18話 クラス分け
一区切りがつき、ここからはやっと学校へと舞台を移します。
これからも、よろしくお願いします
「どう? 変なところはないかしら」
「ええ、とてもよくお似合いですよ」
メイドさんに手伝ってもらい、パリッと糊の効いた真新しい白のセーラー服に袖を通す。
手触りのいい生地に所々紺色の糸で刺繍が施されているワンピースタイプのそれは、あまりファッション方面に明るくない椿から見ても落ち着いたいいデザインだと思った。
The いいとこのお嬢様って感じかな。
紺色のシフォンのリボンをキュッと結び、同じく紺色のベレー帽を被ると、不思議と気分が高揚する。
それは新しい環境に対する期待のようなものなのか、はたまた……。
「よし……いよいよだ」
メイドさんが退出し、一人になった部屋でグッと拳を握りしめると、小さくそう呟いた。
記憶を取り戻したあの日から約二年。
今日は、鳳翔学園初等部の入学式だ。
──────────
「あっ、椿……さん! こっちよ、こっち」
「あら、三葉! ……さん、ごきげんよう」
ぎこちない挨拶と共に校門付近で手を振る三葉に、椿も車の中からぎこちない挨拶で返す。
運転手が扉を開けると、先に降りた楓が手を引いてくれた。
鳳翔学園の初等部は、生徒の全員がいい所のお坊ちゃんお嬢さんで構成されているため登校班なんてものは存在しない。
皆送り迎えの車と運転手付きだ。
毎朝ここ一帯に交通渋滞が出来そうだな……とも思ったが、どうやら登校時間を改めてずらして伝えておくことで、最小限の渋滞に抑えているらしい。
いや、それでも結局はするんかい!
鳳翔学園は校門からしてその出で立ちが威厳を放っており、格式ある名門校という印象だ。
三葉のもとへ駆け寄ろうとしたところ、楓に制止された。
曰く、鳳翔学園では淑女としての教育も行われており、全力疾走など以ての外だとか。
いや、別に全力で突っ走ろうというわけでは……。
どうやら鳳翔学園の先輩である楓は、椿のお目付け役でもあるらしい。
きっとこれはお母様の差し金だな、とため息をつきながら、しずしずと優雅に歩いていく。
「椿、僕は先に自分のクラスに行かなきゃならないんだけど、一人で大丈夫?」
楓が心配そうに後ろから声をかける。
椿は振り返ると、小さくガッツポーズを作って笑った。
「平気ですわ。私、予習はバッチリですもの」
ヒラヒラと控えめに手を振ると、楓は安心したように微笑んだ。
ふわりと風に髪が揺れた。椿のアイデンティティである縦ロールの巻き髪は健在だ。
ベレー帽にすっぽりと収まっているため見えづらいが、実はポニーテールにしている。
はじめ椿は初等部デビューとして縦ロールはもう卒業したかったのだが、縦ロールに並々ならぬ拘りを持つ母に断固として拒否された。
挙句の果てには泣き落としまで使われてしまったため、縦ロール+ポニーテールで妥協してしまったのだ。
お母様は小学生のあだ名センスのなさを舐めている。縦ロールなんてヘアスタイルで登校した日には、あだ名は即チョココロネかドリル女だ。
そう呼んだやつは首をはねてやる……。
唇を噛み締め、そんな物騒なことを考えながら歩いていると、危うく校門にぶつかりそうになった。
椿は鼻先の校門をキッと睨む。
すると、ぶふっ、と令嬢らしからぬ音が聞こえたかと思えば、すぐ横で三葉が吹き出していた。
彼女のふわふわの銀髪に、白いセーラーがよく似合っている。
「アンタ、何ボーッとしてんのよ。入学早々アホが露見するわよ」
「そこは見ないふりでもしておいてほしかった……」
椿と三葉は肩を並べて歩きながら、小声で話した。
二人とも両親から初等部での言葉遣いについて延々と語られてはいたのだが、やはりこっちの方が落ち着く。
椿さん、三葉さんなどとは普段呼ばないため、どうしてもぎこちなくなってしまうのだ。
試しに先日椿の部屋で呼びあってみた時なんかは、思わず笑い転げてしまったものだ。
いえす、お嬢様言葉。
「にしても、初等部ねえ……。聞いた? 給食当番とか掃除当番なんてないらしいわよ」
「お兄様から大抵の事はね。礼儀作法の授業なんて前世じゃなかったし……、ギャップが酷い」
前世は二人ともごく普通の庶民生活を送っていたため、そのギャップに思わず戦いた。
ちなみに言葉遣いといえば、椿は楓のことをずっと「兄さま」と呼んでいたのだが、「お兄様」と呼ぶように言われてしまった。
別に兄さまでも兄さんでも構わないと椿は思うのだが、そういうものらしい。
ちなみに、前世では兄ちゃんと呼んでいた。懐かしい。
「椿、さっきからキョロキョロして……なにか探してんの?」
「いや、ちょっとね……」
椿は歩きながらキョロキョロと辺りを見回す。周りには大勢の子供がいたが、椿のお目当ての人は見つからなかった。
「ほら、初等部には確かあの子たちがいるじゃん」
「ああ、”あの子たち”……」
あの子たちとは、言わずもがな舞恋の主要キャラクターたちのことだ。
ヒロインは高等部から入学してくるが、その他の攻略対象やライバルキャラは初等部からの生粋の鳳翔生。
その中でも、先程から椿は同じライバルキャラである恵那千鶴子を探していた。
どうしても、彼女を味方に引き入れたい。
三葉のように、同じ転生者かもしれない。
そんな期待を込めて、探しているのだ。
三葉に挙動不審だと引かれても仕方がない。
そしてもっと欲を言えば、是非とも千鶴子とお近づきになりたいのだ。
舞恋のゲームの中で、彼女は素晴らしい人格者として描かれており、俗っぽい言い方をすればイケ女なのだ。
さらに裏表のない性格に、ツンデレ気味な発言の数々からファンの中での人気も根強いものがある。というか、椿の嗜好にがっちりハマっているのだ。
見た目こそ純和風なお人形さんのような正統派美少女だが、芯のある真っ直ぐな人柄が非常に好感度が高い。
椿にそっちの気はないが、もし破滅云々が関係なくてもお近づきになりたいと思っていただろう。つまり一石二鳥だ。ふふん。
「……き、……ばき」
「うぇへへ、千鶴子ちゃん~」
「椿、椿ったら! 口開いてる!! ヨダレ出そうだから閉じなさい!!」
「へ? おっと……」
三葉に指摘され、慌てて口を閉じる。集中すると口が半開きになるのは、前世からの癖だ。
「そんなことよりほら、あれ。クラス分けじゃない?」
意識が人探しに向いていたため気が付かなかったが、促されて見てみると、玄関の前の大きな桜の木の下に二枚の紙が貼られたボードがあるのがわかった。
近くによって見ると、二枚の紙には一際大きな文字でそれぞれ「藤組」「桜組」と書かれていた。
遠目からのため個人の名前はまだ見えないが、どうやら2クラス編成らしい。
わらわらと群がる新入生たちの人の波の中に突撃する気力はなく、二人は少し離れた場所で人がはけるのを待つことにした。
「椿、長篠」
不意に、後ろから声がした。
そこないたのは、俺様オーラが溢れ出る三鷹鷹臣だった。
はじめて出会ったころから、かなり身長が伸びており、椿はもうすぐ越されそうだ。
彼の両親に指摘されて、ふんぞり返りスタイルはいくらか改善されたものの、ピンと筋の通った綺麗な姿勢はどことなく偉そうで、思わず苦笑いしてしまう。
そう簡単にコイツの性格は直せたものじゃないな、と。
「鷹臣さん、ごきげんよう」
「ごきげんよう、三鷹様」
だが、ゲーム内の彼とは、やはりどこか違っている気がする。
舞恋の三鷹鷹臣はある意味閉鎖的で、ヒロインと出会うまでは椿以外の人間はあまり寄せ付けなかった。
その椿の異常な執着心に気がついてからは、さらに孤独になったものだ。
だが、今の彼は違う。一匹狼な雰囲気を出しつつも、近づいてくる人間を無下にはしないのだ。
深く付き合う人はもちろん選んでいるようだが、表面上の付き合いはちゃんと出来ている。
現に、ゲーム内ではほとんど直接的な関わりのなかった長篠三葉とも、椿を通じて交流を持つようになっていた。
以前、この調子で三葉と鷹臣がイイ仲になれば椿の破滅とか関係ないのでは? と三葉に仲人よろしくすすめてみたのだが、それは却下されてしまった。
そんなことはさておき、いい変化であることは間違いない。
舞恋の彼は、半ば椿の洗脳ともとれる椿を中心とした閉鎖的な人間関係の中で育ったからこそああいった傍若無人な性格に育ったのであって、そこをなんとか軌道修正していけばいろんな意味で椿への影響も少ないはずなのだ。
そうすれば、椿への途中からの嫌悪感もなく、椿の破滅もない。
完璧な計画である。
「二人はもうクラス分けを見てきたのか?」
「いいえ。鷹臣さんは?」
「俺は一番前に並んで、一番に見てきた。やっぱり一番でなくちゃな!」
うん、やはりこちらの鷹臣はどこか抜けている。どこか、アホっぽいのだ。
小学生特有の、牛乳を一番に早飲みしたやつがカッコイイみたいな精神だろうか。
ゲームのような性格にならなかったのはまあ良かったのだが、反対に残念臭が出てきたのはどうしたものか。
「ちなみに椿のも見てきてやったぞ。お前は」
「あー!! ストップストップ! なにネタバレしようとしてるんですの!」
椿は必死で制止した。
危なくクラス名を聞いてしまうところだった。
突然大声を出したためか、少し注目を浴びてしまった。恥ずかしさから熱くなる顔を誤魔化すように、咳払いを一つ。
「えっ、なんで止めるんだ。俺はお前がチビで見えないのかと思って……」
そういうと、鷹臣は心底不満そうな顔をした。
こやつ、クラス発表の楽しみを分かっていないな?
ていうか、チビって……最近少し背が伸びたからと調子に乗りやがって! お前の方がまだチビじゃないか! チービ!
と、叫びたくなる気持ちを必死に抑えて、椿は笑みを作った。
「記念すべきはじめてのクラス発表ですもの、自分の目で確かめたいのですわ」
「ふぅん、まあ確かにそうだな。なら、ほら。今なら見れるんじゃないか?」
そう言われて桜の木の下へ視線を移すと、確かに人が少なくなっていた。
「椿さん、見に行きましょう」
「ええ、そうね。それでは鷹臣さん、また後で」
そうしてやっとクラス分けを確認することのできた椿だったが、生憎と一緒にいる三葉とはクラスが別れてしまった。
椿が桜組で、三葉と鷹臣が藤組だ。
どうしよう知り合いがいない、と不安に思っていたのも束の間。椿は自分よりも早い出席番号の方に、知っている名前を見つけた。
知っている、けれど話したことは無い人物の名前だ。
そう、椿が恋焦がれていた相手、恵那千鶴子は桜組だった。