2話 五条楓
「椿?起きてる?」
で、でたー!!!!
私はこの声の主を知っている。彼こそが、舞恋の三鷹鷹臣に次ぐ人気を誇る攻略対象にして私の第二の刺客。”五条楓”その人だ。そして、私 五条椿の実兄でもある。
ゲーム内では彼は主人公の3つ上の先輩で、正統派な王子様タイプとして描かれていた。
俺様な三鷹鷹臣とは正反対のスパダリ甘々なセリフを流れるように口にするため、好みの違うお姉様達とで人気が別れていたのだ。
そして、彼のルートでも椿は懲りずにライバルとして登場する。
それはもう姑のようにネチネチネチネチと、鷹臣ルートとはまた違ったウザさがあったのを鮮明に覚えている。
対して楓は椿のことをあまり好ましくは思っていないようだった。むしろ、我儘で、傲慢で、人の気持ちを考えられない椿を情けなく思っていたほどだった。
なにやってんだよ、椿……。いや、私……?
「椿、入るよ」
「!?!?」
まってまってまって!! まだ破滅回避の脳内作戦会議とか、心の準備とか! いや、椿としてはつい昨日会ったばかりなんだけど心の準備がー!
そんな私の望みも叶わず、ガチャリと音を立てて扉は開いた。
姿を見せたのは色素の薄い柔らかそうな髪を持つ、将来イケメンになること間違いなしのイケショタだった。
ちなみに、兄は母に似て椿は父に似ていた。父親譲りの赤毛が嫌いな訳では無いが、気の強そうな顔つきがさらに強調されるようで、どちらかと言えば兄のその容姿が羨ましくもあった。
特別どこの国のハーフという訳でもないのだが、日本人離れしたこの髪色も乙女ゲームだからと割り切っていた。
しょうがない。乙女ゲームだもの……。
しかし女の子の部屋に許可なく入ってくるのは如何なものかとも思ったが、そういえばお互い3歳と6歳だった。しかも兄妹。そりゃあ恥じらいも何もないな。
「え、ええと……にいさま?」
「なんだ、起きているじゃないか。朝様子を見に来たら床に倒れてるものだから、心配したんだよ」
おにいさまぁ〜!!
記憶を取り戻してからの初会話。少し、割と、かなり緊張していたのだが、この位の年代だとまだ関係は至って良好だ。
というか、私にショタ趣味はないはずなのだが、不覚にもキュンとしてしまった。
この年から実の兄に避けられるなんて、悲しいことこの上ないからね。
「ごしんぱいをおかけしてしまい、もうしわけございません、にいさま……。でも、ご覧のとおりもうすっかり元気ですわ!」
私が取り繕うようにニパッと笑い、お茶目にサービスでマッスルポーズなんてものをしてみた所、なにやらお兄さまは目をこれでもかという程見開いていた。
何故だ。いとしい妹のマッスルポーズにそれほどまでショックを受けたのか。
「あ、ああ……うん、それは良かった。いいんだけど……」
なにやら煮え切らない様子で、こちらを凝視するお兄さま。おいこら、なんで頬を抓る。
と、疑問に思っていた私だったがふと気がついた。
そうだ、つい最近。記憶を取り戻す前までの五条椿は、とんでもない我儘で、まさに悪役お嬢様然としたガキだったのだ。
敬語なんて使わないし、マッスルポーズなんて死んでもやらない。プライドが許さなかったのだ。
そりゃあ驚くわあ……。
しかし、中身はれっきとした社会人。子供らしく振舞えと言われればやってのける自信はあるが、以前までの傍若無人な態度をとれと言われれば断固拒否だ。一生の黒歴史になる。そもそもその傍若無人な態度が没落の1番の原因なのだから、この期に路線変更しないでどうする。
そう!今こそが変わる時!
ここは……熱が出て人が変わったと強引にでも思わせるしかないな。
「椿、本当に大丈夫?」
「ええ、平気ですわ。そんなに心配なら、ほら。おでこを触ってみてくださいな」
ほらほら、と子供らしく(椿基準)前髪を上げ、おでこを突き出す。
すると、お兄さまは自身のおでこをくっつけて、真剣な顔で覗き込んできた。
ぬおっ、ショタが!ショタの顔が近い!
流石攻略対象。幼くてもやることがいちいちイケメンだ。既にスパダリの片鱗を見せ始めてるとは、要注意……。
「うん、確かに熱は無いみたいだね。ご飯は食べられそう?」
「まあ、もうそんな時間ですのね。少しでしたら、頂きたいですわ」
「じゃあ、ほら。いこうか」
そう言うと、お兄さまはベッドの上に座っていた私を抱き上げた。
3歳でしかも妹なのだから、こういった扱いをされるのも普通のことなのかもしれないが、記憶が戻ったことで未だ外見と中身とのギャップに慣れず、尋常ではない照れが私を襲った。
よもや、この年になって男性に抱き上げられる日が来ようとは……。
が、ここでじたばたと抵抗するのもおかしいので、私は黙ってされるがままに抱っこされた。
決して欲望に忠実な訳では無い。
それから念の為、とお兄さまにおでこに冷えピタを貼られた。熱はないものの、照れて火照った顔に冷えピタの冷たさが気持ちよかった。
リビングにまた抱きかかえられたまま赴くと、両親が疲れ切った表情で休んでいた。
どうやらお兄さまは二人を気遣って代わりに様子を見に来てくれたらしい。
「椿ちゃん!」
「椿、熱はもう大丈夫なのか!?」
「おとうさま、おかあさま!」
父の名は五条 祥太郎。母の名は五条 夏目。
この親にこの子たちありと言われれば誰もが納得するであろう美形両親で、リビングに姿を見せた私達を見るや立ち上がり、安心したような表情を見せた。
お兄さまは私を優しく下ろすと、私がすっかり回復したことについて二人に報告していた。
二人とも仕事や付き合いがあり、付きっきりで私の看病ができる状況ではないにもかかわらず、時間があれば使用人(五条家には数人の使用人と、専属の料理人がいた)に任せっきりにせず、甲斐甲斐しく世話をしてくれた。
その証拠に、二人とも整った顔立ちに色濃く隈を浮かべていた。
今の両親のことが、私は好きだ。
もちろん前世の両親だって好きだが、いつまでも未練タラタラで過ごす訳には行かないし、確かにこの椿の身体で愛情を受け育ったのだ。嫌いになんてどうしてなれようか。
よかったわね、よかったなと私を抱き上げ撫で回す両親に若干の気恥しさを覚えつつも、私はもう身体全身で感謝を伝えたくてたまらなくなった。
家族! らぶ! らぶ!
そんな湧き上がる感謝を口にしたところ、先程のお兄さまのように大層驚かれたのだが、そこはまあ割愛しよう。
危うく違う症状として病院に連れていかれるところではあったが。
私はこれから、清く正しい五条椿として生きていくのだ。
呼び方は以前に合わせて「にいさま」
椿の内心のイメージは「お兄さま」の認識です
引き続き、よろしくお願いします