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1話 悪役令嬢だなんて聞いてない

「……」


 麗らかな日差しが眩しい朝、私は自室にある、この小さな身体にとっては些か大きすぎるドレッサーにうつる自分の姿と対峙し、身体を震わせていた。

 人って、あんまりに驚くと言葉が出なくなるんですね。脅かされた時は流石に叫ぶけども、それとはまた違った驚きだ。


 私はぺたぺたと自分の顔に触れ、これが夢ではないかと確かめた。ほっぺも抓ってみた。うん、痛い。

 少し赤くなった白い肌は、これが夢なんかではないことをひしひしと物語っていた。

 鏡に映るのは、手入れの行き届いたサラッサラで赤みがかった子供特有の柔らかい髪と、愛らしい小さな唇。

 ぱっちりとした目は少しばかりつり上がりキツイ印象を与えるが、成長すれば美人になること請け合いの整った顔立ちだ。


 というか、むしろ私はその大きくなった姿を容易に想像することが出来た。

 だって、私は私の大きくなった姿を見たことがあるのだから。


 何を言っているのかわからないと思う。自分でも、他人視点で見れば何言ってんだこいつって思うとおもう。けど、本当のことなのだ。


 そう、もう一度言うが、私は私の成長した姿を見たことがあるのだ。


 だって私のこの姿は、”前世”でプレイしていた”乙女ゲーム”、『舞う花のみぞ恋を知る』の悪役令嬢、五条 椿(ごじょう つばき) そのものなのだから。


 そうして私は、起きたばかりだというのに、また気を失ったのだった。




 ――――少しばかり、記憶を遡ってみよう。



 私”五条 椿(ごじょう つばき)”は、3歳になったばかりのこの冬、とつぜん原因不明の高熱に襲われた。医者に見てもらってもなんの病気かは分からず、一晩で急激に悪くなる私の容態に、家族もみな絶望していた。


 小さな頃に罹る病気ほど辛いものはない。

 しかも、それが原因不明ともなれば、精神的にも辛さ倍増なのだ。

 寒いんだか暑いんだかわからない自身の身体にどうしようもない不安感を抱き、泣きそうになった。


 そしてこれがまた熱が酷く、40℃の高熱が上がると意識も朦朧としてきた。

 子供ながらにこれはやばいと悟り、少しだけ同年代の他の子よりも変な知識を吸収していた私は、辞世の句なんてものを考えていたりして。


 川の向こうでお爺様が手を振ってる幻覚さえ見えた気がした。まごうことなき幻覚だ。だってお爺様、アンタまだピンピンしてるでしょう。この間のハワイのお土産のマカダミアナッツチョコレートは、海外特有のものすごく甘ったるいお味でした。


 朦朧とする意識の中で、そんなくだらないことを考えていた時だった。

 突如として膨大すぎる記憶の洪水が私を襲ったのは。

  そう、私が前世の記憶を思い出したのは……。





 ―――――――


 こうして冒頭に戻る訳だが、なにぶん衝撃のあまり意識を飛ばしてしまったため、再び目が覚めたのはもう日も沈む頃だった。


 あれほどの高熱は嘘だったかのように下がり、異様な程に頭がスッキリしているのは、記憶の整理が粗方ついたからだろうか。否、きっと沢山寝たからだろう。


 頭の中もスッキリした所で、私はこの状況を改めて整理しようと試みた。




 まず、前世の私。

 前世の私は、何処にでもいる、多少空気を読むのが上手かった程度のしがないOLだった。


 職場とワンルームマンションを往復するだけの生活で、唯一私の癒しとなっていたのは、そう。それこそが現在進行形で私の頭を悩ませている乙女ゲーム『舞う花のみぞ恋を知る』だ。よく『舞恋まいこい』なんて呼ばれていた。


 歌が得意な破天荒で明るい主人公が、特待生として入った「鳳翔(ほうしょう)学院」の高等部で攻略対象と恋に落ちる、よく言えばオーソドックス、悪く言えば、なん番煎じだコレと言いたくなるようなゲームではあったが、色気のない生活を送っていた私は、それはもうキュンキュンしたものだ。


 20代も半ばを超えた、もうすぐ三十路の女が何言ってんだという話ではあるが、人生ではじめてプレイしたその乙女ゲームに私はどハマりしていた。


 そんなある日、私はメイン攻略者である俺様キャラの”三鷹 鷹臣(みたか たかおみ)”を徹夜で攻略しようとした。

 なんとかハッピーエンドを攻略したと思ったら、出勤するのに割と際どい時間で……。

 慌てて家を飛び出した私は、眼前に迫るトラックに気がつけなかったんだよなあ……。うん、それ以降の記憶が全くないということは、死因はきっとそれだ。

 なんとも情けない最期である。


 ていうか元はと言えば全てアイツのせいだ五条椿!!!!


 多くのルートでライバルキャラとして登場する五条椿は、まさに典型的な悪役令嬢だった。テンプレをさらに酷くしたような、言うなればプロトタイプ。

 新たなる悪役令嬢の要素を研究しようとした結果、より酷いものとなってしまった例だ。


 そんな天下の五条財閥の娘社長令嬢である椿は、それはもう高慢ちきで、現実にこんな人がいたら友達になりたくない人ナンバーワンに確実に輝けるであろうお人だった。


 まずはメイン攻略者の三鷹鷹臣ルート。

 三鷹鷹臣もまた五条財閥と肩を並べる、というかその界隈では五条財閥さえも及ばない大企業の社長令息だ。

 幼馴染である鷹臣と椿は、小さい頃からお互いの両親に「貴方たちが結婚してくれたらいいのに〜」とよく言われていた。

 もっとも、これは歳の近い男女の子供を持つ仲良しママさんたちの常套句であるが、当人達は真に受けてしまったようで、それから暫くは仲睦まじく年を重ねていった。

 俺様で人を寄せつけない鷹臣が、幼少期唯一仲良くしていたのが椿だったのだ。


 が、年々酷くなっていく椿の嫉妬や束縛に疲れた鷹臣の前に現れるのが、主人公である”赤坂 誉(あかさか ほまれ)”ちゃんである。


 椿を中心として見ていた狭い世界から広い世界に連れ出してくれた誉ちゃんに、鷹臣は次第に惹かれていく。

 まあこれもまたなん番煎じだと言いたくなるような展開だが、私は好きだった。

 何せ三鷹鷹臣の顔がいい。俺様で少し強引なところもいい。


 しかしそこで邪魔をするのが五条椿だ。


 鷹臣に年を経てなおぞっこんだった椿はそれはそれは怒り狂い……手下を使った陰湿な嫌がらせや、時には自らの2人の邪魔。

 しまいには親の権力を振りかざして、誉ちゃんパパや誉ちゃんの祖父をリストラの危機に陥れるのだ。



「貴女がこれ以降鷹臣様に近づかないと約束するのなら、止めてあげてもよろしくてよ」


と。


 もう、ほんっっとうにウザかった!! 陰湿!! 卑怯すぎる!! テンプレ悪役令嬢だけど、これだけは言わせてもらう。アイツ嫌い!!



 ……まあ、私な訳だが。


 そんな五条椿も、最終的には影でネチネチと働いていた悪事が鷹臣の手ずから暴かれ、卒業パーティーで断罪される。

 そこから待つのは、一族揃っての底辺生活……考えただけでも身震いがする。

 主人公のハッピーエンドでは没落。バッドエンドでも鷹臣との本当の愛はない結婚生活が待っている……。


 ちなみにノーマルエンドでも「あなたをころしてわたしもしぬ!!」なノリで鷹臣と共に死ぬのだ。いや、ノーマルじゃないよ!! 椿にとってはバッドだよ!! プレイヤーにとっても罪悪感に苛まれるバッドだったよ!!!!


 正直製作者も楽しんでるだろこれ。悪ノリだろこれ、と言いたくなるような椿的バッドエンドが、もれなく他の攻略対象ルートでも待っているのだ。


 冗談じゃない! 私は今世では幸せな老後を迎えると決めたのだ! 今!

 よし、こうなれば全力で幸せになってやる。

 だがいくら頑張っても、ゲームの強制力が働いてしまうかもしれない。乙女ゲームとはそう言うものなのだ(当社調べ)。


 前世でもこういった乙女ゲームへの転生が題材の作品は多く見てきたが、どうしてよりにもよって五条椿なのか……。

 少なからず憧れていた乙女ゲームへの転生なのに、ため息の一つや二つじゃ全く足りないよ。


 だが今更後悔したってもう遅い。だって私は、1度死んだのだから。

 そうと決まれば椿的バッドエンド回避のための地盤固め!! 貯金!! ビバお金!!




 そんな熱い決意を胸にメラメラと燃えている時、自室の扉を叩く音がした。


はじめまして、真田まると申します。真田丸ではありません。真田が姓で名はまるです。どうぞお見知り置きを。

最近のマイブームはテンプレをいかにテンプレらしく面白いものにできるかです。

よろしくお願いします。

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