19話 第一印象最悪
「恵那、千鶴子……!」
その名前を見た瞬間、椿は体感時間にしてしばらく開いた口が塞がらなかった。
恵那千鶴子、恵那千鶴子……!
つい先程まで話題にしていた人物だ。
お近づきになれればなどと考えてはいたものの、こうもタイミングよく同じクラスになれるなんて。
椿はだんだんと顔がにやけるのを抑えることができなかった。
よくよく考えてみれば、二クラスなのだから確率的にはありえない話でもないのだが、椿は今にも飛び上がりたいくらいに興奮していたのだ。
千鶴子ちゃん、いったいどんな人物なのだろう。ゲームの通りかな、それとももしかして転生者だったり……。
どちらにしてもいい子だ。きっと。だってあの恵那千鶴子ちゃんなのだから。
椿はそんな根拠の無い期待を膨らませながら、クラス表から目を離すことが出来なかった。
「あら、わたくし桜組ですわ」
ふと、口を半分開けた椿の隣で声がした。
椿は思わず声の主の方へと顔を向けた。
ざわめきは先程から聞こえていたはずなのに、妙にはっきりと耳に残る声なのだ。
すると、そこに居たのは一人の少女だった。
サラサラと風に揺れる艶やかな黒髪に、透けるような白い肌。さくらんぼ色とでもいえばいいのか、血色のいい唇は控えめな笑みを作っていた。
和風白雪姫、ふとそんな言葉が頭に浮かんだ。そうだ、姫と呼ぼう。
風に舞う桜の花びらとも相まって、椿が男子なら即惚れたであろう邂逅だった。
誰だろう、この美少女……!
椿が声をかけようかウロウロと悩んでいると、姫に数人の子供たちが駆け寄った。
「千鶴子さま!」
「千鶴子さま、クラスはどうでした? まあ、桜組! わたくしもですわ!」
……えっ?
「えっ!? えっ、えな、えなっ、なっ!?」
口はパクパクと開閉するだけで、思うように言葉がでない。
この子が……姫が、恵那千鶴子ちゃん!?
彼女は挙動不審な動きをする椿を一瞥すると、明確な不信感を露わにして顔を苦々しく歪めた。
「……なんですの?」
引かれていることが明らかにわかるその歪んだ表情から絞り出されたのは、不審者に対する疑念の眼差しと嫌悪感を隠しもしない言葉だった。どうしよう、美少女に睨まれるのなぜだか少しうれし……じゃない、ちがうそうじゃない。
「ごっ、ごめんなさい。そんなつもりでは……」
じゃあどんなつもりだったのか、と自分でツッコミを入れたくなったが、焦りすぎて言葉が上手く出てこなかった。
いくらなんでも、展開が急すぎる。
椿があたふたしているのを見ると、千鶴子はフンと鼻を鳴らし、恐らく取り巻きであろう子供たちを引き連れて去っていってしまった。
あれ、あの子の感じ……どこかで?
「なに、あれ恵那千鶴子?」
彼女の姿が見えなくなったところで、少し離れた場所から傍観を決めこんでいた三葉が椿に声をかけた。
こいつはいつも野次馬根性が座っているのである。
「……たぶん」
「たぶんって……うわ何よその顔こわっ! 泣いてるんだかニヤけてるんだかハッキリしなさいよ気持ち悪いわね!」
相変わらず毒を隠しもしない女である。
椿は恵那千鶴子と同じクラスになれた喜びと、第一印象最悪な言動をとってしまった自分に対する悲しみとの間で揺れていた。
どちらにせよ、出会いは最悪である。
後悔先に立たずというが、どうせなら素敵でロマンチックなものにしたかったと、悔しく思う椿であった。
18話の補足のようなお話でしたが、区切りを付けたかったので分けることにしました。
恵那千鶴子ちゃん、個人的に構想段階での1番のお気に入りなので、気に入って貰えるといいなあ……(ドM)