二十七話 オルディング商会での日々 6
街で当り屋に絡まれ容赦のない対応で返り討ちにした小次郎
駆け付けた警備隊と共に詰め所に向かった訳だが簡単な聴取の後、思ったよりあっさりと帰れる事となった。
聴取に先立って、ジョルジュを叩き伏せた件は隊員の誰にも聞かれる事が無かった。
《身元引受人はオルディング商会のクラウス氏ですし、特には問題ありません》
警備隊から連絡が行ったのか、クラウスは直ぐに馬車で駆けつけてくれた。
「クラウスさん、ご面倒をお掛けして大変申し訳ない」
《お気になさいますな》
クラウスへ申し訳なさそうに頭を下げた小次郎だがクラウスはにこやかに答えた。
《それより、本日よりお預かりしました宝石類の鑑定と査定を始めています、量が量なので数日を要しますが鑑定人達が品位の高さに驚いていましたよ》
こちらの世界での人工宝石の価値が分からない為、いまいちピンと来ないが、日本での宝石の値段と同じ程度になってくれれば大儲けである。
「そうですか、それは期待させてもらいますよ」
当面は金銭の心配をしないで済みそうな知らせに隣に座るアイリスの頭を撫でながら微笑を浮かべていた。
《ところで、先程オオヒラ様に付けましたメイドより聞き及びましたが、アイリス様に算術をご指導なさっているとか》
「はあ、まあ・・・始めたばかりなので基礎的な物ではありますが、加算と減算をまずは教えています」
《オオヒラ様は算術の指導が出来るほど算術に明るいのですか》
クラウスからの問い掛けに一瞬戸惑い、ここが地球ではない事を思い出しありのままを話す事にした。
「いえ…そう言う訳ではありません。私の故郷で国が定めた義務教育と言う制度がありまして、どんなに貧しい生まれであろうと9年間の教育を受けなければならなかったのです」
《では、オオヒラ様はその9年間学業を修められたと》
「いえ、その上にさらに3年の12年間ですね。本当はさらに4年ほど上の学校へ行きたかったのですが努力せず遊んでばかりいたので合格できませんでした。いまさらながら、もっと真面目に勉強をしておけばよかったとこの歳になって後悔していますよ」
恥ずかしそうに小次郎は笑った。
《それは算術だけ・・・ではありませんよね》
「ええ、国語・・・語学ですかね、算術・科学・歴史・社会等の教科が最低9年は学ばないといけない事になっていました」
クラウスは驚愕していた。
王立学術院でも最長8年の教育期間なのだ、それ以上は研究職となる。
努力しなかったとはいえ9年間もの間、学業を修めたとなればこの国では特別な研究職と同等並
であると言う事になる。
しかも、聞いたことのない教科もある。
それほどの学問を修めているにもかかわらず、一介の鍛冶職人や行商人の身分でいるなど余程の物好きか変わり者しかいないだろう。
「そんな訳で基礎的な算術・・・加算、減算、乗算、除算の四則演算位なら私の居た国では誰でも出来て当然でしたから、その程度ならば私でもなんとか教えられるんですよ」
《は・・・はは、そうで・・・すか》
もはや驚きと言うよりも呆れが先にたっていた。
一般的な独り立ちした商人でも乗算や除算が出来ない物はかなり居るのだ。
それを出来て当然、基礎的と言われてしまったのだから。
各云うクラウスも乗算は何とか出来ても除算はあまり得意ではない。
帳簿の計算も間違えが出ると収拾が付かなくなる為、乗算は使わない。
そもそも計算式に用いる文字が多すぎて羊皮紙に書く訳にもいかず、木版に書くのだが間違えると一度書いたその部分は使い物にならない、それならば最初から加算と減算のみを用いたほうが能率がよかった。
クラウスは思い切って小次郎へ切り出す事にした。
《オオヒラ様の用いる算術と数字は非常に効率が良く思えるとメイドが申しておりました。アイリス様だけではなく我々にもお教え頂く訳には行きませんでしょうか、勿論それに見合うだけの報酬はお約束いたします》
クラウスからの依頼になんとも自重しないテンプレ臭がしないでもないが、ここで断るよりも恩を売っておいたほうが後々のためになるだろうと小次郎は考え出していた。
「うーん、数字と算術の基礎だけでしたら構いませんよ?アイリスには私の国の文字と言葉も教えていますが、そっちははっきり言って私の能力不足で一人が限界です。クラウスさんには暫く厄介になる事ですし、今なら手も空いてますから何とかなるでしょう」
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「見事な程にコテンパンにされたそうですね」
小次郎とクラウスを送り出し、隊長室に戻ったジョルジュにそう声を掛けたのはステファンだ。
「ああ、まったく持って相手にならなかった。この私がまるで子供の相手をするかの様な扱いを受けるとはな・・・まだ少しフラフラするような変な感じがする。ここ暫く嫌なことばかりで周りを見渡す余裕が無くなっていたな、目が覚めた様な思いだ」
「それは大変結構なことです。目覚めたついでに閣下の代わりに私が代わりに行っている執務に精を出して頂けますと私も楽になります」
「閣下はよせと言っているだろう、もう騎士ではないのだ」
「そうですか、ですが私にとっての騎士は閣下以外にいらっしゃいません」
「まったく・・・頑固なやつだ」
そう溢しつつも嬉しげな笑みを浮かべずにはいられなかった。
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