11話 よろしいならば戦争だ
その日、紛れもなく彼は王子様だった。
ごく一般的な感性を持つ女の子達にとってしてみれば、の話だが。
椿の誕生日パーティーから二ヶ月後、三鷹鷹臣も四歳の誕生日を迎えていた。
椿の誕生日の時に来てもらった手前、あまり関わりを持ちたくないのだが招待を無下に断ることは出来るはずもなく、椿はその生意気な友人へのプレゼントを抱えてパーティー会場に来ていた。
生憎と、いつもフォローをいれてくれる兄は熱を出してしまい、今日は両親と椿だけでの参加だ。
両親がいるとはいえ、二人は挨拶回りに忙しく、非常に心細い。
これは手っ取り早く鷹臣に挨拶をした後プレゼントを渡し、壁の花(椿の身長ではせいぜい たんぽぽが関の山だ)になるのが得策だろう。
幸い料理やスイーツはたくさん準備されている。時間を潰すには食べるのが一番だ。
そもそもこういう形式のパーティーで食べることに専念する人は少なく、あまり手をつけられない料理が多いのだ。勿体ない。なんとかしてタッパー借りられないかな、と椿は常々思っていた。
持参しようにも、五条家にはそもそもタッパーがないのだ。もしかしたら厨房に行けばあるのかもしれないが、椿はまだ入らせてもらえていない。
前に家探しをしたところ、母親に笑顔でつまみ出されてしまった。
あ、あのケーキ美味しそう。お兄様にお土産で持っていけないかな……。
「それはやめとけ、俺が恥ずかしい」
色とりどりのケーキを眺めていると、いつの間にか鷹臣が横にたっていた。
お得意のふんぞり返った腕組みポーズだ。
いつも思うのだが、これは何を意味しているのだろう。四歳の体は小さいため、どこかお遊戯会の演劇臭がする。
それにしても、こころなしか疲れが顔に滲んでいる気がする。
「私ったら、口に出てました……?」
「口には出していなかったけど、その間抜けな顔を見ていれば椿の考えていることなんて誰だってすぐに分かると思うぞ」
このガキんちょ。こんな美少女を捕まえて間抜けな顔とは心外な。
しかし流石と言うべきか、鷹臣は本当に椿の考えていることなんてお見通しらしい。
どこの世界にタッパーにケーキを詰めて帰りたいなどと考える令嬢がいるのか。否、そんな令嬢は椿だけだ。
普通はきっと、綺麗なシールの貼られた紙の箱とかに入れて持ち帰るのだろう。
いや、そこじゃないって? そもそも立食パーティーの料理を持ち帰らない?
……そこは気にしないのが吉だ。悩み事が多いと将来禿げてしまう。
「それにしても、鷹臣さん。疲れてます?顔色があまり優れないようですが」
話を変えようと、椿は鷹臣の顔をのぞき込んだ。
「……ん」
鷹臣は周りをキョロキョロと見回すと、椿の耳に顔を近づけた。
「なんだか、今日は一人でいるとかこまれるんだ……」
そう言われて、周りを見回すと、隙あらばとチャンスを伺っている令嬢が、鷹臣と椿から一定の距離を保って遠巻きにしているのがわかった。
皆、目がまるで肉食獣のようにぎらついている。
この年で、こんなにも貪欲になれるものなのかと椿は感心してしまった。
令嬢達の視線が背中に突き刺さり、痛い。
聞けば、そんな令嬢達に対しての鷹臣の態度は、非常に紳士的だったという(後日椿母談)。
幼くても跡継ぎ候補と言うべきか、さながら王子様のように対応していたのだとか。
なまじ顔と家柄がいい上に、態度まで紳士的と来た。これは女の子達にとってしてみれば、鷹臣が王子様に見えてしまうのも無理はない。
欠点はどこかと問われれば、その性格という元も子もないものだが、外用の笑顔を浮かべた鷹臣はまさに完璧だった。
そんな王子と親しく話す椿が、どうも気に入らないらしい。
会話を邪魔するような事はせずとも、先程から痛いくらいの視線をぶつけてくる。
そんな周りを取り巻く令嬢の中には、長篠三葉もいたのだが、彼女はどちらかと言うと野次馬根性でこのささやかな騒ぎを楽しんでいるように見えた。あのやろう。
「それで?」
「それで? って……あぁ」
ソワソワと期待を孕ませた視線で椿、もとい椿が手に持っている紙袋を凝視する鷹臣。
子供らしくて何よりである。いや、子供だろうが大人だろうが、誕生日は嬉しいものか。
はやく、と急かす鷹臣に苦笑を零しながら、椿は手に持っていた紙袋をずいと鷹臣に差し出した。
「お誕生日おめでとうございます、鷹臣さん」
「ありがとう」
そう言って、珍しく飾らない年相応の笑顔で椿に笑いかける鷹臣に、周りの女の子達から感嘆の溜息と黄色い歓声が上がる。
と同時に、間髪入れず怨嗟の視線が椿に注がれた。
勘弁してくれと言いたくなるが、今回ばかりは鷹臣に免じて目を瞑ろうと思う。
「中、見てもいいか?」
「ええ、もちろん」
ワクワクとした面持ちで包装を解いていく鷹臣だったが、その表情には次第に疑問の色が浮かんでいった。
そして、鷹臣は椿が一生懸命に考え選び抜いたプレゼントを手に取り、椿になんとも言えない視線を送ってきた。
まるで、「これはなんだ?」とでも言いたげな目だ。
「どうです?私が選びに選び抜いた、マグカップは!!」
「いや、マグカップはいい。いいんだけど……この柄はなんだ?」
椿が鷹臣に送るべくして選んだそのマグカップは、白無地に黒の筆文字で『必勝』と書かれた、椿イチオシのシロモノであった。
両親には考え直すよう言われたのだが、椿は譲らなかった。
実はこれ、以前楓と貯金箱を探しに行った際訪れた大型ショッピングモールにテナントとして入っている雑貨店で探したものだ。
天下の三鷹グループの御曹司に送るプレゼントとしては些か地味なため、両親に反対されるのも無理はない。うんうん。
だが自分が他人に送るプレゼントを無条件で親に買ってもらうというのは椿のポリシーに反するため、椿のお小遣いの範囲内で買えるもの、という条件付きで選んだ結果、これが一番しっくりきたのだ。
『必勝』マグカップ。いいじゃないか。これから三鷹グループを背負って立つ男にぴったりの言葉だと思う。
しかも漢らしいときた。
これは大絶賛間違いなしだろうと、雑貨店で見つけた瞬間一目惚れしたのだ。
そう、椿は感想を心待ちにしていたのだが、帰ってきた言葉は想像していたものとは違うものだった。
「最近わかってきたんだけど……、お前、変わってるよな」
……。
鷹臣曰く、会ったばかりの頃はお高くとまった高飛車なお嬢だと思っていたが、最近になって椿が変わり者だということが分かってきたらしい。
解せぬ。
しかし、鷹臣の前では椿の中の令嬢像を忠実に再現しようと多少なりと大袈裟な口調になっていたのもまた事実なので、その点では大した慧眼だと言えよう。だが解せぬ。
「でも、あ……ありがとう」
それだけ言うと、鷹臣は脱兎のごとくその場を離れた。あれは恥ずかしいのを隠そうとしている行動だ。
鷹臣が椿のことをわかってきたように、椿も鷹臣の行動が読めるようになってきた。
って、ばか!!!!
「鷹臣さん!!」
椿の制止も間に合わず、椿の傍を離れた鷹臣は、この瞬間を今か今かと心待ちにしていたご令嬢達に捕まり、囲まれていた。
SOSの視線を向けられたが、『必勝』マグカップを変な趣味だと言った罰として、助けてやらないことにした。
これでようやく料理にありつけると振り向いた椿の眼前には、いろいろ言いたいことがありそうな三葉が立っていた。
「ツンショタのデレ、いいわね」
「わかりみが深い」
お互いにサムズアップして、簡潔に感想を伝えあう二人。
野次馬された時にはこいつあとでどうしてやろうかとも思ったものだが、萌えの力は偉大だ。萌えは世界を平和にすると、椿は本気で思っている。
この世界の理想郷!! それは萌…
「でも、流石に『必勝』マグカップはないと思うわ」
前言撤回。よろしいならば戦争だ。
そうして、密かにパーティー会場で戦いの火蓋は切られたのだが、特筆すべきことでもないので割愛させていただきます。
なにはともあれ、もみくちゃにされる鷹臣を尻目に、やっとケーキにありつくことのできた椿であった。続く。
「戦いの火蓋が切って落とされる」という表現は、よくある誤用だということをはじめて知りました。びっくり。
公開する前にググってよかった。