第6話 撮り鉄1(初めての)
今日は学校はお休みである。家でゴロゴロしていると庭から、
「みさきちゃーん、ちょっと手伝ってー。」
庭の手入れをしているみさきママである。趣味で庭造りを始めたのだが没頭しすぎたため、規模が大きくなり“イングリッシュガーデン”のようになっている。さらに拡げるべく土を盛っていくのだが、土が重くてみさきママ一人では手に負えなくなったようである。みさきは少しだるそうに庭へ行き、
「お兄ちゃんは?」
そう言うとみさきママは、
「急に用事を思い出したんだって」
(急に用事って、逃げたな。)
倉庫に保管していた土を一輪車に載せて目的地に運んでいく。みさきは昔からこういう作業を手伝っていたので一輪車の扱いは慣れたもの。これを何往復か繰り返してお手伝い終了。
庭に木製のベンチとテーブルがあるのでそこでお菓子をつまんで休憩していると、
―ピンポーン―
誰か来客のようである。みさきが庭から直接玄関先へ向かうと、そこにはいずみが立っていた。
「あ、みさき、今から電車の写真撮りに行くんだけど、行かない?」
いずみは少し大きなバッグを肩からかけていて、中にはカメラや三脚などの撮影機材が入っている。しかし、みさきは鉄道写真の初心者であり、それ以前にカメラを持っていない。
「行ってみたいけど、あたしカメラ持ってないよ。」
「カメラは僕のお古で良かったら使ってー。」
いずみはそう言うとバッグからカメラを取り出した。カメラはコンパクトデジカメと呼ばれるもので、お古と言いつつも丁寧に扱われていたのか綺麗で新品のようである。さらにカメラのサイズとはアンバランスなぐらいに太くて長いストラップが取り付けられている。みさきはカメラを受け取るが使い方が分からないので恐る恐る触っている。
「これから部活でもカメラが要ると思うからしばらくみさきに預けとくね。」
いずみはこのカメラをみさきの首に掛ける。太くて長いストラップはこのためのだったようである。出かけようとするとみさきママが困った表情で、
「みさきちゃん、その格好で行くのはちょっと・・・」
みさきは休日ということで寝間着のスウェット姿のままである。さらに寝ぐせがひどくてとても外へ出られたものではない。
早速着替えて、髪はいずみにセットしてもらう。
「いずみくんって器用だよね。」
いずみは髪を傷めないように優しく櫛で解いていき、何とか外出できるような状態になった。
「いってきまーす。」
撮影場所へは徒歩で向かう。今日のターゲットはみさきたちがいつも通学でお世話になっているローカル私鉄である。
撮影場所まで線路沿いの道を歩いて行く。田園地帯とあってみさきたちの住む住宅地を出るとすぐに田畑が現れ、さらに線路沿いの道は未舗装の道に変わる。十分ほど歩いて、
「このあたりがいいかな。」
いずみが良い場所を見つけたようである。そこは田畑に囲まれており障害物となる建物が架線柱ぐらいしか無いので比較的撮影しやすい場所である。さらにフェンスが低く電車の台車部分まで撮影することができる。フェンスは使われなくなった“古レール”を支柱として金網が取り付けられたシンプルなものである。支柱の根元は雑草に覆われ、フェンス全体は錆びており哀愁を感じさせる。昭和の終わりぐらいまでは全国で使われていたが、今ではあまり見かけなくなっている。
いずみは撮影準備に取りかかる。バッグから三脚を取り出してフェンス際に立てる。そして大きくていかにも高価そうな一眼レフカメラを取り付け、上り方向に向けて準備完了。時刻表を見て、
「んーっと、列車が来るのは三十分後だね。」
時間があるのでみさきは練習をかねて列車の来ない線路や線路沿いに生えた植物など手当たり次第に撮影していく。すると背後から声が、
「お、おはようございます。」
振り返るとそこには入部間もない瑞希がいた。しかも一眼レフカメラを首からぶら下げている。どうやら瑞希も“撮り鉄”らしい。この撮影行脚に彼も誘っていたようである。
「高石さんも撮り鉄ですか?」
「いや、あたしは今日が初めてなの。」
「ところで高石さん、お姉ちゃんがいろいろ迷惑かけててゴメンナサイ。」
「いやいや、あたしのダメなところをツッこんでくれて、逆に気付かされるから良いんよ。でも名前で呼んで欲しいな、いつもフルネームだし。」
他愛の無い会話をしていると、列車の来る時間になる。みさきは少しフェンス際によってカメラを構えていると、
「あ、みさき、走行中の列車を撮るときはフラッシュは厳禁だからね。」
いずみがそう言いながらみさきの持っていたカメラを手にとって“発光禁止モード”に切り替える。そう、鉄道写真を撮るときは鉄道施設のある敷地などに立ち入らないのはもちろんのこと、運転の妨げにならないようにフラッシュを焚かないのがマナーである。
そうこうしているうちに列車がやってきた。ローカル線で単線ということもあり2両編成の列車がゆっくりとしたスピードでこちらに向かってくる。初心者のみさきでも撮りやすい。
―カシャカシャカシャカシャ―
みさきは取りあえず列車に向けて撮り、いずみは連写で瑞希は一発勝負でシャッターを切っていく。列車が通り過ぎるといずみと瑞希が顔を見合わせ興奮気味に、
「瑞希、まさかのあの車両だったね。」
「はい!貴重なものが撮れました。」
みさきは何のことだかさっぱり分からず置いてけぼりである。どうやら列車のごく普通の写真を撮ろうと構えていたら、偶然にも貴重な車両が通ったようである。
「みさき、あれはすごく古くて、ここ何年も稼働してないから廃車の噂もあったんよ、運がよかったね。それにまだ乗ったことないし。」
と、いずみが力説するがみさきは冷静に、
「へー、そうなんだ、でもあたしこの前乗ったよ。」
この貴重な車両というのは、みさきが電車通学初日に乗った“ずんぐりとしてダルマさんみたいな”車両(湘南電車)のことである。いずみは驚いた表情で、
「で、で、車内はどんな感じだった?」
「んー、普通かな」
みさきは車両の外見が好きなだけで車内や機器には何の興味も無い。期待外れの返答にいずみは残念そうな表情を浮かべる。
気を取り直して、先ほど行った湘南電車は次の駅で反対方向から来る列車とすれ違い、その列車がここを通るので、カメラを下り方向に向ける。すぐに列車がやってきた。
―カシャカシャカシャカシャ―
先ほどと同じ要領で撮影していく。今回の列車はこの路線でよく見られる一般型車両である。特に興奮する要素も無く、お互いの撮った写真を確認する余裕すらある。みさきは他二人の腕前にただただ感心するばかり。
「みさきのも、見せて。」
少し照れながら見せる。写真の出来としては、真ん中に顔(正面部分)が収まっている。さらに車両の後ろ部分が少し切れてしまっている。
「若干、日の丸写真だけど、初めてにしては良いね。」
日の丸写真とは、被写体がど真ん中で余分な背景が多く写ってしまい日の丸国旗のような構図であることからそう呼ばれている。評価としてはあまり良いとは言えないが、人によっては良いとする場合もある。それでもみさきは初めて撮った写真ということもあり気に入っているようである。するといずみが
「じゃあ、今日はこのくらいにしとこうか。」
次の列車が来るまで1時間以上あるので、ここでお開きである。
「高石さん、筋が良いんでまた撮り鉄行きましょうね。」
「うん!ご指導のほどよろしくお願いします。それと、みさきって呼んでくれて良いよ、同級生だし。」
また撮り鉄をする約束をして家路につくのであった。