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Prologue.始まりの雨

雨の日は何時も最悪だ。

蛇口をひねったように降る雨を眺めながら思う。そんな中、不意に笑いが込み上げてくる。

だったら、晴れた日は最悪では無かったとでも?


「…だいじょう…ぶ…ですか?」


傍らから自分を心配する声が聞こえた。土砂降りの雨に掻き消されてしまいそうになるほど、か細い声だ。

それに対し、自分の事を心配をしろ、と笑いながら返事をする。


「ぼくは…平気…です……だって、マゾクですから……直ぐに傷はなおる……ないてるのですか…?」

「ハッ…何を言っている、お前の勘違いだ。俺は笑っているぞ。」


俺の顔がどうなっているかなんて、分かる訳がない。なにせ、少年は目を潰されているのだ。

忌まわしき魔族の紅い目だと罵られ、潰された瞳。少年に対して行われた拷問はそれだけでは無い。背は鞭に打たれ、四肢の関節を砕かれ、両手両足の爪を剥かれ、腑はズタズタに引き裂かれ、肉片は大地に零れている。胸には真紅の剣が突き刺さっていた。

体中がボロ雑巾のようになっても尚、生きているのは魔族特有の凄まじい生命力だからだろう。でも、そんな生命力を持っていたとしても限界はある。なにせ少年を刻んだだろう刃物は魔族殺しの呪いが掛けられた刀剣。決して、少年だけの生命力では治癒する事は不可能。


二十歳にも満たない少年に対して行われた仕打ちはさぞや惨い―――とは、思わない。

紛争地帯では、よくある事だ。魔族の女や少女ならば性欲処理の道具に使われ、子供が出来たと分かればそく殺されるか、子供を戦争に利用するため、淫売宿に売るため無理やり子供を産ませる。男や少年ならば拷問の末に焼き殺されるか、少年兵として戦わせるのだろう。そう、よくある事だ。

だからこそ、そんな状況を変えようと蜂起したのが少年たちである。けれど、そんな彼らが政府や反魔族組織に目を付けられ、潰されたのは言うまでもない。

なにせ、その蜂起を起こそうとした首謀者が魔王の息子なのだから。彼らにとっては格好の獲物だろう。本当に馬鹿な少年だ。平成のジャンヌ・ダルクにでもなろうとしたのだろうか?


どうせ、良いように利用され捨てられるのが末路だというのに…何処ぞの天使だと名乗る人間にでも踊らされたんだろう。

ちなみに、彼以外の仲間は戦闘中に大半が死に、捕まって拷問されるのを恐れ自害した者や、少年と同じく生け捕りされ拷問の途中で耐えられず死んだ者も多勢いる。

結局のところ、反魔族組織に逆らった者は惨たらしく息絶えて死ぬ。

魔族だろうが、人間だろうが、其処だけは公平のようだ。

ただ、一つ問題があるとすれば、自分の様な誰にでも雇われる誇りもクソもない傭兵とクソの様な世界を変えようとした少年が同じ場所に縄で繋がれ並べられてることだろうか。

これだけは、可笑しいと感じる。


別段、少年の様に御大層な理由があって闘いに加担した訳ではない。ただ単なる数合わせの兵士として、金を求めて参戦しただけの傭兵だ。

傭兵だからこそ、持っている情報もたかが知れてるし、拷問した所で何の利益もない。

そのため、少年の様に目を潰されたり、四肢の関節を砕かれることも、爪を剥がされる事はなかった。

だからと言って、それだけでは済まなかったが。同胞を殺したため見せしめとして、背の肉か切れるほど、鞭で打たれ、死ぬ一歩手前で放置された。

背を焼き鏝を押し当てられたような痛みは既に消え失せ、徐々に感覚も無くなってくる。

もうすぐ、自分も死ぬのだろう。妙に落ち着いていたが、笑いが止まらなかった。


「全く―――碌な人生じゃ無かったな。」


腹を抱えて笑い転げたい気分だったが、そんな事をする体力など有りはしない。嗚呼、にしても、最良の1日など一度たりと無かった。晴れた日も、曇りの日も、雨の日も、最悪だ。産まれた時だってそうだったに違いない。

一番、古い記憶を辿れば、家畜を見る様な目で見つめてくる母の顔だろう。人間が経営する淫売宿に買われた魔族の母は、避妊などしなかった……いや、させられなかっため、俺を孕み産んだ。

食物は飢え死なない程度に与えられたものの、愛された事など一度たりと無かった。一定の年齢になれば、母親は端た金で少年兵の育成施設に俺を売り払った。別段、母が特別ひどかった訳ではない。

そうやって、産まれた子供たちは大半は売られていった。女であれば淫売宿に、男は少年兵の育成施設へ。そう思うと、男として産まれたのは幸運だろう。訓練は辛いが、命令のまま相手を殺すだけで良いのだから。しみったれた男達の相手をする必要がない。


そうして、少年兵として生きるために戦争に出ていた時だ。相手の軍に捕まって殺されると覚悟したが、何処かの慈善施設に送られた。其処には自分と同じ様な境遇の子供たちが多勢おり、共に勉強をしたり、遊んだりする事が出来たが、それは人の形をした者のみだった。角や八重歯、瞳の色が少しでも珍しいモノがあれば混血児として忌み嫌われ差別の対象とされ、虐められていた。

かく言う自分も人と魔族の混血児だったが、角も八重歯も瞳の色も普通だったため、差別される事なく普通に育ち自立したが―――……。

自立が出来たとしても、職に恵まれる訳でもなく、案の定、傭兵として働く事しか生きる道は無かった。その結果、反魔族組織に捕まり、このザマという訳である。


使い捨ての傭兵に仲間などが助けに来るわけが無く、見せしめとして、傍の少年と共に縄に繋がれ広場に放置された。本来ならば生きたまま火に焼かれているのだろうが、土砂降りの雨のため火を起こすのを諦め、恐らく生き埋めにされる。

そんな運命が待ち受けてもなお、少年は懸命に「自分たちは間違いではない」や「父の決断は正しかった。」と叫び続けたが、徐々にその声も小さくなっていく。

やがて、少年は名前を尋ねて来た。隣に誰がいると、気配を感じ取ったのだろう。


「あなたの……名前は?」

「名前なんぞない。ただのしみったれた傭兵だ。」


そう、名前など有りはしない。初めから、ありはしない。呼ばれたとしても、ただの識別番号で呼ばれるだけだ。そう、俺には何もない。普通の人間が持っている筈のものを何もかも取り零した。あゝ、なんて下らない。

全くもって下らない人生だ。振り返ってみれば、空っぽで、生きた意味がなさすぎて、笑いが止まらない。

大丈夫……?とまた声が聞こえた。


「大丈夫だ…心配する必要はない。それにしても、少年よ、君は何故、こんな事をした?」


ふと、疑問に思った事を口にする。そうすると、少年は穏やかな声音で語る。


「人々が……魔族も…人間も分け隔てなく万遍に……幸せになる世界に変えたいと思って―――例え何がっても、この思いは……変わりません。」


この後に及んで、彼はそんな言葉を紡いだ。

なんて、綺麗なんだろう。拷問を受けた後でさえ、彼の信念は変わっていない。まるで、聖人のようだ。

彼は死ぬべきではない。もっと、生きるべきだ。彼にしかやれない事がある筈だ。

自分のような、クソ野郎と死ぬのは間違っている。

そう、間違っている。

一体、誰が?何が?

答えは、至極、簡単だ……間違っているのは―――人と寸分、変わらない魔族を虐げる人間ども、それを容認する人々、そんな人のため、自分のために虫けらの様に人間も魔族も関係なく殺す俺がいて、弱い者のために立ち上がった人が惨たらしく殺される、こんな世界。


何なんだ、この世界は!なにもかもおかしい!


唐突に怒りが湧き上がる。自分がどんな姿になっても他人を心配し思いやる少年が死ぬこと、こんな終わり方、断じて認めて堪るかと、今まで腹の底に溜まっていたドス黒い何が這い上がり、この世界に存在する何もかもに対して憤りと憎しみを感じる。

この世界が憎くて憎くて憎くて堪らない。あの少年の言葉に耳を貸さず無視する人間が憎い。彼の尊厳を認めない愚か者が憎い。彼があんな惨たらしい姿になっているのに平然とし、嘲笑ってる人間共が憎い。憎い憎い憎い憎い憎い!あんなクソったれ共に、こんなクソの様な世界によって、自分があの少年が殺されようとしている。許すか、許してたまるか!!

殺す!此処に住んでいる人間は全員、皆殺しにしてやる!殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺してやる!お前達の方が惨たらしく殺されて死ねばいい。さっさと死ね。死ね死ね死ね死ね!


――――――手助けしてやろうか?


呪詛を巻き散らしている時だった。何処からか低い男の声が聞こえる。

顔をハッとさせて、声が聞こえる方を振り向けば、なんと、少年の胸に突き刺さっている忌々しく真紅に輝く剣だった。そんな馬鹿な……!そう思った瞬間、笑い声が響く。


――――――別に喋る剣が居たっておかしな事じゃないだろ?手前、魔族の血が入ってる癖にそんな事もしないのか?まぁ、当然っちゃあ、当然か。


嘲笑いながら言う剣対して、ムッとしながら質問する。手助けしてやるとは、どう言う事だと。


――――――お前が殺したいと思ってる奴らを殺させてやる。だから、オレと契約しないか?そこいらの虫共に使われるのが嫌になった。だが、手前には使われても良い気がしてな。契約して鞘になりゃあ、オレがブッ刺さってる餓鬼もお前の傷も綺麗さっぱり治してやる。まぁ、その代わり、お前は死ぬまで永遠に誰かの血を俺に吸わせ続けなければならない訳だが。


返事の代わりに、ごぽりと口から血が零れる。願ってもみない契約だ。あぁ―――だから――――この世界を、何もかも――――ナニモカモミナゴロシニサセロッ!



――――――ギャハハハハハハハハハハハハ!契約成立だ!存分に殺せ!殺せ殺せ殺せェ!殺しまくれェ!ギャハハ……アハハハハハハハ!



そんな耳触りの悪い甲高い笑い声が聞こえたと同時に雨に打たれ冷え切り、死にかけた体に熱がともる。

痛みも何もかも一瞬にして傷が消え失せる。そうして、自分とあの少年を縛っていた縄はもう既に切れていた。





あぁ、ならする事は唯一つ。目の前にある真紅の剣を手に取って、隣に居る少年以外、この街に居るニンゲンを全員――――――ミナゴロシニする。









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