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12話 グラッツェ!

 五条椿、前世は一応国公立の四年制大学を卒業しており、外国語選択は当時ハマっていた韓流ドラマの影響もあり、韓国語であった。

 そんな不純な動機で、適当に決めた。

 正直、これから先の人生で英語以外の外国語を使うことはないだろうと高を括っていた(といっても、英語もそれほど得意な訳では無い)のだが、大学卒業後数年経ち、人生一つ分跨いでようやくその考えを改めることとなった。

 

 



 三鷹鷹臣の誕生日パーティーの最中、椿は会場の熱気に当てられ火照った顔を冷まそうと広間の外へ出た。

 扉一枚へだてるだけで体感温度はぐっと下がり、気持ちのいい冷気が頬を冷ます。

 室内とはいえ、やはり季節は冬だ。

 

 両親は鷹臣パパと鷹臣ママとなにやら話し込んでいるようで、椿は少しの間だけ自由に動くことが出来た。

 暑いから、と一言入れては来たが、ただ外に出るだけではつまらない。

 椿はこれ幸いと、少し建物の中を探索することにした。


 中にいると、いろいろ面倒なのだ。


 先程の鷹臣の件然り。令嬢に囲まれる鷹臣を高みの見物とばかりに三葉と眺めていたら、椿にも声をかけてくる輩が出てきた。

 例によって、五条とお近付きになりたい家の子供たちだ。

 家柄でいえば三葉も同じようなものなのにどうして椿にばかり、と思っていたら、彼女の姿はとっくにその場から消えていた。

 危険を察知し逃げたらしい。あの不敵な笑みが脳裏にまざまざと浮かぶ。

 覚えられないほどの量の挨拶を一身に受けるのは、さすがに堪える。

 褒められたことではないが、椿はNOと言えない日本人だ。

 来られた挨拶には律儀に対応してしまう。


 そういうわけで、椿も結局逃げ出したのだ。

 とりたてて不快な輩という人物はいなかったのだが、如何せんそれが二桁を超えると逃げ出したくもなる。早々と逃げた三葉は正解だ。



「いや、しっかし広いなあ……」



 館内は予想以上に広かった。

 おそらく一通り見て回ったと思うのだが、現在地がわからなくなる位には広かった。だだっ広いとはまさにこの事だ。

 館内の見取り図も随所に設置されてはいるが、それでも複雑だ。

 それに、大人の目線に合わせて作られているため、子供の椿には少しばかり見づらいというのもあった。



 そんな時、背伸びをして案内図を確認する椿の袖を控えめに引っ張る感覚があった。

 突然のことに驚き、振り返ると、そこには天使がいた。

 否、正しくは天使と形容するのがこの場の説明では最も適切であろうと思われる、│幼い男のショタがいた。



 輝くような容姿を持った少年だと思った。

 それは、彼の持つ柔らかな金色の髪や、ぱっちりとした青い瞳、白い肌だけでなく、周りに漂う空気感の全てが、そう思わせるのだ。

 少なくとも、椿がここまで熱弁するくらいには、とても可愛らしいショタだった。

 年はいくつくらいだろうか。椿よりはいくらか目線が低い。

 

 椿の袖を控えめに引っ張るその天使のようなショタ……少年は、目を潤ませて、なにやら椿に話しかけていた。子供特有の舌っ足らずな話し方だが、これはどうやらイタリア語のようだ。多分。


 しかし、前述した通り椿は外国語があまり得意ではない。

 英語ならまだ希望はあったのだろうが、イタリア語ともなればもはや単語すら聞き取れないため、どうしようもならなかった。

 すると、少年は少しだけ考え込み、再度口を開いた。



「アナタ、ミチ、ヨムマスカ……?」



 たどたどしく発せられたその言葉は、どうやら日本語のようだった。

 こんな幼い子供でも二か国語を操ろうとしているのに、私ったら……!と、椿は自己嫌悪に陥りそうになったが、それは今すべきではないと思い至った。


 椿はしゃがんで、少年を見上げるようにして微笑みかけた。前世でも、よく迷子の子供にこうして語りかけていた。

 


「パパやママは?」


 聞き取りやすいように、普段のような飾ったお嬢様口調ではなく、標準語で優しく語りかけた。



「パーティー、ソト、ハグレテ……」



 少年がどこまで日本語を理解しているか不安ではあったが、どうやら通じたようだ。

 恐らくパーティー参加者だ。親とは、はぐれてしまったのだろう。

 どうしてこんな所まで、と疑問に思ったが、きっと必死に探していたのだ。そして、気がついたら迷子になっていた。

 それで、地図を見ている椿ならパーティー会場の場所がわかると思い、声をかけたのだろうか。

 自分で確認できなかったのは、この子よりも背の高い椿が背伸びしてやっと確認できる高さに地図があるため、見えないからか。もしくは地図の読み方がわからないか、文字自体が読めないのだろう。

 

 椿は少年の手をとった。

 不思議そうに椿を見あげる少年だったが、軽く手を引いてあげるとキュッと椿の手を握り返した。



──────────



『ルイ!!もう、貴方今まで一体どこへ行っていたのよ!!』



 手を繋いで会場についた椿たちを真っ先に迎えたのは、彫りが深く、外国人がみんな同じ顔に見えるという椿から見てもかなりの美形と言える「男性」だった。

 よく見れば目のあたりが少年に似ている気がする。


 ……あー……うん、あの子のパパ……かな?



 ルイ、と言うのは少年の名前だろうか。

 そう呼ばれた少年は止まりかけていた涙を再び溢れさせ、、その胸に飛び込んで行った。



『パパ!!』


『もう、心配したじゃないの! あの女の子は?』


『あの子がここまで連れてきてくれたんだ! とても優しくて女神様のような子なんだよ!』


『そう。ルイ、お礼はちゃんと言ったの?』



 二人はなにやらイタリア語で話しているようだが、椿にはこれっぽっちも聞き取れないため、ここは大人しくその場を去ろうとした。

 すると、いきなり少年は椿の方に向き直り駆け寄ると、シャツの袖で涙をごしごしと拭い、椿の右手を両手で包み込むようにして握った。



「コメ スィ キアーマ?」


「えっ、米好き……?」



 ゆっくり聞き取りやすいように発音してくれているようだが、そもそものイタリア語が分からないため、ちんぷんかんぷんである。

 米は好きだけど、おそらくそういう意味ではないことだけはわかった。


 少年の父親と思しき人が彼に耳打ちすると、彼は咳払いをひとつして、もう一度言い直した。



「アナタノ、ナマエハナンデスカ?」


「なまえ……ああ、名前!」



 どうやら、椿の名前を知りたいらしい。

 両手で椿の手を握ったまま、キラキラした目を向ける少年の眩しさに目を細めながら、



「五条椿。ツバキ、ですわ」


「ツバキ!!」



 少年は嬉しそうに椿の名前を繰り返すと、少年はおもむろに片膝をついた。

 椿がその様子に驚き、口をぽかんと開けていると、ちゅっと可愛らしい音を立てて手の甲にキスをされた。



「グラッツェ、ツバキ」



 そして誰しもを魅了するであろう天使のような笑みを浮かべると、すっくと立ち上がり、名残惜しそうに椿の手を解放した。

 初対面の印象からして、気の弱そうな子を想像していたのだが、これは少し認識を改めなければいけないかもしれない。


 「え、っと……」となかなか言葉が出ないでいると、どうやら父親に呼ばれたようで、少年は軽やかな足取りで父親の元へと向かった。

 父親も椿に一礼すると、「お礼はまた後日、改めて」と流暢な日本語で一言言って出口へ向かった。

 後日改めてとは、どういうことだろう。

 

 少年は満面の笑みで「チャーオ!ツバキ!」と大きく手を振ると、駆け足で父親の後をおった。



「ちゃ、ちゃーお……?」



 嵐のような子。

 椿は簡潔にそんな感想を抱いたのだった。



 あ、そういえば名前、本人から聞いてないな……。

一日二話更新、フレッフレッ私ぃー……(死んだ目)

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