二十二話 オルディング商会での日々 1
「つまり、オオヒラ様が私に分けて下さる予定だったこの菓子にまで手を付けた・・・と」
「・・・・・・はい」
「で、この量になったと」
「う゛・・・・・・はい」
オルディング商会会頭執務室にて、執務机を挟みクラウスとエレンは向き合っていた。
小次郎からお裾分けと、クラウスへお菓子が届けられたのだがそのお菓子をエレンが手を付けてしまったと自らクラウスへ告白した。
「エレン、君はうちに勤め始めてからそのような粗相は無かったと思うが、いったいどう言う事なのだ?」
名を呼ばれた瞬間、ビクッとしたエレンは事の顛末を語り出した。
「なるほど、そんなにこの菓子が美味かったと、さらにはこの菓子の製法をオオヒラ様がご存知だが調理器具を用意しないと作れない物だと言うのだな」
「はい、オーブンと仰っていました。他にもお国の文字を用いた画期的な算術をアイリス様にご指導なさっていました」
「ほう、私はその画期的な算術の方が気になるな、どういったものか」
「我々が用いるノール文字よりも単純・簡潔な文字を使い計算を行っておりました。実に合理的で数を1文字で表しています、1文字なら1桁、2文字なら2桁の数を表します」
「ほう・・・。今まで数行の計算式が必要だった物が1行で事足りると」
「はい、しかも羊皮紙ではない非常に薄くて軽い物を用いておりました」
「なるほど、彼にはかなりの知識と技術が有るとは思っていたが、片鱗だけでもそれだけの物が有るという事か」
乗っている馬車を始め、納品された商品、そして報告された内容・・・どう考えても常軌を逸している。
どれも商売で大きな利を生む可能性が秘められている物ばかりだ。
だが、それを隠そうともしていない。
彼にとってそれはどうでも良い程度のものなのかもしれない。
そう思うとクラウスは小次郎の知識に底知れない何かを感じた。
「とりあえず君の処分は保留する、オオヒラ様には今後とも我々商会への協力を得られるよう成るべく心象を良くして置きたい、彼らに失礼の無いように」
「承知致しました」
「それにしても君がこれ程の菓子好きとはな・・・む、これは確かに美味いな・・・どうかな?もし、オオヒラ様が菓子の製法をご教授して下さるのなら、製菓部門でもやってみる気はないか?」
冗談に狼狽するエレンを尻目に近いうちに小次郎へ協力を求める機会を設けなければとクラウスは考えるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
とある都市の裕福層が暮らす市街地、そこにある1件の邸宅…敷地は高い塀に囲われ3箇所ある出入り口には武装した門衛が数名、何かを警戒するかのように物々しさを漂わせている。
「なにっ、失敗しただと?」
「ははっ、恐れ多い事ながら」
激高する男に仰々しく頭を下げる執事と思しき老人は実に申し訳なさそうにそう言った。
「何故だ、たった数名の護衛と御者のみだったと言うではないか」
「護衛の始末に思ったより手間が掛かった様で、孤立させた時は此方の手の者も半数になってしまったとの事です」
「それでも5・6人はいたのであろう、御者と彼奴を仕留める事すら出来ぬとは」
「護衛を始末した後から追った者の報告によると彼奴は近くで野営していた者に助けられ、我が手の者はその者にすべて討ち取られたと、なんとも間の悪い事です。しかも、警備隊長のルフトハウゼンが商会まで護衛したとの事、とても今一度手を出せる隙は無かったと」
「ぬううう…忌々しい、こんな事ならばもっと多くの者を差し向けるべきであった」
「それはなりません、その手の者を多く雇えばいずれ漏らす者も現れます、口封じも面倒となりましょう」
「その報告してきた者はどうした。始末したのであろうな?」
「は、既にこの世の者ではありませぬ」
「そうか…それにしても忌まわしい」
「幸い、全ての者に盗賊を装った格好をさせておりましたので夜盗として処理されるかと思われます、ここは一旦手を引きまた別の機会を待つべきかと存じ上げます」
「次はっ…次は必ず成功させるのだぞ!」
「ははっ必ずや旦那様のご希望通りに」
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「あー、買っておいた食糧を処理しないと傷んじまうじゃないか?」
突然思い出した小次郎はそう言い出した。
現在、クラウス邸の食堂にて昼食中である。
一般的な家庭では昼食は殆ど食べないとアイリスから聞いていたが、オルディング商会では昼食は用意されていた。
昼食を取りながらふと、車に積みっぱなしの食料に思いが至ったのだ。
《あ、そう言えばこちらにお世話になるとは思っていませんでしたからそのままになってしまっていますね、どうしましょうか》
「そうだな・・・住む所が決まるまで置いてくれるって言うからな、とりあえずここに全部引き取ってもらおうかな、ニィーナさん如何でしょうか」
小次郎から預かった宝石の鑑定があるからと、昼食はクラウスと別となったのでニィーナとアイリス3名での昼食となったが、食料ならばニィーナに言えば済むだろうと考え同意を求めた。
《食料ですか?どの様な物でお持ちなのでしょうか》
「先日、アイリスの居た村で狩ったレザーバックとか言うやつの肉ですね、塩漬けになってますのでそこそこ日持ちすると言ってました」
《まあ、そうレザーバックの塩漬けですか…量はどの位有るのかしら》
「2匹分は有る筈です」
《なら今夜はそのお肉を使う事にしましょう、どんな料理にしようかしら》
そう言いながらニィーナは給仕をするメイドに話し掛けた。
メイドはすぐさま《まず、お肉を見せて頂きましょうそれからそれからお決めになっては?》と答えた。
食事を終え、メイド達を連れて車に来た小次郎はルーフキャリアに被せた覆いを取りそこに積んだ塩漬け肉を商会の男達に手伝ってもらい全て下ろす事にした。




