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三十一話  オルディング商会での日々 10 -アイリスの剣術指南3-

一通り形を見せ終わった小次郎は刀に拭いを掛けてから一休みすることにした。



「どうだ、出来そうか?」


はっきり言って小次郎の稽古は地味だ。

其れこそ一般的な武道経験者が退屈すぎて退会するほどに。

一時期、小次郎は市民体育館などで古武術の稽古会を主催していたが体に自信がある武道経験者は殆どが長く続かずに辞めて行った。

辞めてしまう原因の殆どは稽古が退屈、もっと木刀等での打ち合いが出来ると思った等であった。

そもそも、防具を着けずに木刀での打ち合いができるには最低限の技量に達していなければ到底許可できるものではない。

だが、初心者の頃から試合が出来るのが当たり前な武道経験者は中途半端に自尊心が高く出来もしないのに出来る、出来ていると思っているものが多かった…いや、出来ていると思いたかったの間違いか。

そういった訳で仕方なく袋竹刀での稽古を許可すれば、やる事はまんま剣道…教えた剣術の技術など遥か彼方に消え去って、勝った負けただけを求める。

仕方なく戒めの為にコテンパンに打ち負かせば、次の稽古から来なくなり辞めて行く。

残るのは運動が苦手な者や所謂生きるのが下手な不器用者ばかり。

そう云った人達との稽古は、それはそれで楽しくもあったが結局、会員が少なすぎて資金的に辛くなり解散した。

解散後、共に稽古会を引っ張ってくれていた者の中から自主稽古会を主催するものが現れ、会員の半数はそこへ移っている。


閑話休題(それはさておき)


アイリスの目を見詰め過去、生徒達へ教えていた時と同様に説明を行う。


「私が教える武術は低限の躰の使い方と、木刀の扱いが出来るまでは殆ど打ち合いなどはしない。正しい体の使い方や武器の扱い方を出来ないのに、無闇に打ち合い等やった所で意味が無いんだ。最初は物凄く退屈に感じるだろう、だが其れを乗り越えるのも稽古なんだ。私が稽古中に言う事は口伝といって、文字にしても理解できない内容だ。直接その場で都度修正をしつつ、説明するから理解できる内容で、その受け取り方も指導を受ける者の感覚によって変わって来る。言われた事に対し自分なりに考えて私と君の感覚の誤差を確認して修正していくんだ。解らなければ何度でも聞く事、其れに対して私は怒ったりはしない。私だって解らない事だらけで散々師匠に質問したんだ、恥ずかしい事じゃない。いいね?」


《はい、解りました》


「よし、じゃあ休憩は終わりだ」


《はいっ、よろしくお願いします》


立ち上がった小次郎は用意しておいた二振りの木刀を持つと一振りをアイリスへと渡した。


「さて、歩き方の次は素振りだ。素振りと言っても振り回す訳じゃない、正しい持ち方や扱い方の基本を素振りと言う動作の中に入れてあるんだ。まずはやって見せるから良く見ておくように」


地面にブーツで一本の線を引くとその線上に立ちかなり腰を落とした姿勢で正面に刀を構える。


「線の上に前足と後ろ足の親指の付け根が来るように立つ事、姿勢はだんだんと落として行ければ良い、最終的には後ろ足の膝が地面に着く寸前の所で出来るようになるのが理想だ」


正面へ真っ直ぐに伸ばし、木刀を立てた状態から左手を離し、右手首の下に交差させる様にした状態からゆっくりと伸ばしきった腕を真上に持って行く。

右手の親指と中指で挟む程度の力で支持された木刀は上げる腕に合わせて体の横に移動する。

腕を上げきった時に体の後ろに移動した木刀は離されていた左手の同じく親指と中指で挟む程度の力で支持され、下げる腕に合わせ正面に下りてくる。

速度は実にゆっくりとしたものだ。

正面に下ろしきったら左手を離し、今度は右手首の上に交差させてから同じように腕を上下する。


「これが基本の素振りになる。注意するのは腕を曲げない事と手首で木刀を操作しない事。上下させる腕に自然と合わせて動くようにする事が大事なんだ。さ、やってごらん」


《はい》


アイリスは小次郎に言われた通りに線の上に立ち、正面に木刀を構えるが姿勢が定まらずにクネクネフラフラと揺れだした。


《わわっ、あれ?なんで?》


「ははっ、フラフラしてしまうんだろう?最初はみんなそんなもんさ、木刀を構えることすら出来ない、出来たとしても10回も振れないもんさ」


《難しいです。足に力を入れると余計に倒れそうになります》


「うん、そうだね。これは立つのに必要な力よりも余計に力を入れれば入れる程、不安定になってしまうものなんだ、後はさっき教えた真っ直ぐに立つと言う事。これを良く考えながらやってごらんん、最初はまともに素振りが出来ないかもしれないがそれで良いんだ」


フラフラとしながら一生懸命なんとかバランスを取ろうとしているアイリスに近づきスッと崩れている体軸を修正する。


「どうだ、少しはマシになったか?」


《あっありがとうございます。》


「今の感じ、感覚を良く覚えるんだ。そこから崩れるとまたフラフラするから、何でそうなるのか良く考えながらやってごらん」


《はい、うわっととと》


ふらつきながらも何とか体勢を維持しつつ、素振りを行おうとするがそう簡単には行く訳が無い。

小次郎とてまともに体勢を維持できるようになったのは朝晩稽古をして一月以上掛かっている。

師匠に「とりあえず格好だけは何とかなってきたな」と言われたのは半年後だ。


「とりあえずは、歩くのとコレをまともに出来るようになる事だ。私は半年掛かったよ、基本に近道は無いから頑張りなさい」


《は、はいぃ》


フラフラしながら答えるアイリスの正面に立ち同じように素振りを始めた小次郎に一生懸命、真似をして付いて行こうとするが到底真似できる物ではない。

必死な顔を見ながら小次郎は過去、稽古会で指導していた頃に戻ったような気がして、共に学んだ仲間たちの顔を思い浮かべていた。

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