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11月 彼は、魔法使いになった(前編)

 藍澤さんと会って魔法の事を教えてもらった次の日から、ケイウォンは彼女に言われた通りヨガを眺めにするようにしている。日を追う事に成果は如実に発揮されているようで、今では綴れ織りのような紋様が重なった光景が瞬時に見えるようになっていた。

― 見えるだけで、彼女みたい『真実』をねじ曲げる事は未だにできないんだよな ―

 ヨガを終わらせてスマ―トフォンの画面を見ると、藍澤さんからのメ―ルを着信していた。

[ おはよう。焦らず、ジックリ行う事 ]

スマ―トフォンを使い続ける事も魔法を使いこなす練習の一つだと、別れ際に彼女が話してくれた事を思い出す。

― それって、本当なんだろうか? ―

ケイウォンはスマ―トフォンを机の上に置くと、隣に置いてあったメモ帳を手に取った。初めて見た夢の内容を書き留めてから、彼は印象に残った夢の内容をメモし続けている。今まではどれも同じ内容だったが、今日は夢の内容が少し先へと進んだ。

「喉元を掴まれる自分とか、やめてくれよ」

最後の方に書いたそれを読み上げた途端、強烈なイメ―ジがケイウォンの脳裏に現れた。

― どこかで電話をしていた僕は、後ろの暗闇から腕が出てきて首を掴まれる。そして、そのまま闇の中へ引きずりこまれてしまった ―

「夢の中で僕の首を掴んだ、あの手は……」

彼は両目をしっかり瞑って記憶を遡ると、脳裏には自分の首を掴んだ手に重なって見えた綴れ織り状の紋様がハッキリとみえた。

「あれは、路地で垣間見た模様とよく似ていた気がする。こいつが、僕が研究しようとしている”本物”なのだろうか?」

 ヨガを終えて意識の集中を解いても、ケイウォンの目は依然として現実と綴れ織り状の紋様が重なって見え続けている。それで彼も気付いたのだが、暗青色のスマ―トフォンや夢を書き留めている紙に重なっている紋様が他の紋様に比べて強い光を放っていた。スマ―トフォンは多色に変化する光を、紙の方は青白い光をそれぞれ放っている。

― まさか、自分で書き留めた夢を魔法によって存在している真実にねじ曲げているんじゃないだろうな ―

ケイウォンの脳裏にそんな不安が一瞬過ぎったとき、スマ―トフォンに重なっている綴れ織り状の紋様から放たれる光が緑色へ変色した。

「……電話か」

彼がそう口にしてから数秒後、本当にスマ―トフォンから着信音が聞こえ始める。スマ―トフォンの液晶画面にはサ―フィンを一緒にやる友人の名前が表示されていた。

「もしもし?」

通話はものの数分で終わり、終話ボタンを押した後に彼の顔から笑みがこぼれた。

「何だかんだと言って、ほぼ毎週サ―フィンへ行けているのか。回数に比例してメキメキと上達すれば言う事もないのに」

サ―フィンができる嬉しさに周囲への注意を怠ったために、ケイウォンはスマ―トフォンに重なっている綴れ織り状の紋様から放たれる光が、赤色へ変色した事に気づき損なう。

「そうだ、藍澤さんへメ―ルを返信しとかないと」

ケイウォンはスマ―トフォンを操作しつつ、サ―フィン用として一つのリュックへまとめていた荷物の上にウェットス―ツを乗せた。

― サ―フポイントの近くにサ―フボ―ドを預けておけたのは、移動が楽だしラッキ―だったかな ―

 彼女のメ―ルに何処の場所でサ―フィンをするか打ち込んだ途端、ケイウォンは自分の首筋に何か張り付いた感覚を味わう。

「な、なんだっ!?」

綴れ織り状の紋様が見える視界を向けると、彼の部屋に重なっている綴れ織り状の紋様と、どこか別の場所の紋様同士が距離を隔てて重なっているのが見えた。

「何が、どうなって」

ケイウォンの首筋に張り付いた何かが、彼を張り付けたまま強力な力で引きずり始める。それは抵抗できないほどの強力な力で、彼を重なった綴れ織り状の紋様の中へ引きずり込んでいった。

― 夢で見た腕は、これなのか? ―

強力な力で引きずられ続けるケイウォンは、サ―フィン用の荷物に躓いて転倒してしまう。

「藍澤さんへ……で、電話を」

彼自身の腹部で荷物を押さえつけるように床を引きずられると、スマ―トフォンの発信ボタンを押すよりも早く重なった綴れ織り状の紋様に飲み込まれた。

「うわぁぁぁぁあっぁぁぁぁぁぁ!?」

次の瞬間、ケイウォンは部屋のフロ―リングではなくてゴツゴツした舗装の荒いアスファルトのような固い地面へ投げ出された。堅いモノの上へ倒れたショックが彼の体内を浸透し、思わず呼吸が詰まりそうになってしまう。

「一体、何が?」

ケイウォンは呼吸が落ち着くまで軽くせき込みながら、きつく閉じていた瞼を恐る恐る開いてみた。重なった綴れ織り状の紋様へ彼が引きずり込まれたのは昼間だったが、彼を取り巻く周囲はすでに完全なる夜と化している。

「ここは、もしかして……」

恐る恐る周囲を見回してみると、そこはケイウォンがいつもサ―フィンをするサ―フスポットの駐車場だった。彼が身体を起こすと、防波堤の上にいる事がわかる。防波堤の上は、大人一人がどうにか大の字になれる程度の幅しかなかった。

― 変に転がり回らなくて良かったって、そんな事を言っている場合じゃない ―

ケイウォンが手に持っているスマ―トフォンへ目線を落とす。液晶画面に表示中の時計は、すでに日付が変わって深夜を示していた。同時に沢山の不在着信件数が表示されている。

― 今、本来の集合時間を五分過ぎたぐらいなのか!? ―

集合してサ―フポイントまで車に乗せてくれる事になっていた友人へ電話をして謝ると、不在着信一覧に表示されていた藍澤さんへも電話を掛ける。しかし、彼から電話を掛けるときは大抵すぐに繋がるはずなのに、今日に限ってはまったく電話が繋がらなかった。

「まぁ、深夜だから仕方ないのか」

 ケイウォンは気を取り直すと、自分と一緒に引きずられて来た荷物を確認していく。サ―フボ―ド以外のサ―フィンをする道具と着替え、それと腹ごしらえ用のバランス栄養食は問題なく揃っていた。彼が恐る恐るズボンのポケットを調べてみると、幸いながら財布も後ろのポケットに入っていた。

― かなり常識の範囲を飛び越えすぎた事態だったけど、場所も解っているしお金もあるから大丈夫か ―

「ここからコンビニって、意外と距離があるよな」

 彼がコンビニの場所を思い出しながら立ち上がったとき、足の裏が荒い舗装がされている防波堤を感じ取る。ケイウォンは素足であることに深い溜息を漏らすと、コンビニを探しに覚悟を決めて歩き始めた。


*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*


 ケイウォンがサ―フスポットへ通い続けた数ヶ月の中で穏やかな方に分類される波を、ルタ先生はサ―フボ―ドによって曲線的な軌跡を水面に描きながら滑っていく。

― ルタ先生、またタトゥ―が増えたんじゃないか? ―

ルタ先生の上半身に刻み込まれている見事なタトゥを見ても、彼は自分の心を落ち着かせる事が出来なかった。まだ海に入って一時間も経っていないのに、彼はすでに三回も波に巻かれて塩水を飲んでしまっている。

「あぁ、もう」

 ケイウォンは集中できない自分に対して苛立ちの言葉を吐き出し、沖の方へ向いて深い溜息を吐き出した。沖よりも上、防波堤の上に見慣れた人物がいる。

「藍澤さん、電話が繋がらないと思ったら……」

 後ろからルタ先生に呼ばれたので振り返ると、ケイウォンがサ―フボ―ドと共に浮かんでいる場所がベストポジションと言える場所で波が起きようとしていた。

 心臓の鼓動と波長に合わせるように、彼は呼吸の回数を合わせて意識を水平に保とうとする。どうにか視界に波と重なる綴れ織り状の紋様が映り始めたとき、声は聞こえないがルタ先生の口元が動いて見えた。


神と同等たる水と、太陽と、土と……


― あ!? ―

ケイウォンの脳裏で文章が紡がれ終わる前に、身体が勝手に動いて波のスピ―ドに負けないようにパドルし始める。六.二フィ―トのサ―フボ―ドに付いた前へ進む慣性が強まり、ボ―ドが波の上を滑り出した途端にスッと身体が立ち上がった。

 ケイウォンの視界は水面分高くなり、不思議な浮遊感が身体を支配するかのように駆け抜ける。浜の方へ戻ってくるほんの数秒が、彼にとっては数分のような長い時間に感じられた。

「波に……乗った? 乗ったよな?」

ケイウォンを乗せたボ―ドが慣性を失い、ボ―ドごと彼の身体は海へ沈む。すぐにボ―ドをたぐり寄せると、ルタ先生が待機している沖の方へ振り向いた。ルタ先生が身振りで褒めてくれているのを見て、彼はちゃんと波に乗れた事をようやく実感して喜びが身体を駆け廻る。そのまま足首に巻き付いていたリ―シュコ―ドのマジックテ―プを外してサ―フボ―ドへ巻き付けると、ケイウォンは海に背を向けた。防波堤の奥にある駐車場へ歩き出そうとしたとき、小さく手を振る藍澤さんの姿が見えたので、彼は思わず笑ってしまった。


 ルタ先生が上手く波を捉える勇姿を遠巻きに眺めながら、ケイウォンは藍澤さんの隣に腰を下ろす。

「どう、驚いた?」

彼女の言動からして、ケイウォンの掛けた電話には意図的に出なかったようだ。

「どうして電話に出なかったのか、問いただすのを忘れるぐらいに驚いたよ」

彼の言葉を聞いて、藍澤さんは悪戯が露見した子供のように苦笑いを浮かべる。

「君のスマ―トフォンを見たときから、近いうちに具体的な魔法が発動されるだろうって思っていたんだけど」

「何だ、そこまで確信犯だったのか?」

彼女は海の方を眺めたまま、無言で首を横に振って見せた。

「これは、予想外」

― 僕だって、そうさ ―

「これも予想外で、君は誰かに監視されているんじゃない?」

もう一度海に入るために準備をしようとした手を止めて、ケイウォンは彼女の方を見る。

「監視? どうして、僕なんかを?」

「今では魔法に目覚める人も極端に数が減ってきているから、君は自分で思っている以上に貴重で重要な存在なのよ」

― そんな事を言われてもなぁ ―

彼は、ここ数ヶ月の出来事をあれこれ思い出していった。

― 魔法を満足に使えない魔法使いが……貴重? ―

そのとき、ケイウォンの脳裏に一つの不安が過ぎっていく。

「藍澤さんが車で送ってもらったという事は、帰りも僕の乗るスペ―ス無いの?」

「大丈夫、私も残るから」

彼女の言葉に、今度こそ頭の中が真っ白になった。

「何が、どう大丈夫なんだよ!?」

「ちゃんと自分の意志で魔法が使えるよう、コツを教えてあげるから」

その言葉に、何故か車椅子に腰掛けている彼女の下半身へ視線が行ってしまう。

― あのとき、彼女は本当に歩いて見せたんだよな? ―

「……このスケベ」

藍澤さんにからかわれてる事に気付いて、彼の頬は瞬間的に赤らめた。文句を口に出そうとしたが、溜息で押し殺す。

― からかうネタを自分から提供したって、仕方ない ―

ケイウォンはわざとらしく苦笑いを浮かべてみせると、再び海へ入っていった。

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