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14話 目の前が真っ暗になった

「チャオ! ツバキ!」



 玄関で待っていたのは、椿を見た途端に飼い主を見つけた子犬のように分かりやすく喜ぶ、先日の少年だった。



「ちゃ、ちゃお……」



 ヒクヒクと引き攣る頬を右手で抑え、椿は片手を上げて答えた。

 どうしてこうなった。



「ツバキ、アエテウレシイ! ~ッ、~~!! ~~~ッ!!」



 少年は頬を上気させた。

 話しているうちにだんだんとテンションが上がってきたのか、気づけば早口のイタリア語で話していた。


 どうしよう、これが負の言葉でないことは分かるのだが、さっぱりわからない。


 すると、後ろでにやにやと野次馬をしていた三葉が感心したように声を上げた。



「へえー、今日も相変わらず美しいね、だって。流石ね、こんな歯の浮くようなセリフとてもじゃないけど言えないわ」


「三葉、イタリア語わかるの!?」



 椿がギョッとして彼女の方へ振り向くと、彼女はキョトンとして椿を見た。



「私、大学でイタリア語勉強してたのよ。言ってなかったっけ?」



 初耳である。

 すると、周りに聞こえないように小声で話す椿たちを不安に思ったのか、「ツバキ……?」と、少年が弱々しく椿の名前を呼んだ。


くぅッ! 守ってあげたい可愛さだ……!!


 かと言ってこのままでは話しが思うように進まないため、三葉に通訳をお願いすると、喜んで引き受けてくれた。

 にやにやしているところを見ると、善意百パーセントではないと見た。

 八割はおそらくこの状況を楽しんでいるのだろう。



『ツバキ、両親はいる?挨拶したいんだ』


「あいにく二人とも出かけてる。挨拶ならいいわよ、それより上がる?」


『いや、そんなに長く居られるわけじゃないからここでいいよ。今日はツバキにお礼したかったのと……、あとは自己紹介もまだだったって思い出したんだ』



 そう言うと、少年は肩を竦めて苦笑した。そんな仕草のひとつひとつが様になっている。


 少年は片手を胸に当てると、もう片方の手を前に差し出した。

 握手かな?と椿が手を差し出すと、少年がおもむろに指を鳴らし、その瞬間ポンッと音を立てて白く煙が舞う。

 突然のことに椿も三葉も驚いていると、いつの間にか少年は一輪の薔薇を手に持っていた。


 きっ、キザだー!!!!!!!!

此奴、手馴れてる! 手馴れてるぞ!


 と、三葉とアイコンタクトをとるも、お互い顔がにやけていた。

 少年は満足気にニコリと笑って、それを椿に差し出した。



『改めて、僕はルイス・テレスティーノ。ルイって呼んで、ツバキ』



 そう言うと、ルイスは先日椿にしたように椿の片手をとり、手の甲に可愛らしい音を立ててキスをした。五条椿、今世のセカンドキス(手の甲)だ。

 ちなみにこの言い方だと前世でも経験があるように聞こえるが、否。ファーストキスさえ経験していない喪女である。


 三葉は話にしか聞いていなかったその現場を直に見て、「ふぉあ”ぁっ!! 公式! 公式だ!」と叫んでいた。公式て。


 それにしても、椿と同じ年か年下に見える少年だというのに、ここまで女の子に対して積極的になれるものなのかと椿は感心してしまった。

 しかし、これ程キザな行為だというのに、照れは不思議となかった。

 男日照りが続きすぎて感覚がおかしくなったのかとも疑ったが、考えてもみればたかだか三歳か四歳の子供だ。椿にそういった趣味はないのだから、これはむしろ至って正常な反応である。

 大事なことなのでもう一度言う。そういった趣味はありません。



「ル、ルイ……さん?」


『ルイでいいのに』



 そういうと、ルイスはクシャッと笑った。



『ああほんとうにツバキは美しいね!まるで女神のようだよ!』



 恥ずかしすぎて穴があったら入りたい。

 通訳が入るため、実際ツバキが聞いたのは三葉の、



「ああほんとうにブフォwwwツバキはwww美っしいっねっ……ヒィッwwwまるで女神のようだよアヒィwww」



というふざけたものだったが、言った張本人のルイスは至極真面目にツバキの手を取りながら熱っぽく伝えてくるため、流石に恥ずかしくなってきた。

 照れとかときめきとか以前に、ただただ恥ずかしい。



「ええと、ルイ、時間は大丈夫なの? さっき、時間がないって言ってたけど」



 なんとか誤魔化そうとそういうと、ルイスは思い出したように「ああ!」と声を上げた。

 


『外に車を待たせてるんだ。パパに黙って日本に来たからね、早くイタリアに帰らないときっとカンカンだよ!』



 あっけらかんと言ってのけたルイスだったが、おそらくパパに関してはもう手遅れなのでは……?

 イタリアから日本にやってくる行動力は、大したものだと褒めればいいのだろうか。


 いや、黙って出てきたとなると、誘拐だとか騒がれやしないのだろうか。そうなると誘拐犯は誰だ。私か。


 椿はダラダラと滝のように流れ出る脂汗を、空いた手でハンカチを使って拭いながら考えた。

うん、難しく考えるのはやめよう。ハゲる。



「それにしても、これだけのために、わざわざ日本まで?」


『直接会って、ちゃんとお礼を言いたかったしね。それに……』


「それに?」



 椿が聞き返すと、ルイスはにっこりと愛嬌のある笑みを浮かべた。



『ツバキに会いたかったから、かな。それじゃあ、僕はそろそろ帰るよ。 チャオ、ツバキ! そっちの子も、通訳ありがとう、助かったよ! チャーオー!』




……。


 そう言って、ルイスはまるで嵐のように帰って行った。

 その場に残されたのは、呆然とする椿と、ニヤニヤをもはや隠そうともしない三葉、一輪の薔薇のみであった。


 ほんとうに、なんだったんだ……?


 椿は、三葉とお互い顔を見合わせた。



「……驚いたわ。ルイス・テレスティーノと椿って、こういう風に知り合ってたのね」



 三葉の呟きに、「どういうこと?」と椿は聞き返した。



「あ、やっぱり知らなかったのね。ルイス・テレスティーノは、舞恋のシークレット攻略対象よ」



 いともあっさりと言ってのけた三葉に、椿はこれでもかという程に目を見開いた。

 シークレット、攻略対象……?


 椿は前世、三鷹鷹臣ルート攻略直後に死んだため、そこまでには至らなかったのだ。

 全ルート攻略後にシークレットキャラのルートが開放されること、またそのライバルキャラが五条椿であることは知っていたのだが……。

 まさか、ルイス・テレスティーノがその攻略対象だとは、夢にも思わなかった。



「やっぱりこれもゲームの強制力かしら……って、椿!? ちょっとしっかりしなさいよ、椿ー!?」





 目の前が真っ暗になった……。





──────────



『坊っちゃま、先程お父様から連絡がありまして……。案の定それはもうご立腹でしたよ。やはりお部屋に閉じ込めてでもお止めするべきでした……。ああ、胃が痛い……。坊っちゃま、聞いてます?』



 車の中で、無理を言って付き添ってもらった家令のリカルドがなにか話しているようだったが、ルイスにはまるで届かなかった。



 パーティー会場で出会った女の子、ツバキ。

 出会った瞬間に、これは運命だと思った。

 日本語があまり得意でないルイスに対しても優しく接してくれた。手も繋いでくれた。


 ルイスはすっかり、あの真っ直ぐな瞳と椿の優しさに惚れてしまったのだ。


 彼女の前になると、ついつい緊張してペラペラと歯の浮くようなセリフを言ってしまうのだが、後になって尋常ではないくらい顔が熱くなってきた。


 女神って……。いや、確かに女神のように美しいとは思っているが、流石に椿も戸惑っているようだった。

 だが同時に、椿の方は戸惑ってはいても照れてはいないようにも見えた。

 ルイスは、"そういう"対象として見られていないのだろうか。


 あー、うーと声にならない声を上げて、車の後部座席で転がる。

 途中で向こう脛をぶつけたが、そんなことは微々たる問題だった。



 決めた。

 椿に相応しい男になって、また迎えに行くのだ。

 そして、将来は妻になってもらおう。


 ルイス・テレスティーノ、"五歳"は、そう固く誓ったのだった。

 

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