中二設定が嵌ったので異世界を踏破して公務員を目指す事にした
暗く狭い道の先。
目指す門が仄かに青く光りを溢す。
あった。
ひとまず、安心する。
剣を握り直し、その出口を確認するために歩みを進める。
距離、およそ百メートル。
分岐は無い。
……そう都合よくは行かないか。
土で出来た地面が泥人形の様に盛り上がり、あっという間に人型へと変わる。
それを見て内心舌打ち。
そして、素早く背後に視線を巡らせ敵の居ないことを確かめる。
剣を腰の鞘へと納めながら三歩ほど後ろに下がる。
そして、左手の人差し指と中指を立て、眼前に。
「暮れない夜
怠惰なる夢を夢と為せ
羽落ちるその束の間
唱、拾伍 血道 赤千鳥」
完全に姿を現したスケルトンが五体。
その先頭の二体へ向かい、赤い光りを放ちながら術の鳥が飛翔して行く。
頭蓋を餌食にされ、消滅して行く骸骨を横目に他の三体がこちらに走り寄る。
「動かぬ風・停滞の女王
金色なるその歌声
蒼い月の涙
唱、陸 腑道 水天一碧」
右手を水平に掲げ、詠唱。
現れる光りを握り込む。
それが、淡い輝きを放つ刀へと変わり武器となる。
ケタケタと顎を震わせながら寄って来るスケルトン。
手には錆の浮いた剣。
三対一……。
慎重に対処しないと。
◆
異世界のダンジョンへ行く。
そう。
一言で言ってしまえば単純明解。
今までの常識を覆すその出来事は、しかし、大した混乱も無く世の中に受け入れられた。
門と呼ばれる空間を通り、別空間へ肉体を送る。
そこは、魔物の跋扈する世界。
生き残る為に必要なのは力。
あちらの世界での出来事は、日本、いや地球上のあらゆる法で裁かれる事は無い。
強盗、強姦、殺人。
何でもありの無法地帯。
それ以上に危険なモンスター達の巣窟。
生還率は五割を切ると、そう言われている。
そして、異世界から得られるものは何も無い。
何も無いのだ。
あちらの世界からこちらの世界へ物を持ち帰る事は一切出来ない。
逆もまた然り。
有るのは無事に生きながらえたと言う記憶のみ。
そんな世界を生きる健全な高校二年生。
御楯頼知。
学校では陰キャ気味。
◆
スケルトンを倒し、門へと辿り着く。
倒したモンスターは、いずれダンジョンの地の中へと沈み消えて行くか他の魔物の餌となるか。
死体、それ自体を道具の素材として利用出来る事もあれば、アイテムを残す事も有る。
それは武器や防具であったり、宝石、あるいは見たことの無いものであったり。
俺は地の上に落ちる骨の残骸の中から小さな宝石を拾い上げ荷物袋へ仕舞い込む。
他に目ぼしい物は無い。
取り敢えず門は確保した。
時間はまだある。
続けるか?
……いや、止めよう。
慎重に。慎重に。
石橋にロケットランチャーを撃ち込んでから渡る。
それくらいの慎重さが無いと生き残れない。
それに、明日も学校だ。
◆
都心にあるゲート施設から自宅へ戻る電車の中でスマホを取り出し今日の成果を確認する。
スケルトン五体とリザードマン二体、それとゴブリンが……六だったか。
IDとパス、そして、端末に連動した指紋認証を突破し『国際異界機構(International Different world Organization、IDO)』の会員サイトへとアクセスする。
ここに、俺の成績が載っている。
滞在時間やモンスター撃破数などの成績とそして、それから算出されるランキング。
更に、生死。
そこで自分の名を確認する。ランキングは変わらずBのまま。
上にSとAがある。
SやAの連中は滞在時間が俺と桁違いだ。
専門で丸一日異世界へ行って居るような暇な連中だろう。
それに混じって高校生である俺はAランク入りを目指すのは中々に大変な事だ。
しかし、残り一年の間に成し遂げねば成らない。
学業の成績は贔屓目に見ても中の下。
これと言った部活にも所属して居ない俺が大学へスムーズに進学する為には、AO入試に賭けるしか無いのだ。
Bなら辛うじて。
Aなら学力では到底手の届かない所へ入れる。
Sなら返済免除の奨学金付き。
最もAもSもそんな合格者がいたという話は聞いた事が無いし、それまでの間は命の危険と隣り合わせなのだが。
評定平均を上げる為に真面目な学生生活を送りながら、放課後は異世界へ潜る。
それが今の俺なのである。
◆
翌日。
予鈴前ギリギリに教室へ滑り込む。
少し人だかりが出来てざわついて居る。
男子も女子も同級生Aの周りに集まって居る。
リア充に属する奴だ。
「何かあったの?」
隣の席の同級生Bに聞く。
隠キャの奴。
俺と同じ……。
「ダンジョン……ランクがEに上がった……てさ」
「ふーん」
ダンジョンに行ってちょっと戦って生還して来た。
たったそれだけで小さな英雄の出来上がり。
安いもんだ。
担任が来て、その人だかりは解散になる。
◆
「お前、ダンジョン潜ってたらしいな」
休み時間にその同級生Aが話しかけて来た。
「え、マジで?」
「どうせ逃げてただけだろ」
取り巻きがうざい。
「……いや……」
愛想笑い。
「まだ行ってるの?」
「……たま……に」
「ふーん。向こうで会ったら助けてやるよ」
にやけ笑いを浮かべながらそいつらは去って行った。
◆
あんな事言う奴て大体すぐ死ぬんだろう。
町田から小田急線に揺られながらそんな風に考える。
まあ、良いや。
忘れよう。
俺は俺で上を目指すのだ。
翌日。
同級生Aは登校しなかった。
一年戻らなければ法的に死亡が認定されるだろう。
◆
金曜夜。
課題を速攻で終わらせ俺は人のまばらな上り電車へと飛び乗る。
これで日曜の夜までは何の心配もなく異世界に居られる。
電車を乗り換えながら、俺が会員登録している都心のゲート管理センターへ。
IDカードと顔、二重の認証システムをくぐり抜け指定された個室へと入る。
1.5畳程のスペースにリクライニングチェアが置かれただけの密閉空間。
その椅子に座り、そして、目を閉じながら手すりのボタンを押す。
『Welcome back! Lychee!』
Lychee=ライチ。
向こうでの俺の名。
平坦な女性の声が俺の帰還を歓迎する。
『Are you ready?』
「Yes」
『Have a good trip!』
何度も行ったやり取り。
その後、俺の体をまるで洗濯機で洗われているようなそんな衝撃。
そして、空気が変わる。
目に飛び込んできたのは密室の無機質な壁では無く、夜空だった。
あっという間に異世界へ。
姿はシャツとジーパンから、革鎧へと変わっている。
……しかし、野外、か。
この異世界へ移動は降り立つ先が常に変わる。
指定も出来ない。
初めてこの世界に来る奴がいきなり魔物の巣窟に送り込まれたなんて噂もある。
もっとも、そこから生き返れるやつなんで居ないだろうからただの噂だろうけど。
しかし、これが生還率を著しく下げている一因であることは間違いない。
事前に準備が出来ないのだから。
敵が弱く難易度の低い場所に行くこともあれば、その逆もある。
今回は……外れ、だろう。
そもそも、ダンジョンと呼ばれる石畳で覆われた世界へ飛ばされることが圧倒的に多いのだ。
それ以外のイレギュラーな世界の事は報告が極端に少ない。
それは即ち、生還者がそれだけ少ないとも言える。
「まいったな……」
自分の悪運を恨みながら荷物を確認する。
昨日、帰還した時と何も変わって居ないのだが、今自分が何を持っているのか。
それは、こちらの世界に来た時に常に確認するようにしている。
有ると思い込んでいた物が無い。それは即ち命の危機なのだから。
周囲の様子に気を配りながら荷物を確認し、そして、この後の行動を考える。
地球へ帰還する門を見つけるのが最優先。
そして、見つけ次第戻ろう。
イレギュラーな世界に留まる事は無い。
俺は立ち上がり、取り敢えず歩くことにした。
当ては無い。
しかし、動かないことには何も始まらないのだから。
「黒・闇・墨
湧き出よ
満ちよ
渡る先は夢現
唱、参 腑道 夜目掛」
暗闇を見通す目。
自らの肉体を強化する術。
前より明るく見える異世界
まばらに木の生えた林を歩いて行く。
当ては……無い。
暗闇の中……物音がする。
耳をそばだてる。
「いやーーーーーーーー!!」
金切り音のような悲鳴。
俺の他に、人が!?
異世界人には会ったことは無い。
報告も聞かない。
とすれば、その声の主は、地球人だ。
そして、悲鳴を上げるなんて愚行をするのは……間違いなく初めて来た様なひよっ子。
獣の奇声。
そして、木の枝を揺する物音が近寄ってくる。
「助けてーーーーーーー」
剣を抜きながら物音の方へと視界を巡らせる。
「その死を知らぬ幼子
舞い飛び散らせ
落ちる涙は甘い白雪
唱、拾玖 血道 浮き蛍」
左手の指を立て術を詠唱。
眼前に光の玉がふわりと現れ、そして音の方へと飛び行く。
樹上の敵、枝から枝へと飛び移らんとしていた猿の様な魔物の影を捕らえた光の玉は、その頭部へと命中し衝撃と光りを撒き散らす。
猿が、抱えていた獲物と共に地に落下する。
投げ出され、地に転がる獲物を他所に、俺は怒りの表情を浮かべる猿に向き合う。
落下しても、空中で身を捻らせ着地した。
『浮き蛍』は、追尾性能に優れる術だがそれほど破壊力は高くない。
それでも、顔面に直撃し傷らしい傷一つつかないとは……。
タイミングを図れ。
左手を顔の前に。
「地に溶け渡る母なる女神
感情は無く
抱擁は何も逃さぬ」
詠唱を唱えながら、後ろへ飛び退る。
俺を逃さんと飛びかかって来る猿。
釣れた!
左手を伸ばし立てた二本の指で猿を指す。
「唱、拾参 血道 骨千本槍」
地から無数の白い槍が生え、猿を下から串刺しにする。
すぐに体勢を直し、槍に捕らえられた猿の眉間を剣でひと突きにする。
短い断末魔を上げ、その猿は事切れた。
猿の死体から『マナ』と呼ばれる力の粒子が煙の様に流れ出す。
それは、近くに居た俺と、そして、獲物として攫われそうになって居た人間へと吸収されて行く。
こうやって魔物を倒し得られる『マナ』は肉体が強化されると共に、術を使う元となる。
つまり、敵を倒せばそれだけ強くなる。
そして、強い敵ほどその『マナ』の量が多く質も高い。
今の猿は、久しぶりの強敵だった様だ。
「大丈夫ですか?」
気は重いが、行きがかり上助ける事になってしまったそいつを振り返り声をかける。
粗末な下着姿。
間違いない。
今日、初めてここに飛ばされたのだ。
俺も最初はパンツ一枚で途方に暮れたな。
木の近くで身を小さくするその人に近寄る。
足を閉じ、両手で胸を隠す……女性。
面倒な事になったな。
他人を庇う余裕など無いのだけれど。
しかも、ひょっ子。
と言うか、この世界、基本的に他人は信用出来ない。
その気になれば容易く後ろから刃を突き立てる事が出来るのだから。
しかも、何の罪に問われる事も無い。
生かしておけば恨みを買う事になるが、一度地球に逃げれば次はいつ再会するかわからない。
だから俺は極力一人で活動したいし、今までそうして来た。
まあ、あまり他人に遭遇しなかったと言う事もあるが。
困惑を顔に出さぬ様に気を付けながら近寄る。
「ありがとう……ございます」
震え声を返しながら後ずさる下着姿の茶髪のその子は明らかに顔に怯えが……ん?
「……夏実……さ……ん?」
知った……顔だった。
「え?」
夏実杏。
俺のクラスメイト。
喋った事は無い。
「あ! ……あー! えっと……」
「……御楯……」
「そう、御楯!」
名前、覚えられてなかったか……。
四月の間は後ろの席だったんだけど。
「……助かった」
彼女は初めて安堵を顔に浮かばせた。
「取り敢えず、ここから離れた方が良い」
背後で魔法の槍が崩れ去り、猿の死骸が地に落ちる音がした。
「……何か、着る物持って無い?」
両腕で体を隠しながら彼女が視線を逸らし、恥ずかしそうに言う。
「えっと……これくらいしか」
慌てて俺は荷物の中から外套を取り出し渡す。
豹柄の魔物の毛皮で出来た物。
寒冷地では役に立った。
それを羽織り、そして、肩のあたりに口を近付け一言。
「何か……匂う」
イラっとした。
「あいつの毛皮を剥いで服を作るか?」
俺は背後の猿を指差す。
怯えた顔を横に振る夏実。
それなりの物が作れそうだが、ひよっ子を抱えて解体するのは少し危ないので諦めよう。
それより早くこの場を去りたい。
ついでにサンダルもあったので渡す。
サイズは合ってないだろうが裸足よりはマシだろう。
しかし……よりにもよって知り合いに会うかよ……。
「初めて?」
夏実の足に合わせて歩きながら尋ねる。
「うん」
「御愁傷様。ここは多分かなりの高難度」
「は? 何で?
初めは簡単な所からじゃ無いの?」
「そんな事無い。運任せだ」
「でもネットには」
「ネットの情報は九割ガセ」
そもそもこちらの世界から地球に何一つ持ち帰れ無いのだ。
あるのは記憶を頼りに描かれたスケッチと、尾鰭のついた噂話。
鵜呑みにすれば直ぐに死に至る。
そんな情報ばかり。
「どうすれば帰れる?」
「何処かに出口がある。それを見つけないと帰れない」
「どうやって見つけるのさ?」
「探すんだよ。頑張って」
「頑張ってって、何それ……」
立ち止まり、耳を澄ます。
何か……来る。
「その木の陰にいろ。
出て来るな」
「え?」
「早く!」
周囲に目を配る。
地の上を何が蠢く。
不味い。
夏実の所へ駆け寄り、木に寄りかかった夏実に覆い被さる様に木に手を付く。
「ちょっ……」
「絶対声を出すな!」
間近で抗議の声を上げようとした夏実を黙らせる。
「名を捨てた使徒
龍の背に乗りて降り立つ
走るは水
唱、伍 氣道 神匸」
俺の周りに一瞬、白い炎が立ち上る。
身と気配を隠す術。
迫り来るのは魔犬の群。
それは、人の喉を容易く噛みちぎる。
目を血走らせ、涎を垂らしながら走り去るその魔犬の群を息を殺してやり過ごす。
流石に相手にするには数が多い。
目的は猿の死骸だろう。
壮絶な奪い合いになる筈だ。
出来るなら早々に遠くへと行きたいが……。
目の前の恐怖に顔を引きつらせている夏実の存在がそれを許さない。
俺は心の中で盛大に溜息を吐いた。
どれくらい経っただろうか。
魔犬の鳴き声が聞こえなくなった。
日本と時差は無いのだから、夜明けまで二時間程。
このまま静かにしているべきか。
取り敢えず、腰を下ろす。
こちらの世界では睡魔は襲って来ない。
眠ろうと思えば眠れるだろうが、そのまま死ぬ危険性の方が高い。
ありがたいと言えば有難いが。
「結構……来てるの?」
夏実が小さな声で尋ねて来る。
「……週六くらいで」
「そん」
大声を上げかけた夏実の口を押さえる。
だからひよっ子は嫌だ。
「そんなに。
俺には目的があるの」
大学進学と言う。
出来ればそのまま公務員にでもなりたいのだ。
納得したのか頷いた夏実から手を離す。
「そっちは?」
「……何となく」
「ふーん。
同級生Aを探しに?」
付き合ってるとか噂があった気がする。
「馬鹿じゃ無い!?
あんな浮気者どうでも良い」
浮気者と言うのは、付き合っているから出て来る単語で無いのか?
まあ良いや。
「何となくで来るには危ない所だけど」
「……わかった」
魔物もさる事ながら、下着姿でうろついて居たら男に襲われかねない。
最も、そんな事をして居たら二人まとめて魔物の餌食になるのだが。
「戦うにはどうすれば良いの?」
「敵を倒して強くなる」
「どうやって?
あの魔法みたいなの使うの?」
「あれは、俺しか使えない」
「どうして?」
「俺が生み出した術だから」
「……どう言うこと?」
「この世界は、自分に必要な力は自分で作るしか無い。
目を閉じて」
「ん」
まだ森がざわついている。
朝までここに留まろう。
その間にこのひよっ子にレクチャー。
「頭の中に自分の周りに光を感じないか?」
「……ある……気がする」
「それが、君が今手に入る力。
どれを選んでも良い。
魔物を倒してマナと言うのを体に溜め込むと取る数が増える。
強い力ほど、マナが必要になる。
実際には強い力、では無く自分と相性の悪い力、なんだと思うけど。
今まで体を鍛えてなかった奴はその分身体強化の力を取得するには多くのマナを必要とする。
ただし、その恩恵は大きい。
得意分野を伸ばすか、それとも穴を埋めるか。
それは自分次第。
最も、どう言う力が手に入るかはこの世界へ来た段階で決まっているのだろうと俺は考えている。
そもそも身体能力を欲して居ない奴は後からどうやっても手に入らないのでは無いかと言うのが俺の考え。
つまり、最初にこの世界へ来た時にこうありたいと無意識のうちに願っていた、そう言う力が与えられる。
それは、当然人それぞれ」
「……意外とおしゃべりなんだ」
お前さ、こんなに丁寧に説明したの初めてなんだからな?
「聴きたく無いなら止めるけど?」
「ごめんごめん。
なるほど。
私が望んだ力……」
俺の力は途絶えた裏神道、百八の術。
そして、それを扱う身体能力。
即ち、鬼と呼ばれし力。
と言う設定。
傍目には痛いかも知れない厨二病も!
この世界なら!
最強だ!
夏実が目を閉じながら右手で何かを掴もうとする仕草をする。
暗闇の中、力を掴んだのだろう。
本当はそれにすらたどり着けないひよっ子が多い。
飛んだ異世界に先人がいる事が稀だし、そうなるとマナを手に入れる事すら難しい。
そう言う意味では彼女は幸運だった。
俺と言う教師が居て、偶然にも猿のマナを吸収した。
幸運である事、それはこの世界で生き残る為に何より必要な事だ。
「よし」
彼女が、目を開け一言。
一体なんの力を手に入れたのだろう。
静かに立ち上がる。
「纏!」
そう、彼女が目をつぶり胸に手を当てながら口にする。
夏実の体がゆっくりと上に上がって行く。
風が吹いているわけでも無いのに下から外套が翻りなびく。
そして、外套と下着が粒子になり弾ける。
次の瞬間、豹柄のミニスカートを纏った夏実が立っていた。
頭の上にはご丁寧に猫耳までついている。
でも人の耳もある。
その造形は、若干許せない。
いや、それよりもだ!
一瞬、全裸になったよ!?
外套と下着が弾けて変身する、ほんの一瞬。
「どう?」
ドヤ顔の夏実。
一瞬、全裸になったよ!?
「えっと……」
「身につけた物の力を解放する技!」
一瞬、全裸になった!?
「すごい。体が軽い」
全裸になった!
「服もバッチリ」
全裸!!
「なるほど。
何となくわかった。
こうやってそれぞれ違う力を手に入れて行くのか」
猫耳を動かしながら考える仕草をする夏実。
「と言うことは……御楯のあの呪文ってさ、自分で考えてるの?」
俺を見上げながらニヤリとする夏実。
お前だって全裸になってるんだからな!
どうやら物の力の解放と言う事で、あの外套の毛皮であった魔物の特性を手に入れたらしい。
俺に全裸を見せる事と引き換えに。
元は雪の世界にいたブリザードを操る豹。
ひょっとしたら、そう言う力もあるのかも知れないのか。
て言うかさ、俺の持ち物だった訳なんだけども。
まあ、良いか。
良いもの見れたし。
そうして夏実が手に入れた力を確かめて居るうちに夜が明ける。
さて、本格的に門探しに行こう。
◆
「お腹すいた」
二時間程、林の中を歩いた後夏実が呑気な事を言う。
「魔物を倒してマナを吸収するか、何か食うかしか無い」
「食べ物とか持って無いの?」
「……干し肉なら」
「何の肉?」
流石に勘付くか。
「味は悪く無いけど」
「……原料は?」
「俺が狩った獲物」
「止めとく」
「なら黙って歩け」
迷宮なら最悪壁沿いに歩き続ければゲートを見つけられるのだが、全方位広がるこの空間でそれは無理だ。
しかし、どこまで続いて居るのだろう。
いや、世界に区切りがある方が不自然か。
だとしたら……。
上を見上げる。
この地球とさして変わらない青い空の先、宇宙の果てに地球があったりするのだろうか。
「あ!」
俺に釣られ上を見ていた夏実が声を上げる。
「あれ! 果物じゃ無い?」
嬉しそうに指をさしたその先には、スターフルーツの様な形のやや紫がかった果実が二つぶら下がって居た。
果物、と言われればそうかとも思えるが。
「取ろう!」
「え、食べる気?」
「そうだけど?」
「いや、生ものはやめた方がいいと思うけど」
「食べた事あるの?」
「無い」
「なら試して見ないと!」
「届かないだろ」
三メートル以上、上になっている。
夏実は真下に行ってジャンプをするがかすりもしない。
何度か繰り返し、己の無力さを味わい、それでも尚諦めきれずにその果物を見上げている。
そして、何を思いついたのか俺を手招き。
「しゃがんで」
「は?」
「いいから!」
言われた通りに地面にしゃがむ。
……まさか。
俺の想像を裏切らず、まず頭を両手で抱えられた後、左肩、右肩の順に負荷がかかる。
「立てー!」
肩車!
太ももが俺の顔を挟み込む。
俺は、首に全神経を集中させる。
クソ!
後ろに目が欲しい!
「ほら! 立て!」
俺の頭をポンポンと叩く夏実。
全神経を顔と首に集中させながら立ち上がる。
「おお!」
夏実が驚愕の声を上げる。
女一人担ぎ上げるなど訳ないのだ。
こっちでは。
「届いた!」
夏実が嬉しそうな声を上げる。
両手に持った果物の匂いを確認する夏実。
「うん。食べれそう」
「ふーん」
「何その反応。
もっと喜べば良いのに」
そう言いながら一つ俺の方に差し出す。
「いや、俺は良いや」
「何でよ。食べようよ」
放り投げられた果物を受け取る。
確かにほんのりと甘い果実臭がする。
ただ、表面は硬そうだ。
「ナイフとか持ってる?」
「ああ」
「あざー」
俺は荷物から刃渡り十センチに満たない小型のナイフを取り出し夏実に渡す。
そして、代わりに受け取った果物を中に押し込んでおく。
今、食べる気は無い。
夏実は器用にナイフを使い、その果物の皮を剥いて行く。
そして、一口大にカットして再度匂いを確認して口に運ぶ。
「……微妙な味。不味くは無いけど」
二度三度と咀嚼して、飲み込み、そう感想を告げる。
「食べないの?」
「ああ。生ものは口にしない様にしてる」
「ふーん」
俺の忠告にも関わらず、夏実は果物を一つ平らげた。
◆
再び歩き出し、一時間程たった頃だろうか。
夏実が歩みを止める。
「……お腹痛い」
青い顔で両手で下腹部を抱えている。
「だろうな」
「……トイレ」
「行ってくれば?」
「……どこ?」
俺はその辺の草陰を指差す。
「は? ふざけてんの? 変態!」
「他にどう言う手段があると思ってるんだ?」
ここには、便器なんて文明の利器は存在しないのだ。
残念ながら。
そして、慣れない世界の生ものを口にすると低く無い確率でこうなるだろう事は予想できた訳で。
俺、止めたと思うけど。
「……我慢する」
「あっそ」
我慢してもどうしようも無いだろうが、本人がそう言うなら良いや。
再び歩き出す。
それにゆっくりと付いて来る夏実。
「……お腹……痛い」
泣きそうな声。
「創造する手・無の化身
紡ぐ、縦横に
拒絶する柔らかな結界
唱、漆 具道 白縛符」
上に向けた右掌の上に白い布が現れる。
本来は止血などに使う布を生み出す術なのだが。
「ほら」
それを夏実に手渡す。
「何? これ」
「トイレットペーパー」
まあ、こう言う事にも使えるのだ。
複雑な表情を見せた後、大人しく受け取る夏実。
そしてゆっくりと草の陰へと消えて行く。
「終わったらその布を広げて上から被せておけ」
そうすれば匂いが遮断される。
布自体は三時間で消えるが、流石にその頃はここから離れているだろうから。
やがて、静寂の中に下品な音が響く。
俺は耳を澄まし、魔物が寄って来ないかに注意を払う。
……来てるな。
「夏実!」
返事が無い。
だが、音のする方向は大体わかった。
残念な事に魔物もそっちにいる。
「絶対に、立ち上がるなよ!」
金属音がする。
ゴブリンか何かだ。
「暮れない夜
怠惰なる夢を夢と為せ
羽落ちるその束の間
唱、拾伍 血道 赤千鳥」
そちらに術を放ちながら駆け出す。
しゃがんだ夏実の方をなるべく見ない様にして。
◆
再び歩き始めたが、夏実は一言も言葉を発さなくなった。
まあ、気持ちはわかるけど。
別にこちらから話す事も無いので困りはしないのだが。
そうやって無言で歩き回り、何度か魔獣を倒し、だが、出口の当ても無く歩き回る。
日が傾き始めて居た。
そんな時に俺の耳は静寂の中から微かな水音を捉える。
それは……そう、滝の様な大量の水。
逸る気持ちを抑えながらそちらに。
夏実もそれに気付いた様だ。
そして、俺たちの目の前に巨大な滝が現れる。
「やった!」
俺は身につけて居た鎧を脱ぎ下着姿に。
そして、魔法で荷物を隠しすぐに水の中へと飛び込む。
澄んだ冷たい水が全身を包む。
顔と頭をこすり洗いして、そして、水辺で佇んでいる夏実を手招きする。
「口から飲まなきゃ平気!」
そう、声をかけ。
少しだけ逡巡を見せたけれど夏実も下着姿となり水の中へと入って来た。
一日歩き回った汚れと疲れを取るにはもってこいだった。
馬鹿みたいに笑い声を上げ、水を掛け合い、しばし異世界の緊張感から解放される。
もちろん水の中に魔物が居ないと言う保証は無いのだけれどその時はそんな事どうでも良かった。
まるでプールに遊びに来た恋人達の様で。
最もそう思ったのは俺だけかも知れないけれど。
魔法でバスタオル大の布を作り、陸に上がり体を拭く。
そして、木の枝を集めて火を起こし湯を沸かす。
少しだけ持って居たお茶の葉を煮て、一つしか無いカップで交互に飲んで二人体を温める。
「……御楯は、すごいね」
「これでも人生賭けてるから」
「どう言う事?」
「これでいい大学に入るんだよ」
その答えに夏実が口をポカンと開け、そして、笑い出す。
「いやいや、おかしく無い?
こんな、死にそうな事して、その目的が大学進学?
勉強した方が全然楽でしょ?」
「だって、旧帝大に入れる可能性だってあるんだぜ?」
「そうなの?」
「そうなの」
なんだかんだで異世界の研究はどこも進めたがって居るのだから。
「そこまで考えてるんだ……」
カップを両手で包み込みながら夏実が火を見つめ再び黙り込む。
「……帰りたいなぁ」
そう、呟く。
「帰れるよ。俺は明日帰らないきゃならない。
何がなんでも帰る」
そう力強く答える。
「……ねえ、私も戦えるかな」
「その気があるなら」
そう言って俺はさっきゴブリンを退治した時に拾った鉈を取り出し渡す。
少し躊躇してから、それを受け取る夏実。
「大事なのは、生き残る事」
「はい。先生」
「そんな大層なもんでも無いんだけど。
では、早速実践して見ようか」
俺は立ち上がり剣を手に取る。
「ゴブリンが何体か来た」
その言葉に夏実の顔に緊張が走る。
そして、彼女も立ち上がり戦いの準備を。
「纏」
全裸! 後に猫耳姿。
その力は彼女にしかわからないが果たして。
◆
まさに猫科。
そう思わせるしなやかな体使いで、獲物に近寄り鉈を振る。
まあ、武器の扱いは拙く、たどたどしかったのだがそれでも何体か魔物を仕留めて居た。
夜行性であった魔獣の特性を得たのか夜目も効く。
そうやって、二日目の夜が明ける。
俺たちのは川沿いを下流に向け歩いて居た。
「あれは……」
目に飛び込んで来たのは赤い布で作られた旗。
「何? あれ」
「露店」
「え?」
「ああやって物を売っている連中。
あの赤い布は共通の印なんだよ」
誰が始めたのか知らないが、いつの間にか赤い旗が商売人の共通の印になった。
「行こう」
そして、物が集まるところには人も情報も集まる。
そう言うものだ。
◆
「こんちは」
「いらっしゃい」
木の下で赤いのぼり旗を立て、布を広げて地に座る店主。
そこに並ぶのは、魚の開き。
川で取れた物の一夜干しだろうか。
「一つどう?」
「珍しい物を売ってるね」
武器、防具、薬。
そう言った類で無く、食料。
それが商品になると言うことは、ここで生活の様な事をしている可能性がある。
「美味しそう」
横の猫耳が呑気に言う。
まだ食べる事に懲りて無いのか。
「どうやって買うの?」
そうか。
それも知らないのか。
「基本的に物々交換だよ。お嬢さん」
「まあ、店側の言い値になる事が多いけど。
それでも、背に腹は代えれないからな。
武器や防具が必要なら、抱え込まず交換してしまった方が良い」
「そう言う事。
賢明だね。お兄さん。
名前は?」
「ライチ」
「ほう」
流石は商売人。
俺の名も知ってるか?
「ライチ?」
夏実がこちらに怪訝そうな顔を向ける。
「こっちではそう名乗ってるの。
向こうの名前が知られると無用なトラブルに成りかねないから。
お前も登録の時に決めたんだろ?」
「あー。リコだ」
「ふむん。
ひよっ子か。
今日来たのかな?」
「えっと、一昨日の夜です」
「へー。よく生き残れたね」
「直ぐにこの人に助けてもらって」
「そりゃ良かった。
ここでは幸運が一番重要なステータスだからね」
そう言って、リコに向かってウインクする店主。
リコがマジマジと俺を見る。
お前、実感無いだろうけど超幸運なんだからな?
「まあ、その幸運もここまでかなぁ」
そう、呑気に店主が言う。
「出口が無い?」
俺は、想定した最悪の結論を口にする。
食料を売っていると言うことは長期にここに留まっている事の証左だ。
しかし、それに店主は首を横に振る。
良かった。
「出口の場所を教えてくれないか?
もちろんタダとは言わない」
「教えるのは構わないよ。
でもね、通れないんだ」
「通れない?」
行くのに険しいか、それとも……。
「竜人が居るんだよね」
「竜人……」
「何それ?」
「すんげー強い魔物」
「ライチよりも?」
「どうかな。まだ会った事は無い」
「そのお兄さんが退治してくれると僕達みんなハッピーなんだけどね」
みんな……。
「他にも何人か居るのか」
「僕が知ってるだけで十人くらいだな。
一番上がAランクらしいんだけど。
確か名前がモブ」
「……聞いた事無い。
でも、Aですら倒せないのか」
「そう。僕はかれこれ二週間くらいかな。
男ばっかり取り残されてるからちょっと最悪だよ。
一週間前にひよっ子の可愛い男の子が来たんだけどさ……」
店主がニヤリとする。
慰み物にされたか。
「お嬢さんは特に気をつけな」
「とっとと帰ろう。
場所……」
話し声が聞こえた。
「名を捨てた使徒
龍の背に乗りて降り立つ
走るは水
唱、伍 氣道 神匸」
リコの口を抑えながら、素早く詠唱し身を隠す。
右手の人差し指を口に当て、しっと言うジェスチャーをリコにする。
意図は伝わった様でコクンと頷く。
思った以上に顔が近くにあった。
ヤバい。
こっちが!
ドキドキして来た!
ヤバい!
「やあ、干物かい?」
店主が呑気な声を出した。
やって来たのはガタイが良い三人組の男。
「あいつをぶっ潰して来る。
良い加減、米が食いたい」
「そうか。頑張ってくれ」
「それでだ、興奮剤と強化薬、それとも回復薬を寄越せ」
「結構するけど?」
「何言ってんだ。ショニン。
俺とお前の仲だろ?
終わったらあの竜人の角を一本分けてやるよ」
「そうかい」
そう言いながら店主は懐から幾つか包みを取り出す。
「今日でこんな所はおさらばだ!」
奪う様にその包みを受け取り三人は引き返して言った。
下品な笑い声が聞こえなくなってから術を解く。
「良いの? あれ」
リコが不満気に口を尖らせる。
男達が消えて行った方を睨みながら。
「まあ、強い奴が正しい世界だからね」
諦めた様にショニンが言う。
が、さほど悔しそうでも無く。
「でも、お金も払わずに」
「ちゃんとした商慣習すら確立して無いからなぁ。
お嬢さんも欲しいものがあったら言ってご覧」
「ふっかけられるぞ」
「耳かき、オプション付きで良いよ」
「……見合う商品があるのかしら?」
リコが強気に笑う。
高そうな耳かきだな。
「あいつらが門に向かうのか」
「そう。噂のAランク」
「あれが?」
「自称、ね」
そんな名前、見た事無いんだよなぁ。
「じゃ、戻るチャンスだな。追いかけよう」
「またね」
ショニンが手を振りながら言う。
それにリコが手を振り返す。
また、か。
この先、再会する事なんか有るだろうか。
◆
赤茶色の荒野。
その中に石碑。
「あれが門。
触れば帰れる」
物陰に隠れ、そして、術で身を隠しその様子を伺う。
その上に鎮座する竜人を何とか出来れば、だが。
「あの人達、勝てるかな」
その竜人へ向かって悠然と歩く三人。
内一人は弓を手にしている。
何故姿を隠して狙撃をしないのだろう。
もう一人は武器を持って居ない。
何かしらの術使いだろう。
そしてもう一人は巨大な棍棒の様な物を担いで居る。
石碑までおよそ百メートル程。
石碑の上で微動だにしない竜人。
全身を鱗に覆われ、背に翼を生やすその姿は小さな竜。
その強さは如何程か。
ゆっくりと目を開く。
そして、翼を広げる。
男達が武器を構える。
先に仕掛けたのは男達。
巨大な火柱が石碑もろとも竜人を包みを混む。
直後、上空へと飛び退いた竜人が急降下するのに気付けないまま術使いが頭を潰される。
そのまま横に居た弓使いに飛びかかり頭をひと齧りに。
背後で起きた惨劇に振り返った大男は、その頭を尻尾で叩かれ脳漿を飛び散らせながら崩れ落ちた。
一瞬で全滅したその一団はその後、竜人の餌と化した。
乱暴に肉を引きちぎり、骨ごと咀嚼して行く音が荒野に響く。
隣でリコが震えて居た。
無意識にだろう。
俺の服をきつく握りしめ。
あれを何とかしないと帰れない。
しかし、今日帰らないと明日登校出来なくなる。
そうすると皆勤賞が崩れ去る。
評定に響く。
「逃げよう……」
小さな声でリコが言う。
「いや、帰る」
「……勝てるの?」
「勝率は半分かなぁ」
正直に答える。
普段ならそんな分の悪い戦いはしないのだけれど。
「半分って……。切り札とかは?」
「切り札か……」
少し考え、口に出す。
「無いことは無いけど」
忘れていた。
「でも、それを使う為には……困難な条件が必要だから無理だな」
制約。
それが力を大きくする。
「条件って?」
一度リコを見て、そして目をそらしながらその自らに課した制約を口にする。
「……口付け」
「……ふざけてんの?」
「そう言う設定なんだから仕方無いだろ!」
恥ずかしさを誤魔化す為に声が大きくなった。
竜人が食事を止め、首をもたげる。
まずい。
姿隠しの術が見破られたか?
勝率五割は、一人で尚且つ不意打ち混みの場合。
正面からリコを連れて勝てる訳無い。
術で目を眩まし、動きを止めて逃げ……!?
思考の途中で無理矢理顔を押さえられ強制的に視界が変わる。
遠くの竜人から、真横のリコへと。
リコがゆっくりと目を閉じる。
両手が俺の顔を引き寄せ……唇が触れる。
「……どう?」
リコが顔を真っ赤にしながら呟く。
「……最高」
頬でも良かった事は黙っておこう。
リコの口付けで、俺の左眼の邪鬼眼が封印から解放される。
「すぐ終わらせる」
そう言って、リコの頭をポンと一回やって立ち上がる。
軽く地を蹴る。
一足で十メートル近く移動する。
体が軽い。
「唱、腑道 陸 水天一碧。
腑道 参拾 赤紅猩々」
右手に青く光る刀、蒼三日月、左手に赤く光る刀、陽光一文字。
二刀を手に竜人へ向かい行く。
「唱、血道 弐拾捌 雨百景」
こちらを睨みつける竜人の上から光る矢の雨を降らす。
詠唱不要。
これが、封印から解き放たれた鬼眼の力。
降り注ぐ矢を羽で弾き飛ばす竜人。
その間に刀の間合いへ。
袈裟斬りにした蒼三日月が竜人の鱗を肩から切り裂く。
すくい上げた陽光一文字が腹を薙ぐ。
堪らず羽を広げる竜人。
逃すか!
「唱、血道 弐拾玖 縛鎖連綿」
地の底から無数の鎖が伸び、飛び立ちかけた竜人を拘束する。
「血道 拾参 骨千本槍」
その下から槍で串刺しに。
どうだ?
全身を地のから生えた槍に貫かれた竜人が俺を睨みつける。
まだか。
そして、その口を大きく開ける。
真っ赤な口内のその奥。
炎が見えた。
「氣道 肆 水鏡」
咄嗟に盾を展開。
竜人から吐き出された火炎の息を盾が押し留める。
直後、均衡した二つの力が爆発を起こす。
爆風に体が投げ出され、そのまま地に叩きつけられる。
一瞬、意識が飛んだ。
「ライチー!」
リコの声に我に返る。
目の前に竜人の顔があった。
「血道 拾伍 赤千鳥」
咄嗟に放った術を竜人は上空へ飛んで躱す。
そして、その視線を巡らせ別の獲物を捕らえる。
……リコ!
そちらへ飛び行く竜人。
直ぐに身を起こしそれを追う。
ざけんな!
「天翔!」
足が地を、そして宙を蹴り、身体を空へ。
足を下ろした先、そこから斥力が生まれる。
さらなる加速。
竜人の更に上へ。
そこから、地に向け思いっきり宙を蹴る。
「死ねぇぇぇ」
リコの眼前まで迫っていた竜人を上から押し潰し背に剣を突き立てる。
それは、心臓を貫き、そして地面に突き刺さった。
竜人からマナが溢れ出す。
今までで一番の強敵だった。
「ライチ!」
竜人の上に四つん這いになった俺にリコが抱き付いて来た。
◆
「ありがとう。怖かったけど……楽しかった」
石碑の前でリコが笑顔で言う。
「えっと、クラスでは内緒で」
「そうなの?」
「一応」
「わかった。じゃまた明日、学……」
最後まで言い終わる前にリコは消えて行った。
無事地球に戻っただろう。
俺は振り返り、空を駆け竜人の死体の所へと戻る。
佇む人影が一つ。
「お疲れ」
ショニンが立っていた。
「流石はランクB、最小活動時間の男」
「ランクSに褒められてもな」
ランクS、ショニン。
荒ぶる道具屋。そんな渾名だった気がする。
「あんたなら余裕で勝てたんじゃ無いのか?」
「おいおい。
僕は道具屋だぞ?
相性って物があるんだよ」
どうだか。
門が解放され、閉じ込められていた連中が我先にとそちらへと走って行くのが見える。
……あれ?
その中に素っ裸の同級生Aの姿があった。
あいつもここに居たのか。
裸に剥かれてるって事は……御愁傷様。
「それ、僕に加工させてくれない?」
竜人の死体を指差しながらショニンが言った。
「武器か、鎧か。どちらにせよ、かなりの性能になると思うけど」
「どうやって受け取るんだ?」
「それは、心配ご無用。
商売人の誇りにかけてちゃんと届けるよ」
「そうか。じゃ鎧にして貰おうかな。二人分」
「それには少し足りないかな」
「大丈夫。追加で狩るから」
上空に三体、竜人が飛んでいる。
邪鬼眼の力はまだ収まらない。
もっと、暴れてからで無いと帰れなそうだ。
「じゃ、僕の分もお願いしようかな」
「あんたの力も見たいんだけど」
「死にそうになったら助けてあげるよ」
「見せる気は無い訳か」
ショニンがニヤリと笑う。
俺は地を蹴り空へと向かう。
◆
翌日。
学校で夏実が話しかけてくる事は無かった。
元々教室で話した事など無いのだから当然か。
担任が同級生Aが無事に戻った事と、精神的なショックを受けて居て暫く休む事を伝える。
それに軽くざわつく教室。
そして放課後。
帰ろうと鞄に荷物を詰め込む俺の前に夏実が現れる。
「ねえ。LINE、教えてよ」
スマホを手に、少し恥ずかしそうにそう言った。
ここに至るまでを、そして、この後を連載化しました。
そちらもよろしくお願いします。
異世界で俺の中二設定が活き活きとしている
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