追突未遂事件じゃ……。


 などと椿が考えていると、ハッと何かに気がついた様子で、慌てて両手を大きく前で振った。



「ちっ、違うんです! あの、ストーカーとかじゃなくって!」



 いや、別にストーカーだとまでは考えていなかったが……。

 



「……実は前に、三鷹鷹臣くんの誕生パーティで一度五条さんを見かけてたんです。でも、両親と挨拶に行った時は五条さんいなくて……。だから、多分僕のことは知らないと思います」



 それは多分、迷子のルイをルイパパの元へ送っていた時のことだろう。なるほど、道理で知らないわけだ。

 


「なるほど、それはわかりましたわ。それと、あともう1つ聞きたいことが……」


「聞きたいこと? なんですか?」


「貴方、何故あんなところに……」



 と、椿が問いかけ、またそう言えば名前もまだ聞いてなかったなとふと思ったのと、ほぼ同時。

 廊下からバタバタと騒がしい足音が聞こえてきたかと思えば、保健室の扉が乱暴に開かれ、黒髪色白の美少女が飛び込んできた。



「司っ!!!!!!」



 現れたのは、恵那千鶴子。

 どうやらまた厄介なイベントの予感がする。



「司、貴方倒れたって!! ……いいえ、そんなことよりも。どうしてここにいますの!? 辛いなら無理せず休めと、わたくしもおば様も常々申しておりますわよね!!」


「う、うん、ごめんね千鶴子ちゃん……。でも、だって、せっかくの入学式だし……」


「『だって』も『でも』も必要ございませんわ!」



 顔を真っ赤にして腕を組むその佇まいは、前世の椿の母が、本気で怒った時の姿にそっくりだった。

 それはそれはおっかない様子でガミガミと吠える彼女に、『司』と呼ばれた少年は冷や汗を浮かべていた。若干身体も仰け反っている。

 


「あの、お二人共。とりあえず落ち着……」


「関係の無い方は黙っててくださいまし!!」



 椿がそう促そうとするも、効果はなしだ。

 怒る千鶴子、謝る少年。椿はちょうどその中間地点に、ぽつんと座っている。

 部屋の空気の強ばり方が尋常でない。

 そんなことよりも、先程から椿はなにか大切なことを見落としている気がしていたのだが、それがなんなのか未だわからずにいた。



「あら、そう言えば貴女……」



 かと思えば、千鶴子が怪訝そうな顔で椿の方に顔を向き直した。

 これはもしやお近付きに、と椿は一瞬期待に胸を膨らませたのだが、その期待はどうやら外れたらしい。

 彼女は椿をキッと鋭く睨みつけると、仁王立ちで椿を見下ろすように立った。女版鷹臣、そんな言葉がふと浮かんだ。



「五条椿さん! 貴女、司に何をしましたの!」



 へ? は?

 あまりの唐突さに、椿はポカンと口を開けた。

 どうやら彼女は、椿が彼をノックアウトしたとでも思ってるらしい。

 誤解だ。まったくの誤解である。

 一体椿にどんな偏見を抱いているんだと言いたくなる。



「いえ、そのようなことは……」



 その事を伝えようと口を開いた瞬間、椿のその言葉を遮るようにして少年が声を上げた。



「千鶴子ちゃん、違うよ! 五条さんは倒れてた僕を保健室まで連れてきてくれたんだ!」


「いいえ、じゃあ何故タイミングよくその場にいたのか説明できますの? この女に何誑かされてますの、絶対何かされたに決まってますわ!」



 いや、誑かすってなんだ。

 だから本当に違う……と言いかけて、はたと思い出した。そういやぶつかって気絶させたの私じゃん……? と。

 完全に自分のことは棚上げスタイルだった。

 そのことから椿が何も言えずにいると、「ほら見た事か!」と千鶴子に目ざとく指摘されてしまった。


 少年には既に謝罪していたが、千鶴子のあまりの勢いに気圧されて忘れていたのだろう。そういうことにしておく。



「とにかく! これ以上わたくしの幼馴染を誑かさないでくださいまし!」



 千鶴子は再び強く椿を睨みつけると、椿を指さしながら高らかと宣言し、少年を半ば引きずるようにして保健室を出て行った。


 その一連の出来事の衝撃も凄まじいものであったが、顔面蒼白で固まる椿の頭にあったのはそれよりももっと重要なことだった。


ああああああああぁぁぁ!!

 恵那千鶴子の幼馴染、司……。『星野ほしの つかさ』!!

 そうだ、なにか重要なことを見逃していると思っていたのだ。だがそれも今この瞬間にハッキリした。


 そう、星野司は、舞う花のみぞ恋を知るの攻略対象の一人だったのだ。


 それから、養護教諭の三宅先生が帰ってくるまで椿は保健室で白い灰になっていた。ところどころ記憶があやふやだが。


 また後日、司が入学式の日に病欠だったお隣さんだということも発覚し、更には三葉情報で『五条椿が星野司を子分にした』という根も葉もどちらも少ししかない噂が流れているらしいことを知った。

 鷹臣は呆れ顔でなにも言ってはくれなかったし、対照的に楓には面白いね、と大爆笑された。どうやら他の学年にもこの噂は広がっているらしい。






 どうしてこうなった。


一日あけての投稿になってしまい、申し訳ないです汗

ここで、少年の招待が明らかになり、役者が徐々に揃ってきましたね。

これからもどうぞよろしくお願いします!

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