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乙女心と秋の空(前編)

 今日も今日とて満員電車。秋は祝日が多いから電車が楽なんだよなぁ、と思いつつ、平日の満員電車を我慢する。

 朝一番の電車内椅子取りに勝つことができ、朝からツイてると車内を見渡した。

 いつも思うが…マンガ雑誌しか持たないで電車に乗っているスーツ姿の人の職業は何だろうか。

 どうでもいいことを思いつつ、訪れる微睡みに素直に従った。



「もっと良く考えてから依頼してよ!毎回当日キャンセルされると迷惑なの!」

 珍しく訪問介護部門の間宮が声を荒げていた。声からわかる、間宮のイライラ具合。驚いてパソコンの画面から顔を上げると、間宮の向いている先には篠原の姿があった。

「分かってるよ!仕方ないじゃない、本人が具合悪いって言ってるんだから。」

「じゃあ、利用者本人の体調が良くなったらケア(ヘルパーの派遣)依頼しなさいよ!」

「それは…」

 篠原は、あっさり言い負かされていた。間宮は仕事にかける情熱が強い分、利用者やヘルパーが蔑ろにされるのを一番嫌っていた。その、一番嫌だと思っていることを篠原にされた、と端から見て思えた。

「…なんか、今日の間宮は迫力が違うな。」

「ハンパなく荒ぶってますよね。今日は絶対に近寄りたくないです。確実に流れ弾に当たります!」

 高木先輩の声に、迷うことなく賛同した。

 美人は怒ると迫力まで加わるんだなぁ…と、どうでもいいことを思いつつ、机に置かれている書類に手を伸ばした。

 デイサービスや訪問介護からの個別援助計画書、研修の案内、福祉関係業者からの案内やチラシ、そして訪問介護の新規依頼の返答。間宮の字で依頼を受ける旨が書いてあった。

 開始日と内容などを確認していると、ふと訪問日の箇所で思考が停止した。


 俺、水曜日に依頼したっけ?

 あれ…、入浴介助頼んだ記憶がないんだが。

 水曜日は、同じ法人内のデイサービスに入浴ありで依頼して…依頼書はデイサービス担当の宮坂に渡して。間宮には火曜日の午前中に自費の通院介助を単発(一度だけ)での依頼をしたような…。

「高木先輩、これから訪問介護に用事ないですかね~?」

「おっ、何かしでかしたのか?今一番あっちには行きたくないなぁ。」

 顔を見合わせて苦笑いすると、手元の新規依頼の返答を見せた。

「記憶にない返答が来てまして。変なテレパシーでも送っちゃったのかもしれないです。」

「おいおい、ヤバイな電波系。……だが、大丈夫だ!その依頼、俺のだし。」

 高木先輩が返答の紙をピラピラと振っていた。そこには、俺の依頼内容が書かれており、『対応可』となっていた。高木先輩の顔と紙を交互に見ていると、ニヤニヤしといる。

「美人のお叱りなんて、今や金で買う時代だ。良かったな、無料で。」

「はぁ?」

 高木先輩に手を捕まれ、依頼の返答用紙を握らされた。

「よし!行ってこい。」

 そう言うと、高木先輩は満足げにパソコンに向かった。


 えぇ~!パワハラ…!?


 今だピリピリしたオーラを出している間宮を見ると、一歩が出ない。手元には、ちぐはぐな依頼回答書。

 ふぅ…。

 小さく息を吐くと、俺は訪問介護部門に足を向けた。



「あ、あのさ、間宮。」

 決してビビっている訳ではないが、小さな声で間宮の背中に声をかけた。

「何?」

「いや、あの…俺と高木先輩の依頼がごちゃごちゃになって返答してあって…その、…『はぁ?』」

 段々尻窄みになる俺の声に、重なる間宮の不機嫌な声。

 こえぇぇ~!!と、内心思いつつ、無言で2枚の依頼回答書を差し出した。

「何?合ってるじゃない。」

「いやっ…定期の依頼は高木先輩で、俺は単発。俺、入浴はデイサービスに頼んでるんだよ。」

 控え目に伝えると、間宮に依頼回答書を引ったくられた。書類を確認しながら机に向かう間宮の背中を、息を吐きながら見つめた。

「…あっ、本当だ…。」

 パソコンの画面を見つめ、間宮の声が漏れた。

 間違っていたことを分かってもらい、内心ホッとしてしまった。

「頼むよ~。俺、変な電波送っちゃったのかと思ったよ~。」

 …これが、俺が『残念なイケメン』と言われている所以なのだろう。

「あのさ…こっちは新規の依頼を受けるのに、必死でやってんの。もっと分かりやすく依頼してよ!」

 明らかにイライラしている間宮の顔を見ると、理不尽さを感じる。

「間宮…何があったか知らないが、自分のフラストレーションを他人にぶつけても、なんの解決にもならんぞ♥️」

 俺なりの、『頑張れ』の意味を込めて、最後にハートがつくくらい可愛く言ったのが…まずかった。

「樋山、あんたの依頼…受けないわよ。」

 グシャリと悲惨にも握りしめられた依頼回答書。ごみ箱に勢い良くなげすてられた。


 えぇぇぇぇぇぇ?!

 俺ぇ…?


「間宮、いい加減にしろよ。少し休憩してこい。」

 俺と間宮のやり取りを見ていた、訪問介護の主任兼管理者であり、間宮と同じコーディネーター(ヘルパー=ケアワーカーの派遣調整や契約等を行っている役職)の谷原さんが割り込んできた。

「でも…。」

「樋山と高木は、うちで指定した依頼書に書いて渡して来てるだろ。間違えたのは、うちのミス。」

 間宮にそう伝えると、谷原さんは俺には優しい笑みを向けた。

「悪かったな、樋山。高木の分も改めて調整して返事をするな。…間宮、行ってこい。」

 シッシッっと追いやるような仕草を見た間宮は、黙って席を離れた。


 何とも言えない気持ちを抑え、俺は自席へと戻った。



「…らしくない。」

「は?私に喧嘩売ってんの?」

「お前に喧嘩売るなんてどんだけ勇者なんだよ、俺は。」

 昼飯の時間と言う大変幸せな時間につまらなそうに定食をつついている、間宮の前に昼食のネバネバ丼を置いた。

「減らず口…。」

 返事をしてもらえるだけ良いかと思い、目の前の納豆、オクラ、とろろ、角切り長芋、めかぶ、なめ茸、卵黄が入った盛りだくさんの丼をぐちゃぐちゃに混ぜた。

「樋山、やっぱり残念な奴ね…。」

「は?ぐちゃぐちゃに混ぜるからこそ、旨いんだろ!胃に入れたら一緒かもしれないが、あえて混ざりあった味を舌の上で堪能するのが本物のグルメなんだよ。」

 どや顔で熱く語るも、間宮の呆れた顔が返された。

 午前中のトゲトゲした雰囲気が心なしか和らぎ、ふと間宮の顔を見た。


 ………あっ。


「間宮さ、ピアス増やしたんだな。右耳の。いいな、それ。」

 間宮の右耳を指差し、キラリと控え目に光るピアスを指差した。

「アメジスト…だよな?」

 マジマジと間宮の顔を見ていると、ちょっと気になるところを発見した。間違い探しの最後の間違いを見つけたような、ちょっとだけ嬉しくなるのは俺だけか…。

「目…いつの間にコンタクト『樋山さ~ん!外線11にスマイリー田中さんからお電話です!』」

 間宮はコンタクトにしたんだなぁ、と伝えようとしたが、電話によって遮られた。

「なんか、売れない芸人みたいだよな~。社名と繋げて呼ぶと。」

 ちょっと笑いつつ、ネバネバ丼を惜しみつつ、テーブルを後にした。

 その時、間宮がどんな顔をしていたかなんて、気にもしていなかった。それ位、俺にとっては日常の一コマだった。



「樋山、今日…付き合ってよ。」

 デイサービスのバスを見送っていると、ふと後ろから声をかけられた。ちょっとだけ、ぶすっとした顔の間宮に少し驚いた。

「ご機嫌斜めじゃなかったっけ?」

「…行くの?行かないの?」

「あ~…悪いな。今日は先約があるんだよ。」

 素直に行けないことを伝えると、明らかに落胆して見えた。なんだか此方が悪いような気分になる、がっかりした間宮の顔。


「…ん~、まぁ大丈夫か。間宮、今日は日勤?」

「そうだけど…今日は無理なんでしょ?」

「まぁな~。今日は、友達との定期的な集まりなんだよ。けど、間宮さえよければなんだけど、一緒に行く?」

 うつむいている間宮の顔を覗き込んだ。

「1人で帰る気、しないんだろ?気分転換しよ~ぜ。」

 自分より少しだけ小さな間宮の頭をポンポンと優しく触れた。

「…ありがと。」

 小さいが、了承した旨の返事を聞き、事務所に足を向けた。



 定時にそ~っと帰るあたり、小心者なのかもしれない。

 間宮と向かったのは、お気に入りの海鮮居酒屋…その名も『ぐるぐる』。ふざけた名前を裏切る新鮮な魚料理と半個室。悪友たちと集まるには、最高の場所だ。

「ここ、初めて入るわ。」

「あれ?来たことない?めちゃくちゃ魚料理が上手いぞ。」

 キョロキョロしている間宮を引き連れ、店員に教えてもらった半個室「ヒラメの間」に顔を出した。

「悪い!遅れた~。」

 暖簾を開けると、いつものメンツがこちらを見ていた。

「お~!…ってお前、女連れてくんなよ。」

「珍しいな、お前が女連れなんて。」

「なんだ、いつもとタイプが違うのな。趣味変わった?」

 間宮の顔が真顔になっていくのがよく分かる。

 いつもの、悪友たちの洗礼だ。

「悪いが、こちらは彼女ではございません。会社の同期です。悪意を向けないように。めっちゃくちゃ怖いんだからな!マジで!!」

「あんた…やっぱり残念な奴ね。」

 言葉と真逆にキラキラした顔で嫌味を言う悪友たちを見ながら、間宮は呟いた。

 

 

 



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