愛のサボテン
これは日露戦争の奉天の戦場の一人の兵士の物語、小銃を片手に勇気を胸に、祖国の友とこの地で散った仲間の為に進んだ男の話である
奉天の第2軍、敵中央に面した我らは肌を裂くような寒さと敵に圧巻の要塞を前にして前進する足を止められていた、2月の21日、俺は銃を片手に死地に足を踏み入れねばならん
しかして一切の躊躇などない、敵は露軍の屈強な兵士、俺が躊躇して戦えば何もできず死ぬだろう、ならば引き金に指をかける、銃弾がなくなりゃ銃剣で、銃剣が折れれば握りこぶしやその辺の木の破片でだって戦おう
「進めや進め、わいらの役目にゃぁここで十重二十重の敵を打つこと以外に他はないぞ!!」
俺がそう言うと仲間たちは大笑いして銃をとった、ここが死に場所だ、死ぬに値する同胞と祖国がいる限り、この足が止まることはないだろう
「第2小隊突撃!!」
《《オオオオオオオオ!!!!》》
ーー----
死んだだろう、敵軍の塹壕まで突っ込んで、敵の腹わたに銃剣をぶっさしてやった、代わりに銃弾が俺の懐に突っ込んできた、だか突撃は成功したのだろう、恐らく俺の後にはいく数千の同胞たちが続いたはずだ、後悔など何処にもない。
そんな俺が目覚めれば、其処は見たことのない部屋が広がっていた、西洋かぶれの内装は最近売ってた西洋画の部屋の内装そっくりだ。
匂いは感じられない、体は動かない、視点は三百六十度回りそうだ、俺の後ろは窓があり、窓の外は活気溢れる変な街が広がっていた、建物が石でできているのだ、それに街に歩く人々の服装まで西洋かぶれしていた。
そして窓に映り込む自分の姿が一番目を疑った、サボテンだ、サボテンなのだ、緑色でトゲトゲしてる、開かぬ口が塞がらない。
よく悪いことをすれば畜生になってしまうといったものだがまさかサボテンになるとは思わんかった。
「あ〜疲れた〜」
そして部屋のドアを開けて部屋に入ってきたのは少女であった、少女の容姿は栗色の髪の毛束ね、白い肌は雪によう、目の色は夕焼けのようであった、その姿は天人と言われれば信じてしまうほどだろう。
少女は髪の毛を解くと部屋の隅にあるベットに飛び込んだ、背負っていたカバンの中にはガラス瓶に入った錠剤がたくさんある、彼女は医師なのだろうと察しがつく
「白き晴天よ、白銀の空は如何であろうか」
《キイン》
少女の奇妙なセリフの後、金属をぶつけたような音の後部屋は光源もないのに明るくなった、影もないのに部屋が明るく不自然な空間は思わず首をかしげた、まあ首はないのだが。
こうして俺のサボテンの生活が始まった、生活といっても陽に当たっているだけの退屈な生活だ、同居人は少女と部屋の角に巣を貼る蜘蛛の巣だけである、しかし俺は居候といっても違いはない、少々肩身が狭かった、、まあ肩はないのだが。
ーー-----
サボテンの生活はさして悪くもなかった、平和な生活は以前にはなかった平穏が、、、
「きゃあああ!寝坊した!!!」
平穏ではなかった、この少女ほぼ毎日寝坊してはこうして焦っている、見た目に反し其処までしっかりとした人物ではないようで、家で酒を飲み朝遅刻ギリギリで家を出る、そんな人物であることがわかった。
しかしそれは自分の娘の将来を見ているようで楽しいものでもあった、俺の娘はここまで美人ではないが年はそう離れていない、もし自分が生きていたのなら、こういった光景を父親として見ることもできたのかもしれない。
このサボテン生活が始まってから一番驚いたことはやはり少女の使う奇術である、何も無いところから火を出し、着替えも一瞬、薬もこの奇術で作っているようだ。
彼女の生活は常日頃から忙しそうで、しかし平和な風景に中あわてる彼女の姿はかつて見た祖国がこうあれかしと願った風景そのものであった、日露戦争の後、日本は平和になれたであろうか、そう思うと少々自分の家族の顔が頭によぎる
どうもサボテン生活は考え事が多くて困る、暇なのだ、しかも他の植物と違い先が長い、この思考に満ちた生活は自分に体が枯れ落ちるまで続くのだろう。
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季節は変わり雪すら降らない極寒の冬がこの世界にもやってきた、今日は医師の仕事は休みなようで少女は俺の姿、もといサボテンの絵を描いている、部屋の暖炉はパチパチと音を立て、ペンの音は紙に線を描く乾いた音が、部屋には乾いた音たちが支配していた
かれこれ半年近くサボテンとして生きてきたが、ようやくこれにも慣れた、最近では同居人の蜘蛛が子宝に恵まれたようで、そして目の前の少女も近日良き男に恵まれたようであった、昨日嬉しそうに俺に自慢してきた、サボテンに話しかけるほどに嬉しかったのであろう。
そんな乾いた部屋に初めて、初めて新たな人間が入ってきた、それは若い男である、以前少女が話していた男だろ、少女はこの青年に恋心を抱いているらしい。
男の容姿は格好いい分類だろう、しかし
ーこいつの目は腐っていた
いつしか見た弱い子供を虐めて金を取るゴロツキの目を男はしていた、格好いい見た目に爽やかな笑顔になかなか綺麗な衣服を身につけてはいるが目が腐っていた、少女はこれに気がついていないらしい、どれほどいい男かと期待していたのだが残念だ。
ともあれ俺はただのサボテンだ、少女がこのあと後悔しようと俺にはどうすることもできない、そもそもこういった事はある程度痛い目を見るのも人生というものである。
「なあ 魔法見せてくれよ」
「で、、でも人前で見せるのは、、」
初めて知ったが魔法というのは誰でも使えるものでは無いらしい、どうやら少女が特殊なようで、男は少女に魔法を見せろとお願いしている
「いいだろ、、大丈夫、魔女でも俺は、、お前が好きだ」
「、、、じゃあ少しだけね、紅き瞳に聖樹の祝福よ」
彼女は部屋を赤色にてらした、瞬間、男は頰肉を上げて少女を縄で縛り上げた、そうして俺の後ろの窓を開けて身を乗り出した
「魔法を使ったぞ!!!異端審問会の開催だ!!」
気がつかなかったが外には白装束きた群衆が家の前を囲っていた、少女は目に涙を浮かべ、開いた口を塞げずに男に数回蹴たぐらて床を転げ回った。
阿鼻叫喚、少女は家畜のように四つん這いで床を歩かされ、魔法が使えないように口に縄を施された、それはあまりに悲惨な光景で、先ほどまであんなに嬉しそうにしていたのをみると心が痛んだ。
少女は地面を引きずられてこの家の前に投げ出された、住民は障子に石をぶつけ、異端審問官とやらは少女の頭を蹴り飛ばす、あんなに少女の好意を受け取っていた男はそれを見て笑っている。
そんな中俺の目の前に落ちていた本に目がいった、本の内容は、、
【猿でもできちゃう強制入れ替え式憑依】他者の血を浴びて心で強く強く念じれば、術式や難しいことをせずとも体を入れ替えることができます、しかしそれは片方が魔女であると宣伝するようなものですのでご注意を
今俺が窓から落下すれば少女にぶつかるだろう、彼女は魔女だ、サボテンになってもきっと直ぐに人の身に戻れる、俺の居場所は窓ギリギリで体の水分を少し偏らせれば落下できるだろう
ーここが俺の死に場所だ
そう思ったのは今から半年前であった、俺の死に場所は奉天だ、一度は死の底に沈んだこの魂がこんな平和な生活を送れたのだ、しかしもう時間らしい、俺は軍人だ、ここで平和とはおさらばらしい
「やあやあ我こそは大日本帝国が陸軍人!田中源次だ!!」
半年ぶりの人の身で腕に掛かる縄を引きちぎり貼り付け台の板を片手に奴らに前に立ちはだかった
「な、、縄引きちぎった!?」
「日本軍人たるものそのぐらいできにゃ恥じゃ!!さあ決死の覚悟でかかってこい、死を前にして恐れるものはにゃぁにもない!」
俺の暴れる処刑台の傍、サボテンが泣くように落っこちていた、どうせあのまま死ぬ人生が、誰かのために死ね布ら本望だ
異端審問官の剣が俺の身を貫くその瞬間、サボテンの姿はそこになく、泣き崩れる青髪の少女の姿を見たとき、なぜだか心が満たされる感覚を味わった。