第99話 修行初日 午前編
ギルドマスターから昇級試験が行う日が決まったと告げられた次の日、俺達は朝の8時からギルドに訪れていた。
今回の中級冒険者に昇格するために試験を受けるのは全部で九人おり、俺とフールとシルフィア、それから参加できるか不明ではあるがナーグが含まれている。
此処で驚くことにシルフィアがいつの間にか試験の参加資格を取得していた。
聞いたところによると、シルフィアは『デトラの森』で魔獣を結構な数を討伐していたらしく、ギルドマスターから実力があると判断され、俺とフールと一緒に試験に参加できる許可を得ていたのだ。
そんな訳で、試験に向けての修行をするためにギルドの中にある訓練場に向かった。
〜〜〜
「それじゃあ今日から10日間ー、しっかり修行するぞー」
「お、おー…」
ハングの気が抜けそうな掛け声に取り敢えず応える。
俺達がいる訓練場は石畳が隙間なく詰められた闘技場の様なところを出入り口の扉のある箇所と観客席のある箇所を除き高い壁が囲んだ、結構な広さを誇っていた。
「それじゃあ修行を行う前に先ずは準備運動からー」
そんな訳で準備運動から始める。
今の俺達の格好は普段着ではなく、昨日トリックが店の改築をしたついでにと修行の為にだけ製作した着心地や通気性を追求した黒色のジャージを着ており、サイズは丁度良く、まるで長年着続けていたかの様な錯覚を覚えるフィット感だった。
因みに何故トリックがジャージを製作できたかと言うとトリックに何か動きやすい服は無いかと尋ねられた時に教えたからだ。
準備運動は柔軟体操からはじまり、腕立て伏せや上体起こしと言った筋トレ、訓練場の端を軽くジョギングしたりと難なくこなす。
ただ、柔軟体操で座った状態で背中をピンク色のジャージを着たフールに押してもらいながら上体を前に倒す際にフールの大きな胸が背中に押し付けられたり。
上体起こしをしていた時は上体を起こす毎に足が動かない様に抑えてもらっている青色のジャージを着たシルフィアの胸元が見えてしまったり。
あと、ランニングをしている際には二人が俺を挟む様な並びながら走るがために二人の胸が激しく上下に揺れており。目のやり所に困惑してしまう場面が幾つもあり、身体ではなく精神が鍛えられた。
「それじゃあ今から行う修行はそれぞれに別れて行うぞー」
ハングの言う通りに俺とフールとシルフィアにはそれぞれに監督が就き、各自での修行が始まった。
〜シルフィア〜
「それじゃあ早速特訓を始めるぞシルフィア!」
「よろしくお願いします!フォース姉様‼︎」
シルフィアの修行を担当するのは大アルカナで一番の力持ちであり、戦闘狂であるフォースである。
シルフィアはフォースに頭を深々と下げた後、自身の得物である鋼のハンマーを握りしめてから構えた。
「私の特訓は兎に角戦って、身体を戦闘に慣れさせるそれのみだ‼︎休憩時間以外は戦い続けるから覚悟しな‼︎」
「はい‼︎」
何ともフォースらしい修行内容ではあるが、前衛で戦うシルフィアは強い意思を込めた返事をする。
「よし、いい返事だ!それじゃあ何時でもかかってきな!その代わり私は手抜きは一切しない!本気でかかってこい‼︎」
フォースは両手に嵌めた黒鉄のガントレットを構える。
「フォース姉様!全力で挑ませて頂きます‼︎」
シルフィアはそう言うと同時に地面を強く蹴り、スピードを上げて真っ直ぐフォースに向かって行く。
「ハァアアアーーーー‼︎」
シルフィアは自身の攻撃範囲にフォースを捉えると腹に力を入れてフォース目掛けてハンマーを振り下ろす。
<ガキン>
しかし、シルフィアの攻撃をフォースは黒鉄のガントレットを嵌めた片手で何事もなかったかの様に受け止める。
「あまい‼︎」
「<ドスン>、ッウグ‼︎」
ハンマーを受け止めたフォースは躊躇することなくシルフィアのガラ空きになっている腹部に重い拳の一撃を放ち、フォースの一撃を喰らったシルフィアはそのまま十数メートル先に吹き飛ばされて地面に落下した。
「何時まで寝ているつもりだシルフィア!サッサッと立て‼︎」
「ゲホ…ゲホ……。はい!」
フォースの厳しい言葉にシルフィアは殴られた腹を抑えながら立ち上がる。
「いいかシルフィア!絶対に一撃で決まると思うな!もし一撃で決まらなかったらその分隙が生まれる!だから何十回でも、何百回でも、何千回でも敵が倒れるまで攻めて攻めて攻めまくれ‼︎」
「はい‼︎」
フォースのとんでもない力説にシルフィアは迷いのない返事をし、挫ける事なく力強く地面を蹴りながらフォースに向かって行く。
〜フール〜
「ほらー、また魔力が漏れてるぞー」
「…はい」
フールの修行を担当していたのはハングであり、フールは苦しそうな表情を浮かべながら胡座をかいて座っており、目をつぶって精神を集中させていた。
ここまでなら普通の座禅であるが、フールは石畳の上に敷かれた魔法陣の様なものが描かれた布の上で座禅を組んでおり、その魔法陣の様なものは鮮やかな紫色の光を放っていた。
「さっきも説明したけどー、この魔法陣が描かれた布は俺が持っているマジックアイテムの一つでー、『放出魔力測定装置』通称『レインボー』はー、魔法陣の中心に座る人物の魔力を外に放出させてー、その漏れ出た魔力が本人が保有する魔力と比較してどれくらいのパーセンテージなのかを測定するマジックアイテムだー」
ハングはそのまま、目をつぶり座禅を続けるフールに語りかける。
「魔法陣は今ー、紫色に輝いているー。これはフールが保有する魔力の九十パーセント以上が外に漏れ出ている事を示しているー」
ハングが言うにはフールはフール自身の所有する魔力の殆どが外に漏れ出ているとのこと。
「魔力の流出を止めるためにはー、フールが自分の魔力を外に漏れ出さないように抑える必要があるー」
そうハングが説明しているとフールは自分から漏れ出ている魔力を抑えようと奮闘し、それに比例してか先程まで鮮やかな紫色の光を放つ魔法陣が藍色に近づき始めたのだ。
「その調子だぞフールー、今日はこの魔法陣の色を鮮やかな藍色にするのを目標にして頑張れー」
どうやらこの魔法陣の色は大きく分けて七つの色の光を放つらしく、紫>藍>青>緑>黄>橙>赤、の順に明るい色になる程、魔力を抑えれているとのこと。
「フールがアレを使うには自身の魔力をうまく制御しないとー、下手したら街一つが消し飛びかねないからなー、キツイとは思うが頑張れー」
ハングがとんでもない事を言っているもののフールは返答せずに、ただ黙々と魔力を抑えるために奮闘するのであった。
〜礼治〜
フールとシルフィアが修行に打ち込むなか、俺は『風の剣』を使って素振りをしていた。
「もう少し脇を締めてくださいませレイジ様」
俺の修行を担当するのはフールに代わって大アルカナ達のまとめ役を務めているテミスであり、俺はテミスに言われるように脇を締めてから剣を振り続ける。
「その調子で御座いますレイジ様」
テミスはそう言いつつも、細々と剣の振り方を指摘し、俺はテミスが指摘したところを直していく。
俺は今までの戦いでは魔法に頼りきっている傾向にあり、剣自体をあまり振り回しておらず、『風の剣』を剣本来の目的として扱っていなかった。
もしも、魔法を使えない状況になった際に剣術が疎かなものでは戦いようがないので、俺の修行は剣の扱いに慣れることから始まったのである。
「レイジ様、剣の振り方が初期に比べ様になってまいりましたのでそろそろ実践に参りましょう」
それから数百回素振りを行ったところでテミスはそう切り出した。
俺は剣を振るのをやめて、額から流れる汗をジャージの袖で拭う。
「ハア、ハア…。実践ってテミスと剣を交えるってこと?」
息を整えながらテミスに尋ねる。
「はい、そうなりますね」
テミスは肯定すると異空間から木製の剣を取り出した。
「ただ、レイジ様にもしものことがあるといけませんので真剣ではなく、この訓練用の剣を使用します」
俺は『風の剣』を異空間に収納してから木製の剣を受け取り、素振りを数回行う。
剣の重さは『風の剣』と変わりなく、あまり違和感を感じなかった。
「それではレイジ様、早速始めさせて頂きます」
テミスは異空間からもう一本の木製の剣を取り出してから構えた。
俺もテミスにならって指摘された点に注意を払いながら剣を構える。
「それではレイジ様、いつでもどうぞ」
「それじゃあ遠慮なく行かせてもらうね」
互いの言葉が開始の合図となった。
最初は俺がテミスとの距離を縮め、真正面から剣をテミスに向かって振り下ろす。
テミスは俺の初手を横向きに構えた剣で簡単に受け止めてから剣を斜めに傾けて攻撃を受け流す。
初手が止められた俺はすぐさま体制を整えるために一歩下がり、またすぐに攻めに入る。
そのあとは俺が一方的にテミスに向かって剣を振るうも、テミスは最も簡単に攻撃を受け流して行く。
「はぁあああーー‼︎」
俺は上段から大降りに剣を振るおうとしたその時
「懐がガラ空きになっておりますよレイジ様!」
テミスは忠告すると同時に足に蹴りをかましてきた。
物理的に足元を掬われた俺は体制を崩し、地面に腰を落としてしまい、慌てて立ち上がろうとした時にテミスの持っている剣の先を目の前に突きつけられた。
「大丈夫でしたかレイジ様」
しかし、テミスは剣先を向けるのをすぐにやめ、手を差し伸べてくれた。
「ありがとうテミス」
俺はテミスに礼を言ってからテミスの手を借りてその場に立ち上がる。
「レイジ様は攻めを意識するあまり、守りが疎かになっおります」
テミスは注意点を教えてくれた。
「ですので、暫くは攻守の切り替えができるように訓練していきましょう」
「ありがとうテミス、自分も剣の扱いに慣れるように頑張るよ」
「はい!その意気でございますよレイジ様!」
テミスは嬉しそうな表情を一瞬浮かべると、すぐにまた真剣な表情に戻す。
「それではレイジ様、修行を続けましょう」
それから俺はテミスから何度も繰り返し攻めて行き、偶にくる攻撃に倒れながらも根を上げずに攻め続けた。
そうやって俺達は午前中の修行を12時を報せる鐘の音が鳴るまで続けるのであった。