One day night for Y, who are this story's hero?
1.狂おしいまでの絶望賛美
この手は凶器、この手は狂気。
切り落とせども、それらは離れず。
毒姫にも劣らぬ、この身の業よ。
叫び声が耳から離れない。
怨嗟の声、嘆きの声、この手の異形を憎む声。
腕輪が無ければ、指輪が無ければ。
存在しえないこの躯。
「…っ、やめろ、来るな…っ」
逃げども逃げども、纏わりつく腐臭。
これが業というのなら、いっそ。
「いっそ、殺せっ…!」
そんなこと塵ほども思ってないのに、言葉は勝手に出る。
そして、己の声で飛び起きるのもいつものこと。
「…っは、はぁ…はぁ」
動悸、眩暈、吐き気。全部夢の所為で現実の所為。
「起きましたか」
そしてすぐ傍から聞こえる声。
安心はできないけれど、信用はしている声。…これもいつものこと。
「…いつも言ってるだろ、近づいてくる位ならいっそ起こせって」
「だけど貴方はいつまでも慣れない。自ら望んでそこにいるはずだというのに」
優しげな顔なんて見せない。この男はいつもそう。
…違った、男じゃない。正確には。
見た目は優男だが、中身は無性体。つまりは、男でも女でもない。
それもそのはず、こいつは神様。
神様は性別なんて持たない。…こいつの言うことだから、どこまで本当か知らないけど。
「朝食ができていますよ、ユナニアス」
「分かった」
快活に足音を立てて去っていく奴。名を、ユーグリアと言う。
どこかの哲学者のような名前だと前に言ったところ、笑って「神が人の子の名など使いませんよ」だと。
馬鹿馬鹿しい。だけど。
奴は俺を助けた、何故か判らないけれど。答えを聞いたことはない、いつもはぐらかされてしまう。
「…行くか」
仕方がないので、ベッドから這い上がって着替える。それから扉を開ければ、香ばしいパンの匂いがした。
毎日焼く必要もないと言い続けても、奴はパンを焼き続ける。それにどんな意味があるのか、俺は聞いたことはない。
聞く気も起きない。どうでもいい、俺が死ぬまでは。
…ま、死んだら聞くこともできないか。
扉を開けて、小さなテーブルに着く。すぐにキッチンからユーグリアが焼いたパンが小盛りに入ったバスケットを持ってきた。こんなに朝から食べられるか。
手首と指につけたアクセサリがちゃらちゃらと軽快な音を立てる。面倒な音。
「今日はどうするんですか?」
向い合わせに朝食に手を付けながらユーグリアが言う。どうせどこへ行っても気づく癖に。
「掃除」
「どちらの?」
「西通り」
「わかりました」
端的な言葉でもわかる。付き合いが長いとこういうのが厭で、そして楽だ。
「お前は来るな」
そう言って、もうひとつバケットに手を伸ばす。今日はそこそこ胃に入る日らしい。どうも体調が複雑怪奇の所為で、朝からちゃんと食べるのも久しぶりだ。
「何故?」
首をかしげて問う。そんな風にされても小さな女の子じゃないから、かわいらしくはない。一応、無性だから見れない風貌じゃないけど。
「人に会ってくる」
「成程」
くつくつ嘲う。嫌な笑み。どうせ愚かだと、馬鹿だと思っているんだろう。事実、そのとおりかもしれないけれど。
「だから、来るな」
「わかりました。そのとおりに」
俺はお前の主人でも何でもないんだがな、たぶん。
表面上はいくらでも取り繕える。お前なら特に。
だからお前がそんな風に家事をやっても、俺を起こしに来ても、俺は何も言わない。やりたいならやればいいけど、それに正当な理由なんてつけてやらない。
どうせ、いつか終わる関係だ。狂った神様と狂った人間の哀れな関係だ。
お前の手の上で転がされてる身でも、転がされてるのがわかってる分、まだマシだ。
いつだって、お前が裏切るのを夢見ていられるのだから。
to be continued...?
2.愚者たる所以、その幼き幻想
白煙が上っている。空気が悪いけれど、それさえいつものことだ。
ブーツが硬い音を立てる。コンクリートでできた地面は、この世界には珍しいと聞く。けれど俺はこの町でしか暮らしたことがないから、この世界がどんなものかなんてよくはしらない。死人なんてものが支配していると旅人の噂話で聞いたこともあるけれど、よくは知らない。
ただ死人にはとても迷惑させられているけれど。
硬質な門を叩く。いつもこの門を叩くときは手が痛くなる。叩くんじゃなく、ベルをならせばいいのに、と中に住まう人は言うけれど、あの音が苦手で。
「誰?」
門の奥から声が聞こえる。また外に出てたな?白煙が上がっているときは出ないように言ったのに。
「オストリエラ、外に出るなとあれほど…!」
そう言いかけると、門が開く。出てきた住人の笑みが輝いていた。
「来てくれたのね、ユナ!」
「ユナと言うな…女みたいだ」
ユナニアス、俺はこの名が少し嫌いだ。フルネームや名をちゃんと呼ぶのなら別にかまわないが、略されると正直少女めいた名前に聞こえるところが嫌いだ。
「どうしてよ?ボクはこの名前好きよ?」
「…気持ち悪い」
正直、と付ける。酷いなぁ、と笑う奴。女の癖にボクと一人称を使い、男のような服をする…つまりは男装主義の少女。そして仕事相手。
名をオストリエラ・バーン。この辺りではそこそこ名の知れた巫女だ。
歪んだ世界で歪んだ能力を持ってしまった、巫女という種類の人間。まだ持った能力が“奇跡”ならよかったかもしれない。巫女、国家の飼殺しの人間の名。
「それで?ボクのところに来たってことはー…」
「ああ、件の巫女殺しだ」
だよね、とオストリエラは笑う。それ以外にないが、しかし。
「お前は家にいろ。白煙が上がってるのをお前もわかってるだろう」
「ええー?」
不満の声が上がる。だが至極当たり前のことを俺は言ったはずだ。
オストリエラは気管が弱い。白煙なぞが上がっているときは外に出ればすぐ気管がやられ、息がしづらくなる。そんな奴を掃除に同行させられるか。
「だ、大丈夫だよ。それにほら、ボクがいないと能力介入できないよ?」
「必要ない」
発言を切って捨てたから、オストリエラはいじけている。放置だな、家の中にいるならどうでもいい。
オストリエラが何度も主張する、彼女の能力…能力介入は言葉の通り他人の能力に介入して混乱させたり、乗っ取ったりする能力だ。彼女の場合、その能力が飛びぬけて高く、他の巫女にはできないことをやってのける。そういう意味では同行させるには十分な力の持ち主ではある、けれど。
「今日は情報だけでいい」
「…分かったよ。いっつも甘いよねぇ、ボクにさ」
別に女子供に全般的に甘いわけではないのだが。などと思っていると、オストリエラはいつも使っている書類ケースからホチキス止めしてマル秘と赤で大きく書かれた書類を取り出すと、俺に突き出した。
「あんまりさ、ボクもこういうの渡したくないんだけど、仕事だからね」
「こちらも仕事だ。割り切れ」
「ま、ね」
そう言って、笑う。彼女はいつだって楽しそうに居る。この世界でそう居られるのはとても羨ましいことだと思う。
「じゃあ金はいつも通りに」
「まいどー!なんて。…死なない程度に頑張ってね」
ボクたち死人じゃないんだからさ、と。彼女はいつも言う。死人みたいに殺されても死なないならどれほど楽だっただろうか、俺も君も。
「ああ、分かったよ。じゃあ」
外へ出る。白煙がやはり街を覆っていた。手元の資料さえ見えない、霧のような煙。幼い頃の夢は、もう見れない。
to be continued...?
3.偽りの摩天楼、天を貫きて
被害者は皆、国家の保護下にあり、国家の機関に所属している巫女たち。しかしながら彼らは同じ能力者ばかりでもなければ、同じ機関に所属する者同士でもない。全く不鮮明で不可解な事件。
けれど一つの情報と、オストリエラから渡された資料を突き合わせれば自ずと状況から察する犯行理由辺りは見当がつく。
ひとつ。俺の持つ情報「巫女を殺せるのは原則巫女以外であること」。これは巫女同士でしか分からないことであり、そしてそれを超えて巫女に危害を加えられる巫女は極少数だ。そしてそういう奴ほど得てして金や権力には媚びない。…と推測している。
ふたつ。オストリエラから渡された資料内の情報を抜粋。
『被害者の巫女の半分以上は戦争の被害者であり、残りは戦争の被害者の近親者であり、戦争の被害者は既に死亡していることが分かっている。また、被害者全員が…』
「…緑の目を持つ、か」
ああ、思い出させられる。5年前まで日常だった戦争。国家間の巫女と奇跡の持ち主を全て投入して起こされた、未曽有の戦争で被害。だからこそ、この戦争で傷ついた人々を今は"被害者"と呼ぶ。例えどんな階級であっても、どんな人であったとしても。
それくらい、あまりにも酷かった。それを俺は未だに鮮明に覚えている。
そして緑の目と言えば。一番酷かった南東地方にだけ住まう民族で、今やコミュニティを失い全世界に散らばってしまった眩族の生き残りに違いない。
それ位にこの近辺で緑の目は目立つのだ。多くが群青か漆黒に近い色をしているから。
ここまでこうして考察しながら数少ない共通点ともいえる現場へと向かってはいる。
緑の目の民に恨みを持つものの犯行と、普通なら定義づけていい事件であるとは思う。けれど俺の見解は違う。何故ならば、
「…お前が足を運ぶってことは、とりあえず"奇跡"の所有者ってことだろ」
ビルの陰にひっそりと佇む古びて閉鎖したショットバーの前で全ての犯行は行われていたらしい。未だに死臭がする。何人もの遺体を積み上げた匂い。そしてそこに佇む女からも。
「久しいわねぇ、ボーヤ。いい加減、私のところに来ない?」
けぶる様なストロベリィブロンドの女。けれどその衣装の全てを赤と黒で染めているため、ちっとも可愛らしくは見えない。むしろその背の高さといい、どちらかというと同性からお姉さまといわれるようなタイプではあるだろう。
名をエリザベス・ゲートルード。通称ベッツィ。あの摩天楼のような国家機関の長、つまりは巫女を使う側のトップ。そして俺の知り合い…だろうたぶん。
そしていつもこの女は俺を手のうちに引き入れようとする。一度たりとも首を縦に振ったことはないのに、諦めの悪い女だ。
「断る」
「いつもそうやって一刀両断よねぇ。まぁいいけど」
そう言いながら、両目にかかる眼鏡を外してあたりを見回すベッツィ。こいつがここに出てくるってことは普通の警官たちに手の負えない事件で、そしてそれはつまり。
「…分ってるんでしょ、ボーヤ。貴方に仕事よ」
「ああ」
探偵じゃあない、警察でもない。そして別に此奴の手下でもない。けれど俺の仕事は、こうやって舞い込んできた馬鹿な犯人たちを殺すことだ。
そうして金をもらう。暗殺者と大して変わりはない。ただそれが非合法かどうかくらい。俺の場合は非合法でも引き受けたりするし、合法かどうかなんて関係ないけれど。
要は金が貰えればいい。仕事ってそういうものだろ。
「私たちの予測では今夜、この場所に巫女を伴って犯人らしき人物は現れるわ。仕留めてくれるわよね?」
「何を今更」
仕留めなかったことなどない。そしてその現場を見せたこともない。ただ事後承諾で、金をもらっているだけ。それだけの間柄なのになぜこいつは俺を引き入れたがるのか。
「終わったら連絡する。そうしたらいつもどおりに」
「了解。…そういえば、」
ふと、ベッツィが話を切り上げた。こいつが仕事以外の話をしようだなんて珍しい。
「そういえば、貴方のところの同居人は今日はいないのね。もしかして捨てられたのかしらぁ?」
そういえばこいつと会うときはいつも奴がいたな。と思いだす。
「今日は他に会う相手がいたから置いてきただけだ。それに始終一緒じゃない」
「そうかしらん?」
意味深な顔と言葉。じろりと睨みつければ、ふふふと笑う声。
「まぁいいわ。あの彼によろしく言っておいて頂戴、貴方と別れたら私のところにどうぞって」
「…あいつを引き入れても無駄だぞ」
無能とまでは言わないが、機関に有用そうな能力なんぞ持っていないだろう。…たぶん。
そう言うと、ベッツィは妖艶に笑って唇に人差し指を当てて秘密よとでも言わんばかりの態度で言った。
「ああいうタイプを跪かせてみたいわぁ、お姉さんは」
「……」
そういう意味か。馬鹿馬鹿しい。
「機会があったら言っておく」
「あらそう?じゃ、よろしくねぇ」
イライラする。血飛沫の後の鉄臭さが鼻につく。それがイライラの元だ、きっと。
去っていく赤と黒と金色のシルエットを見もせずに、俺はその場を後にした。
夜にまたここへ来なければならないと思うと、溜息を吐きたくなる。面倒だから家に帰らずその辺で時間をつぶそうかと、近くのカフェを探した。
to be continued...?
4.静寂が君を殺して
硬質な音を立てて、靴底が石畳を叩く。白煙を巻き上げる煙突、その灰を掻い潜るようにして現れる人。
明らかに女性の靴音じゃない。ベッツィのようにヒールの綺麗な音でもなければ、オストリエラのような男装少女の軽いブーツの音でもない。重い体重を支える、けれども軽快な足音は腹を肥やしたような富んだ男の足音でもない。
ちらりと視線をやれば、若い男だった。まだ30前かそれ位の、もしかすると有望と言われているような若い青年。けれどその風貌はあからさまに悪かった。空虚な瞳にぶらりと垂らされた腕。あまりにも、その年嵩には似合わない。
「アンタみたいのが犯人だとは思わなかったけどな」
青年の手には引きずられた少女の姿。既に息絶えていた。犯行現場はここではなかったようだ、ベッツィに言っておこうと考えて。そうして、青年の手から振り下ろされた"何か"を体を片足分ずらして避けた。
「…お前、は」
青年の口から初めて言葉が出る。そしてその手から少女を離して、少女にべっとりと付いた凝固しかけていた血液がそのあたりにまき散らされた。これが死臭と血飛沫の原因かと、頭の片隅で考える。
「仕事しに来ただけだ、あんたを殺すっていう」
朦朧としているようだった。青年はその言葉を聞くと動揺はしていても、逃げようなどと考えに至らないようだった。ただ少し体を揺らして、手に持っていた光る"何か"をぶらぶらと揺らしていた。
「まだ、死ねない…まだ、僕は…」
「その眼、同族だな。彼女らと」
血飛沫をまき散らした彼女は緑の目の持ち主だった。瞳孔が開いて、緑は濁りつつあったけれど。そして目の前の青年も同じ、緑の目。
「同族を殺す、ね。戦争で死んでいった奴のところに送っていってやろうって?まぁどうでもいいけど」
「…僕は、」
まるで空ろ。だけど俺は仕事をするだけだ。別に理由なんて知りたくないし、知る必要もない。ただ狩りをするにはこの青年は弱そうな気はするけれど。
「さっさと死ね」
手首の腕輪を外す。瞬間、両手に紫紺の焔が灯る。その焔を腕を振ることで青年に巻きつけた。焔に呼吸を遮られながら刻一刻と死に近づいて行くように。
言葉とは反するようなその術。けれど青年はもがくことすらしなかった。ただ虚ろなまま、「まだ、僕は…」と言い続けるだけ。
「…つまらない」
こんな大人しくつまらない殺しばかりだったら世の中もっと楽だっただろうに。そう、思った瞬間…手が、千切れた。
「…ん?」
痛みはある。けれど気にも留めずに、紫紺の焔に巻かれていたはずの青年に目をやる。すると青年の手からは金色の刃が出て、自分の腕を切り裂いていた。
「ああ、そういう"奇跡"の持ち主か」
「…ぼく、僕は…」
ぶちりと肉と神経が千切れる音がして、腕が落ちる。不便だとは思えども、混乱もしない。何せこの肉体は再生されたもの。この痛みもとっくの昔に酷く味わったもの。それに比べればどうということはないのだから。
「俺と勝負がしたいみたいだな、アンタ」
金色の刃に紫紺の焔を付ける。けれどそれはすぐ霧散した。どうやら"奇跡"の力で作られた刃らしく、引火しないようだ。
「…仕方ない、俺の本気を後悔しろよ?」
今の焔の出力じゃ焼き殺す前に切り刻まれそうだと、そう思って指輪を外しポケットに入れた。刹那、指先からどろりと肉が腐り落ち始める。
「…何だ、それ…」
青年がやっと人間らしい驚きの声を上げた。それに向かってにやりと笑う。
「"奇跡"っていうのは、こういう代償を伴ってこそ…」
その腐り落ちかけた片手から、先ほどの倍以上の焔が舞い上がる。
「最上の"奇跡"を齎すんだよ!」
紫紺の焔が青年の金色の刃を巻き込む。青年をも巻き込んで焔が爆ぜる。摂氏1000度以上の炎に、青年は動けない。どれほど金色の刃を盾のようにして広げようとその焔が次々刃を溶かしていく。
片手でしか焔を操っていなくとも、どんどん手が腐り落ちようとも構うことなくただ焔を青年が動くたび、逃げようとするたび、そして刃を構築するたびに増やしていく。それは狼が子兎をいたぶるかのような光景にも似ていた。
そして、後は。
そこに灰塵が残るだけ。それから、死んだ少女の死体と。
生きた人が…いや腐りかけの人がひとり残るだけ。
to be continued...?
5.死への渇望は黄昏と共に…
薄闇の中、帰路に着けば既に手はもげ落ちて腐敗が進行中。これは指輪を再度嵌める所じゃないため(というよりも既に指がない)、とりあえずユーグリアに逢わないと思っていると、玄関先にユーグリアが佇んでいた。
「高々掃除位に時間がかかったようですね?」
そう言いながら手のひらを自然に俺の手があった場所に翳す。それだけでもう徐々に腕が、手が、指が復活してきた。こいつの"奇跡"の力の賜物だなと思いながら、復元された指に指輪をはめて、腕環もはめる。数秒も経てば、完全に体が元通りになった。
「別に、大したことはない仕事だった」
「にしては、腐敗させるほどの力の持ち主だったみたいですけど」
焔にも焼き尽くすには時間とか、性質とかある。それが例え前例のない紫紺の焔だったとしても。基本的に俺の焔は腕輪なしで摂氏500度位にしかならない。指輪を外せば無限に膨れ上がるけれど。
「金色の刃の持ち主だった。さすがに焼き尽くすのは骨が折れた、それだけだ」
「成程?」
納得してない顔をして鬼畜に笑う。人を見下したように笑いながら、人を復元させる変な奴。
「もういいだろ、疲れた、寝る」
「かまいませんよ、ベッドメイクはしてありますからどうぞ」
ユーグリアの横をすり抜けて自室に向かう。適当に服を寛げてから、倒れこむように寝る。やっぱりリミッターのような指輪を外して焔を操るのは骨が折れる。正直面倒、やりたくはない。だけどそうしなければこちらが殺されるのだ。
一度死んだ身で、死を怖がるなんて馬鹿げてるけど。
そんなことを考えながら寝たからか、今日は忘れたい夢を、見た。
焼け野原と奇跡が飛び交う場所、それから巫女の戦。全て悲惨、全て骸。
俺もその中のひとつで、ただ少しばかり奇跡が使えるだけの子供。自分の身を守るのが精一杯の愚かな子供。
斜陽の空が俺を照らしていた。骸が積み上げられた場所で、そのひとつになるところの俺を。
けれど、されど。
俺はなぜか、"神"の目に止まった。なんでかなんて、聞いたことはない。
けれど"神"は俺に手を翳し、俺の肉体を瞬く間に復元して見せた。生憎、驚きに悲惨さに絶望に、精神はそう簡単に復元できなかったけれど。
俺はあまり覚えていないけれど、俺はどうやらその時に「ほっといてくれ」と奴に言ったらしい。けれど奴…ユーグリアは放置せず、俺を助けた。
ユーグリアがくれた指輪と腕輪がなければ、肉体がその時に戻ろうとするのか腐り始めるという副作用と自分のキャパシティが異様に小さくなり、力そのものは大きくなるという副作用を伴って。
俺の命は、黄昏時の神様に掬い上げられ、神は俺と同居している。馬鹿な話、愚かな話、胡散臭い話だと思う。
でも俺はそれを受け入れてしまった。生きてしまった、だからこそ自分の生にはそこそこ執着はするけれど、人の死なんかどうでもいい。あの悲惨さを目の当たりにして、人が人を殺すくらい、どうってことない。
だから、俺は…奴に、ユーグリアに突き放されようと殺されそうになろうと生きてやる。
いつか裏切るだろうと思っていれば、おそらく生きていける。依存してはいけない、奴は不明瞭な"神"とやらだ。巫女が聖雫して神降ろしと言うけれど、あんなのが神かと思うと笑いが込み上げてくる。
だから―――…
「…あ」
気がつくと、カーテンの閉められなかった窓からは西日が差していて、黄昏時だということを示していた。もうすぐ宵闇と太陽の合間の時間。俺にとっては復活の時。
「そろそろ夕食だな、起きるか」
たぶんこの時間ならユーグリアが夕食でも作ってるだろうと、階下へ降りることにした。
先ほどまで見ていたはずの過去夢は一切忘れて。
to be continued...?
6.深き愛は狂気へと姿を変え
階下へ降りれば、予想したとおり夕食ができていて、既に報告まで済ませてくれたようだった。その証拠にダイニングには封書が一通置かれている。蝋印は勿論ベッツィがトップの機関のもの。
「おはようございます、ユナニアス。調子はどうです?」
「悪くない。ただ消化器まで少し腐り始めていたせいか、食欲はないな」
「知ってますよ、だから夕飯はこれです」
とろりとしたミルクスープが目の前に置かれて、ああ、と声を上げた。いつも調子が悪そうにしているとユーグリアが作る胃に優しいパンがミルクで煮詰まれたもの。俺はこれが嫌いじゃない。
「報告はあげておきました。犯行理由とかは封書に」
「ああ」
犯人さえ分かればこのご時世、理由なんぞ割り出すのは簡単だ。私怨かそれとも別の何かか。
封書を開けてみれば理由は後者だった。恨みが奴を動かしたわけじゃなかった。奴を動かしたのは、使命感。それも眩族のため、という割と大きなもの。
眩族は稀なる力を多く有する…つまりは巫女や奇跡の持ち主を多く輩出する一族で、それゆえに散り散りになったとしてもその力で生きていける。青年は偶々この都市近くで匿われた一人だったらしい。そして散り散りになった一族を統括するような立場のものであったらしい。そのあたりはさすがに機関でも多くは把握してないらしいが。
青年の目的は全ての眩族を殺すこと。生き残してはいけないと、思ったらしい。眩族の稀なる力をコミュニティの外に出しては、先の戦争のような大惨事が起こりかねないと思ったのだと…青年の側近であったという少年が語ったという。その少年もいずれは青年の手によって殺される覚悟だったと、全ての巫女と奇跡の持ち主である眩族を殺し、それ以外を殺し。そうして自らと側近も死ぬ予定であったと。
馬鹿馬鹿しい。そうまでするなら最初から散り散りなどにせず、集団で自決でもすればよかったのに。そんなにもコミュニティの外に出したくなかったのなら、尚更。
そして顛末はご覧のとおりと、言うわけだ。結果的に青年は全ての民を殺せず、俺に殺されて終わる。ことの原因を側近に話されて、全て明るみに出て、おそらく緑の目の民は保護されるか何か…青年のような思想をもつ物や逆に利用しようと企む国も出てくるだろうが、それなりに生きていくことになるだろう。今と、殆ど変わることはなく。
種族愛に似た、一族のためという…その心構えはいいと思うが、独りよがりだな。
封書を燃やして(決まってこの封書は読んだ後燃やすことになっている。一応機密文書だからな)、ミルクスープに手をつける。熱過ぎたスープはちょうど良い温度までぬるくなっていた。
「…納得できる結末など、誰にも在りはしないんですよ」
いきなり目の前から声が上がった。ミルクスープを食べていたはずのユーグリアからだ。まるで封書を事前に読んでいたかのような言葉。
「読んだのか?」
「まさか。ですが、透視位は夕食を作るのと同じくらい簡単にできますよ」
そうだった…こいつは神と名乗るくらいの得体のしれない奴だった。透視位できても不思議じゃない。もしかすると、バレないように封書を開けた、という可能性もなくもないが。
「それで、それがお前の感想か?」
「そうですね、そう捉えてもらって良いですよ。いつだって人間は突き進むことしかできない。停滞する人間のほうがよほど素晴らしいと思うんですけどね」
つまらないものですよ、人間なんてのは。と言う言葉は、まるで遥か高みから俺たちを見下ろしているような。まるで本当の神のような、そんなイメージを持つ…神様のようで。
そして慈悲の生き物なんかじゃなく、まるで世界というものを全て諦めているような…そんな生き物に見えた。これに本当に言葉が通じるのかさえ疑わしく思えるほどに。
「貴方はそうならないでくださいね、ユナニアス」
「は?俺は日々突き進んでるぞ?お前の嫌いな人間だが?」
そう切り返せば、くすりとユーグリアは笑った。いつもの優しげな笑みじゃない。馬鹿にしたような見下したような、そんな笑み。
「いいえ、貴方はいつだって停止している。進んでいない、いつだって同じことの繰り返し。それが私にはとても好ましいですよ」
そう笑う、その生き物が。
狂った天使の果て…まるでサタンのように見えた。
to be continued...?
7.華美なる惨禍、見届けよ君
昨日と同じ道を行く。彼女の家へ、大豪邸というほどではないけれどこの辺りでは一等大きい巫女として手を汚して積み上げた金で建てたという家。
それに後ろ暗いものもなければ、可哀そうだと思うこともない。彼女が選択した生き方ならそれもありなんだろうと、そう思うだけ。
でも、ああして常に笑っていられるのは何故なのだろうと、時折思う。
前回と同じように家に入る。来るのが分かっていたのか、茶菓子と紅茶が準備されていた。
「それで?もういい加減ボクをメッセンジャーにだけ使うのやめない?」
「何故」
彼女が俺に提供するのは情報とそれから、ベッツィと落ち合う場所。そうしてベッツィから仕事を受けるため、彼女が情報を提供するということはすなわち仕事…殺しだ。
それを嫌がる様な少女めいた性質ではなかったと思うのに、今更何故。
「だってさ、ボクだって色々できるのにつれてってくれないしー。それに、ベッツィとばっかり仕事してると他から仕事こなくなるよ?いいの?中立っていうか、どことでも仕事するのが売りでしょ?」
売りねぇ…とため息と共に吐きながら、紅茶を飲む。ベッツィ…エリザベスの愛称は数多あるがベッツィと呼ぶのは、本人曰く俺とオストリエラだけらしい。なぜかは知らない。
「どことでも仕事はする。だがベッツィ以外から仕事が今あまりないから暇だしな。どうせ内乱だろうが」
「…マフィア共も裏側で組織立ってる奴らも、そろそろ国家に出だしできる状況じゃないしね。ま、あそこは別だろうけど」
オストリエラの言葉に首肯する。あそこだけは別だ。
国家規模で犯罪とも違うとも言い切れないことをやってのける国。元は小さなマフィアにすぎなかったというその国は、戦争で功績と土地を手にいれ、戦争後どこも痛みを飲んで這いつくばっていた頃にどこよりも早く復興の目標を掲げた後に、どこよりも早く立ち直って貿易と犯罪に手を染めた国。その国の名を"アラスティア"という。
「国家体制が戦後より大分整ってきた。ベッツィが俺に仕事を頼むのも今が一番多いだけで、後は減っていくだろうな」
国家が不安定な時代はもう終わりを迎える。復興も5年もあれば良いようになる。そうすれば全ての整備が整っていく、そうして警察も増えるだろう。復興にしか目が向かなかった政府が、犯罪を減らすことに目を向けるようになる。つまりはそういうことだ。
そんなことがどの国家でも起こっている。だから裏社会の生き物はどんどん生きにくくなる。ただし、
「…頭のいい奴、変化を好む奴は別だな。柔軟に時代の波に乗って色々遣る奴はどこにでもいる」
「知ってるよ、目の前の子がそうだもん」
おい、それは俺のことか。
「別にー?…あ、そういえばユーグリアさん元気?この間買い物してるときに会ったけど」
「ユーグリア?」
何故ここでユーグリアの名前が出る。俺たちは今世界情勢について話してたような気がするんだが?
「だって思い出したし。ていうか、あの人もアンタも5年前から本当に変わらないよねー、女の身としては妬けちゃうよ」
「男装してる奴が女の身とか言うな」
変わらないのは当たり前だ。奴は永遠を持ち、俺は腐敗したただの死体が動いてるだけ。リビングテッドに近く、そして人に近い生き物。この腕環と指輪が無ければ腐り果てる死体。
きゃらきゃらと笑うこの子も、いつかは腐り果てるだろう。ただそれが早いか遅いかの違いでやってくるものだから。
「いいなぁ…若づくりの秘訣は?」
「好きな時に寝て、好きな時に仕事する位だ」
「成程?」
笑う、笑う。それが心地いい。この家…いやオストリエラの傍だけは笑顔が絶えない。家に帰ればユーグリアが笑っているけれど、あの笑みに浸されてはいけない。あの空間を良いものだと思ってはいけない。どうせ"永遠"を持つ奴なんて、結局は…と思うから。
永遠は死んでいるも同じ。だからこの世界で永遠を持ったやつなんていうのは死人と呼ぶ。つまり、この世界は…永遠を持った不老不死の奴らに支配されている、世界。
アイツも同じ、支配する側の人間だ。だから心を許してはいけない。5年間、そうやって生きてきたんだからこれからもそうなるだろう。アイツが、俺の家からいなくなるまでは。
「じゃ今度ユーグリアさんにでも教えてもらおっと!」
「好きにしろ」
この日常が非日常に見えたとして。
災厄に惨めな位に浸っていた5年前よりかはずっとマシだと思う。例え、これが紛い物だったとしても。
to be ontinued...?
8.永劫の時は全てを寂びつかせ
それは俺が知りえない情報、世界、または時間と事項。
永劫の時を手に入れた奴らのみ、知りえる何か。
だから俺は知らない。その時起きたことを。だから俺は知るはずもない、奴が何をしていたかなんて。だから。
俺は語り部にはなれない。ここで語られるべきは…、
私。この私が語るべきだろう。だからここは、私のみの話の事象。私の内を語ることとしよう。
私は歩いていた。同居人の彼…ユナニアスは出かけている。いつも情報役として仲よくしているメッセンジャー、幼馴染と彼が認識している少女の元へ。
まぁだからこそ、私はこうして一人で出かけているのだけど。彼が家にいるならば、私は出かけていないだろう。
一昨夜にかけて彼の手で掃除が行われた西側の裏通りとは違い、東側の裏通りはあまりに霧が立ち込めているために、あまり人が通らない。殺人を犯すにも春を売るにも、普通に買い物をするにも…兎も角何をするにもこの霧に似た白い煙は人には有毒だ。
もちろん、私にも。しかしながら私には浄化装置染みた能力故にこの煙を物ともしない。普通の人からすれば羨ましがられるそれを、私はどうとも思わない。
不意に…いや意図して見上げれば、石造りの塔の上、そこに白いものが見えた。実際には白いものではなく、白いコート。この白い煙が充満する白い街で、白いコートなんて奇特なものを着る輩はあまりいないというのに。
その存在がいるのを確認してから、足に力を入れて、飛び上がった。ただ石畳を蹴り上げただけだけれど、私の躯は宙に浮き、青い空の上に浮かぶ。そして塔の外壁の上、人が乗るには狭いその場所に降り立った。
目の前には下から見上げていた白いコートの少年。まだユナニアスと同じ年頃に見える、けれど本当はそうじゃない。私と同じ、永劫を得た者。
「久し振り、ユーグリア」
「本当に久しぶりですね。どうしたんですか、貴方が私に会いにくるなんて」
白い少年の名はナズグル。少年独特の可愛らしい笑みを浮かべる彼と、ユナニアスは似ても似つかない。けれど私には似ていると錯覚してしまう。
その姿がとても潔くて。その高潔さがユナニアスにとても似ていると思うから。
「それで?私を呼んだ理由はなんです?」
そう言うと、ナズグルはくすりと笑った。
「顔を見にきただけなんだけど…ダメかい?」
そこでダメと言えば、この子供っぽい子は泣くだろう。間違いなく、嘘泣きだが。
「…それは嬉しいですけどね。本題は?」
「これ」
渡されたのは一枚のディスク。永劫を生きる者にしか使えない…というか、使う装置を持っていないもの。
永劫を生きる者たちの組織から提供されるものであり、この世界のことが記されたディスク。
「ああ、すみません。頼んでいたものですね」
受け取って、それを日に翳す。するとディスクの表面から立体映像が浮き上がった。見慣れたものだけど、この世界の殆どの人々はこのディスク自体を知らないだろう。何せこれは永劫を生きる者の占有物。他には明かされたないものなのだから。
浮き上がった映像は世界の縮図。そしてその情報は脳裏に示され続ける。もちろん、ディスクをこうして日に翳せば何度でもみることができるのだけど。
「それで知りたいことは分かった?」
「ええ、とりあえずは。アラスティアはまだ永劫を生きる者を殺しているみたいですね。逃げ続けるこちらも面倒だというのに」
アラスティア、マフィアによって統治がなされ、マフィアのための国家。いわば犯罪国家と取られることが多いけれど、私たち永劫を得た者には違う印象だ。
それは追う者。私たちをひいては永劫を得た者を追う存在。そうやすやすと殺されることのない私たちでも、アラスティアの持つ武器でなら、私たちは殺せる。
何せ私たちはユナニアスと大差ない。死人を生かしているだけ。ただその方法がユナニアスより安易で、そして適合性が低い。…ああ、大昔にいたとかいうヴァンパイアなんて種族にも似ているかもしれない。
「…じゃあ、行くね。ユーグリア、もうコミュニティには帰ってこないの?」
ナズグルはさみしそうに言う。分かっている、年齢相応ではないとはいえ、私たちの中では一番年齢は低い。だからこの永劫も彼にはまだ苦しむ余地がある。
「すみません、まだ暫くは…ごめんなさい。アニュラスたちに遊んでもらっててくださいね」
「アニーは可愛いけど…もう人があんまりいないんだ。みんな殺されるか、それか組織にいる」
「そうですか」
仕方のないことなのだろう。所詮私たちは統治者ぶった淘汰されつつある生き物だ。私も彼も、彼女らも。この子が悲しむのもわかる。だけど。
「ごめんなさい…」
「…ナズグルは大丈夫。じゃ行くね」
そうしてまるで飛んで行くようにして消えてしまった彼。そして残された私。
私にはもう寂しいと思う心さえなくなってしまった。
惰性で生き、そしてひとつの躯を拾い上げた。そしてそれを大切とも思えない。私はただひとつのことしか覚えていないから。
だからきっとユナニアスのことも忘れてしまうんだろう。彼もまたひとりにして、私は逝くんだろう。そういう、きっと定めなんだ。
それが寂しいとは、私は思えない。
to be continued...?
9.決別は永訣となりて
さて、ここでまた語り部を戻そう。
彼から彼へ。イレギュラーな語り部にはご退場願おう。
これが正しい道、正しい語られ方。
なぜならこれは、"彼"のための物語。
オストリエラの家から出て、ぶらりと西通りへと足を運ぶ。表通りは限りなく明るいのに、裏通りを行けば、この前殺した男の死臭がすることだろう。
通りを歩いていると、軽い音を立てて指輪が転ぶ。どうやら人にぶつかったみたいだ。
「…あ」
声を発したのは俺がぶつかってしまった少年だった。この街には珍しい白いコートを着た、俺と同じくらいの。少し俺より年下かもしれない、若干表情が幼く見えた。
その少年は俺の手から離れた指輪を拾うと、はい、と手渡してきた。
「悪い」
そう言うと、少年はじっとこちらを凝視してから、顔色を変えた。苦しいのか悲しいのか、それとも怒っているのかよくわからない、兎に角苦々しい表情で。
「その指輪、」
「これか?」
少年はじっと俺の手を見る。そして口を開いた。
「それ、捨てた方がいい」
「…は?」
何を言っているのか、わからなかった。
そうして戸惑っているうちに少年はもう一言、言葉を吐く。
「それは君から力を永続的に吸い取り続けてる。長生きしたいなら、捨てて」
それだけ言うと、少年は白いコートを翻して、白い霧の中に消えて行ってしまった。
「なんなんだ…」
これは俺を生かすもの。腐敗の力で、俺を永続的に生かすもののはず。ユーグリアがくれた、俺の力を制御するための道具なのに。
何故、少年はこれを見ただけで捨てた方がいいなんて…。少年は占い師か何かなんだろうか。
「…ま、いいか」
気にしても仕方がない。
これは気にしてしまえば、自分の存続とか自分の力とかを疑うことになる。それではもう俺は俺を信じられなくなってしまう。
だからこれでいい。
そう、思っていた…しかしそれは、すぐに覆されることになる。
白いコートの少年の手によって死んだ、目の前の小さな少年の死体によって。
「あ、見ちゃった?」
可愛らしく言う、その姿。先ほど見た白いコートの少年。そしてその手はコートが真っ赤に染まるほどの、鮮血。そして壊された頭蓋が転がっていた。胴体はなし。おそらくこの白いコートの少年に壊された…のだろう。
「…お前、暗殺者か」
胸騒ぎがしたとか不審な雰囲気がしたとか、そんなことは全くなかった。ただいつも通りがかりにパンを買う店に寄ろうと、道を曲がっただけだった。
しかし目の前に広がった鮮血と先ほど別れたはずの白いコートの少年。
そしてそういう職種の少年かと思って声をかければ、ううん、と否定する声が返ってきた。
「するわけないじゃん。君はそうみたいだけどね」
「……」
どうしてそれを知っているのかなんて愚問だ。大きな組織の奴は大抵知っている。その子飼いの暗殺者…いや、マフィアの部下とかだったなら知っていてもおかしくはない。
「殺すのはいいが、俺の目が届かないところでやるか、早く片付けろ。通行の迷惑だ」
「あ、うん」
白いコートの少年はぱたぱたと無意味に動いてから、あ、と声を上げて口笛を吹いた。何を呼ぶ気かと思えば、鳩でも呼ぶのか。そう思った俺の思考は微妙に当たっていたらしい。
何せ、舞い降りてきたのは梟だったのだから。
「アニー、これを」
そして梟の足に小さなメモと印の入った紐を結び付けると、羽音と共に梟は飛び立ち、その場が静まりかえった。…俺が言葉を発するまで。
「その梟で片付けでも呼ぶのか」
問いかけると、つい今しがた殺しをしたとは思えない先ほどと同じ明るい声で、少年は答えた。
「うーんと、かたづけって言うか…持ってってくれるんだ」
言葉だけを聞けば、恐らく死体を持ってどこかに捨てるなり分解するなりを行う人がくるんだろう。闇グループにはそんな役割の奴もいると聞く。
「そうか」
そう言って踵を返そうとすると、ねぇねぇ、という声と共にジャケットの裾を掴まれた。…その血に濡れた赤い手で。
「おい、血の付いた手で触るな」
「あ、ごめん。気がつかなかったや…」
そうして手をひらりと揺らめかせた。…それだけで少年の手は綺麗に…そう、血なんてどこにあったのか分からないほどに綺麗になる。ただのふくよかな少年の手に。
奇跡の類の、その力。これが奇跡の力以外でないなら、頭蓋を破壊し、胴体の消えた死体を作るのも容易なのかもしれない。全て憶測でしかないが。
「君さ、ホント、さっきの指輪は捨てた方がいいよ」
「まだ言うか」
何を言うかと思えば…またそれか。
「だって危ないもん。あ、じゃあさ、今の言葉を覚えておかなくてもいいから、もうひとつだけ覚えてよ」
「…何だ?」
この少年の言うもうひとつに釣られて足を止める。
少年は先ほどよりもとても無邪気に笑って、言った。
「ユーグリアに伝言。『アラスティアの後継を見つけたから殺しといたよ』って」
「…え?」
なんでここでユーグリアの名が。
そう思って声をかけようとした瞬間、またも少年の姿は掻き消えた。
to be continued...?
10.血塗られた心の煩悶
何の冗談だ。なんで、奴が。
そう思うと同時に、納得もした。奴が俺と一緒にいたのは俺を隠れ蓑にするためか。
何をするのか、何をしていたのか知らない変わりものの自称神様。
アラスティアとどんな関係があるかなんて知らない。だけど。
これだけは言える。
奴が嘘をついていようと、真実を言っていようと。
俺には関係ない。何故なら俺と奴が何かの関係であったことがないから。
「それで何の冗談だ?」
帰るなり一応問いただすことにした。家にはライトがついていて、リビングへと続くドアを開ければ奴がいたから。別にいなければ聞かなかったのにな。
「何のことですか?」
すっとぼけてるのか、それとも本当に聞いてることが分からないのか。どちらか分からないから、とりあえず言った。
「白いコートの少年から伝言だ。『アラスティアの後継を見つけたから殺しといたよ』だと」
「成程、穏やかでないようで…」
くすりと笑う。俺と同じ、殺し位じゃ同様なんかしない。
「それで何が『何の冗談』なんですか?」
そしてこちらを見る目。いつもと同じ、なんの熱もこもっていないような機械みたいな目。だからこいつとは一緒に…5年も暮らしていても、心を分け合うとかそんなことは一切拒絶してきた。こんな目をする奴にロクな奴はいない。
そんな奴に、今俺は初めて問いただすなんてことをしている。自分でもおかしいと思う。
「白いコートの少年と知り合いだってことはどうでもいい。お前、アラスティアの後継を殺すような敵対マフィアか何かなのか」
永遠を得たもの…死人の組織のようなマフィアがあるのかと思って、そんな言葉を吐いた。ついでに白いコートの少年はその組織の一員かとも聞こうかと思ったが、それはやめた。別に聞いてもどうでもいいことのような気がしたからだ。
「マフィアではないですよ。ただ彼は仲間で、たぶん私の意を汲んでそんなことをしちゃったんでしょうね」
「ということは、アンタはその仲間の中では上にいるわけだ。…神様が笑うな」
神を名乗る奴に皮肉って言ったはずなのに、当の本人は別段気にした風もなく、ただいつものように笑っていた。
「…貴方が言うようなそれらしい神様は遠い世界には"いる"らしいですけど、この世界にはもう居ませんよ」
「もう…ね」
前に居たみたいなことを言う。神なんてどこにも居やしないのに。
「ええ、私には確かにいましたから。残酷で血塗られた、神様がね」
まるで自分がその神とやらに弄ばれたかのような発言。
「その神をアンタが騙るのはいいのか」
「ええ、もう私は神ですから」
そう言う奴を俺は誤解していたのかもしれない。
神を騙っているのだと、奴は嘘の塊だと思っていた。いつかどこかに消えてしまう詐欺師なのだと。
でも違った。
本気でこいつは、神様とやらになった気でいるんだ。
自分で言った"残酷で血塗られた神様"とやらに。
馬鹿げてる。
to be continued...?
11.劫火は煌めく華となりて昇る
この手に宿るのは紫紺の焔。それなのにこの炎は白い炎よりも、高温を誇る。
やろうと思えば一瞬で人を消すことのできる力。
恐ろしいと何故か思わなかった。恐ろしいと思えば、この力を捨てることも。この身を捨てることもできたのに。
生まれたときから、俺はこの力を恐ろしいとは思ったことは一度もない。
例え、その焔が自分さえも焼き殺したとして、俺はたぶんその時も何とも思わないんだろう。
この身に宿るは劫火かもしれなくても。
そんなことを考えていたのは、やっぱりまた人を殺すのに高圧力での焔を出したからかもしれない。と、ふと思う。
考えているこの最中も、俺の両手は伸ばされて人に向かって炎を吐きだしている。じわじわ苦しめるように焼き殺してほしいとのお達しだから、それなりの高温でそれなりに焼いている。
俺にとっては鳥を焼いて食すときとあまり気分は変わらない。ただただ作業的に殺していくだけ。何人でもそれは同じ。ただ、
「…目の前にいる奴だけだと思うなよ!」
大仰な動作のもう一人に対しても炎を揺らめかせる。それでも刃が早い。間に合わない、と思う瞬間。
背の後ろから黒いコートの男…ユーグリアが飛び出した。…何であいつがいるんだか。
そしてその手をもう一人に向け、腹から分解している。そういえば、白いコートの少年のやり方と一緒だな、なんてどうでもいいことを考えている俺。手を振り払って焔を消した頃には、俺を狙ったもう一人も、俺が消し炭にしていた幾人かも死んでいた。
「…なんでいるんだ」
ぱん、と手を叩きながら、手のひらに付着した油と肉片を落としていくユーグリア。その姿は堕天使だなと場違いなことをまた考える。珍しく、思考が彷徨っているみたいだ。
「ちょっと心配になったので、つけてみました。よかったじゃないですか、後で治療するようなことにならなくて」
「それはそうだが」
先日の一件からも、ユーグリアは何ら変わらない。変わったのは俺がユーグリアを見る目だけだ。
ユーグリアの一挙一動は変わらないはずなのに、俺が変わっている。停滞していると云った、ユーグリアの発言に矛盾するな。俺はいつだって変わり続けているのに。
「何人も焼き殺したみたいですけど、これで終わりですか?」
「ああ。そういえばあとから来た奴は…」
俺を狙ってユーグリアに胴体を粉々にされた奴を見やる。…しまったこれじゃあどこの奴か分からない。
「ユーグリア、復元できるか?」
「これをですか?」
酷く厭そうだ。珍しい。そういう好悪なんて感情、ないのかと思ってた。
「どこの奴か、こいつは知らないからな。一応調べておく」
「…分りましたよ」
しぶしぶ俺の言葉に頷いて、ユーグリアは手をそいつに触れさせる。触れたところから青白い光を持って体が復元される。…そういえば、体を復元したら生き返るんだろうか?
「こいつ生き返るのか?」
「いえ、面倒なので形だけ復元させて、内臓その他は消えたままにしておきます。どうせ衣服や持ち物を調べるだけでしょう?」
ユーグリアの言うことは当たっているし、その方が楽なのでそのまま頷いて衣服を調べ始める。バッジの紋章や持ち物からして、おそらくアラスティアのマフィアだろう。だがそんなに地位は高くないな、大事なものを持ちすぎだ。普通、中流でもマフィアは自分の身元が分かるようなものは持たないのに。
「アラスティア、だな。ユーグリア、心当たりは?」
聞くときっぱりと否定の声。
「私関連ではないでしょうね。私を狙うなら、もっと巧妙にやりますし…こんな下っ端は使いませんよ」
「成程。じゃあただの雇われ…か、他の繋がりだな」
分かり難い関係図での殺しは面倒だ。こちらに降りかかる火の粉の予測が立てづらい。まぁそれでも全て焼き尽くしてしまえばいいだけのは話だが。
「そういえば今日は半月ですね」
不意に帰り道でユーグリアが声を上げた。
確かに今日は綺麗な下弦の月。それを思い出して、手を胸に当てた。
「…しまった」
「何がです?……ああ、」
ユーグリアは得たりとばかりに頷く。
「変化の夜ですね。全く、面倒な日に殺しなんてやりましたね…こうして日を跨ぐ前に終わったからよいものの、日を跨いでまで殺しをやっていたなら、身体能力が変化して遣り辛いでしょうに」
そう、俺は性別が変化する。と言っても、生前からではない。この腐体を手に入れるまではちゃんと男だった。
しかしユーグリア曰く、復元によって生き返ったときに、俺の体にイレギュラーが発生したらしい。力が不安定で制御の指輪を必要とするのも、この微妙に性別が揺れ動く所為だ。
「体はそこそこ軽いが、やっぱり邪魔だなこの胸。それから筋力が足りない」
「5年も毎月そうなんですから、いい加減慣れてくださいね」
女でも身長は相変わらずだけれど、やっぱり身の軽さや筋力の少なさなんかは違う。自分の性別が違うだけで、こうも勝手が違うのかと最初はかなり驚いたことを未だに覚えている。
「…この性別も焼き尽くせればいいのに」
「無理ですよ。無謀なこと考えないでください」
ぽつりと呟いた言葉を隣にいたユーグリアはしっかりと聞いていたようだ。
でも思うのだ。世界を焼き尽くすより前に、自分をと…。
この力がどうあれ、この身がどうあれ。
絶望に彷徨う夜は、何度でもやってくる。特にこういう変化の日は鬱になる。
「寝るといいですよ、全て忘れて」
そう言って、いつも慰めのような言葉をくれるユーグリアを俺は幾度拒絶してきただろうか。これは…こいつはもしかしたら、ただ神様になりたがってるだけの馬鹿な奴かもしれないのに。
冷たいように見える風貌も、ただのブラフだったとしたら?
そんな考えが頭をよぎりながらも、いつか去っていくことに変わりはないと…思う。思い込まなければ、縋ってしまいそうで怖い。
だからこの夜も同じことしか言わない。
「…いらん。酒でも飲んでいるさ」
「そうですか」
気にした風のない言葉。
俺を焼き尽くすのは、俺でなく。
もしかするとこいつなのかもしれないと、ふと。
そんなことを思って、今夜も酒と眠りに逃げた。
to be continued..?
12.腐敗の星夜を嘆きて
昔聞いた話だけれど、金は腐食しないのだそうだ。
宝石はものによっては数百年…またそれ以上までもったとしても、いつかは腐って土に、というか石に還る。気の遠い年月をかけても、それらは腐るのだ。謂わば宝飾品も死ぬ。
ならば、金緑石は。
二色の色をもつ、けれど金には遠いその宝石はいつまで腐らず…死なずにいられるのだろうか。
仮初の女体でも、柔らかさもそのまま…元は男だとは思えない肉体。
ユーグリアにも予想外だと云わしめたこの肉体を彼奴は調べようとはしないが、興味はあるようだった。最も、別に肉体にではなく、ただそのイレギュラーな奇跡に対して。
「今日はいつもよりご機嫌斜めみたいですね。そんなにその躯は嫌ですか?」
躯が嫌というよりは、そういう風のユーグリアの反応が嫌だった。
まるでどこかの令嬢にでも対するような仕草に、言葉。どれもこれもがムシャクシャする。
そんな気分のまま持て余していると、あまり静かでない音でドアを叩かれた。
「どなたでしょうか?」
すかさずユーグリアが答える。すると扉の向こうからとても明るい声が響いてきた。
「ボクだよ!オストリエラ!ね、開けてってば!」
その声を聞いてユーグリアがくすりと笑って、こちらに意を聞くような視線を向けてくる。その視線に首肯で示してやれば、ユーグリアは笑って扉を開けた。
「こんばんは、オストリエラ様」
「こんばんは、ユーグリアさん!…ユナは不機嫌だねー、あ、もしかして…」
挨拶もそこそこに、オストリエラはにやりと笑ってまるで猫のようにがばりと俺に抱きついてきた。
「ちょ、オストリエラ…!!」
「ふふっ、やっぱり!今日は女の子の日だったのね!」
その言い方は弊害が起きるからやめろ。と何度言ったかもしれないのに、彼女はいつだって同じように言う。…それは女性として言うな、頼むから。
「いいなー、ボクも男の子になれたらいいのにー」
「…勘弁してくれ」
そんなことが起きたら、これ以上暴れまわるだろう。その被害は俺に行くに決まっている。
「オストリエラ様、夜陰に紛れて当家に来るなど…何かあったのでしょうか?」
ユーグリアがいつものようににこやかに問いかける。その言葉を聞いて、オストリエラが「そうそうそう、」と俺を抱きしめていた腕を外して、自分が持ってきたバスケット(ご丁寧に俺に突撃しに来る前にテーブルに置いたようだった)の中から、お菓子やら何やらを取り出している。
「お星見しましょ!」
なんとまあ可愛らしい誘いだ。いつもならどこぞの組織に潜入して、ちょろっと能力を奪ってきたいとか、どこぞのマフィアの小金を掠め取って家にプールを作るだの、荒唐無稽で乱暴なことにつきあわされることが多いのに。
今日は可愛らしくも大人しい誘いに、逆に驚いた。
「それでそのようなバスケットをお持ちなのですね」
「そうなのっ!今日は白煙も上がらないし、きっと綺麗な星空が見えるね」
星空…俺達奇跡の使い手、巫女たちも忌むべきもの。
俺達の力の根源は星だと謂われている。もしくは他の世界だとも。定かではないけれど、夜空の向こうにあるものだと寝物語に聞かされるような話だ。
だからこそ、俺はあまり星空が好きじゃない。忌むべきものだということよりも、あの星々が俺の罪を赦さないように、見張っているように、思えて仕方がない。
―――?
まて俺は何を"赦されない"んだ…?
何を俺は忘れている…んだ?
「ほらほら、ユーグリアさんがシートとか用意してくれたから、丘の方に行こうってば!聞いてるーユナぁ?」
「ああ、悪い。今行く」
はしゃぐオストリエラが遠い。ユーグリアは…いつもどおり冷めた目をしているだけだ。よかった、この不調は、この混乱は気付かれていない。
気付かれれば、過保護なのか貶めたいのか分からない言葉で俺のことを構うだろう。どうせまた拒絶するのに、奴はいつも同じことの繰り返しに気付いているのか気づいていないのか。
そうして、また。
不安定な体が映し出す、不安定な過去に惑わされる。
星空を眺めながら見た、腐敗する夢の中で。
to be continued...?
13.独り眠り逝く、金色の夜
さて、これは彼が眠りについた後の話。
星の海の中、少女と従者といる中で眠りについてしまった後の話。
だから語り部は彼ではない。
例えて言うならば、これは彼の物語の欠片でありながら、不要なもの。
分かりやすく言えば、番外編。または…次の物語への繋ぎ、間章とでも呼びましょうか。
だからこれは彼の物語ではなく、彼女の物語の一部。
「ねぇ、ユーグリアさん」
静かな寝息を立てて、隣で寝ている幼げな顔。幼馴染のユナニアス…前はそんな名じゃなかったのに。この男によって名を変えられ、姿を変えられ、そして。
「なんでしょうか、オストリエラ様」
「ユナが好き?あ、上辺だけの好きはいらないから。それと無感情、ってのも受けれないよ」
男が言葉につまる。彼はユナを助けたつもりで、そして自由にさせているつもりだ。全て"つもり"なだけ。彼の真意は見えないし、そしてボクから見れば彼は執着している。その冷めた目の向こうで。
「…そうですね、とても可愛らしい方だと思っていますよ」
「アレが可愛いって思うのはボクだけの特権だったんだけどなぁ」
以前は全て男の子だったけれど、可愛らしかった。いつだって力に怯えて、力を使うことに恐れを抱いて。力を持つ人も、苦手だった。
けれど無鉄砲で、ハラハラさせられたのはいつもこっちだったのに。この性格は全て消えた。そして違うものが浮き出てきた。…冷徹そうに笑う、優しさが少しだけにじみ出る。けれど静かに行動することが多くなった。無鉄砲さは冷徹さに変わった。
この男が変えた…この男が、ユナを救ってくれたことによって。
「貴方がユナを救ってくれたことは感謝してるの、これでもね」
熱い紅茶を飲む。この男が入れた紅茶、美味しいけれど暖かさはない。心の籠らない、紅茶。
「ねぇ、何でユナなんか助けたの?」
「なんか…とは。幼馴染をなんか、呼ばわりですか…」
呆れたような声、諌めるような言葉。なんか、なんてつけたいのはアンタの方でしょう?
アンタにとってユナが何か、ボクには見えないけれど、ボクにわかることもある。ひとつだけ、だけど。
「見かけほど、貴方はユナのこと見てないわけじゃないよね」
「…さて、どういう意味でしょう?」
静まった氷の海のような瞳、顔は笑っててもけして眼は笑っていない。そんな男がユナともう5年も暮らしている。
そして少なからずボクも関わった。関わってしまった、この男と変えられたユナに。痛みしか伴わない、関係に。
ユナは冷めた考え方をしようとしてる。関わっているけれど、大事なものにならないように。
5年前まで日常だった戦争から後、ユナは大切なものを持たないようにしているんだと思う。そして裏切られるにせよ、死なせるにせよ…去ってしまうにせよ、どうでもいいと思えるように。
「…そうですね、まず、最初の質問にお答えしましょうか」
くすりといつものように笑う。笑みの絶えない男の底が、見えない。
「とても誇りに満ちた、死に様だったからですよ」
「…え?」
彼は一度死んだ。そしてこの男に生き返らせられた。けれどそれに至る経緯をボクは知らない。彼が何をもって死んだのか、ボクは文面と彼からの言葉でしか知らない。
「それからもうひとつの質問ですが、私はそれほど優しい人間ではありませんよ」
「でも、」
貴方は、5年も彼の傍にいたじゃない。
「ですが、私は彼をとても良い人間だと思います。彼は永遠に停滞している…死人でもないのにね」
笑う彼の姿にぞくりとした。この男を怖いと初めて思った。…この柔らかな笑みの男を。
「…なんなの、貴方は」
怖い、怖い怖い怖い。この人を本当に5年もの間、ユナと一緒に住まわせてよかったのだろうかと、今初めて思う。
けれどその男はさらりと言った。
「私は―――ただの神様ですよ」
神というものがあのように恐ろしい笑みを浮かべる人だから、この世界は混沌としているんだろうか。
それとも世界が混沌としているから、あんな男ができあがるんだろうか。
ボクにはわからない。でも。
あの男がユナを助けて、ユナの傍で守ってくれてることは事実。
それがどんな痛みを、悼みを齎すものでも…違えようのない事実。
真実は、ボクにはわからない。
当事者でないボクにはわからないまま。
ボクの金色の髪の毛だけが、夜空に舞う。
to be continued...?