エイプリルフール
夫人は、友人をお茶会に招いた。今日はエイプリルフール。
夫人は、今年こそ友人を驚かせてやろうと思っていた。
にこやかなメイドが紅茶を運んできた。音もなく、スッと並べ、音もなく立ち去る。
「ありがとう、マリア」夫人はメイドに声をかけた。
メイドは感じのよい笑顔で会釈した。
「ごゆっくり、お楽しみください。失礼致します」
「いつ来ても、立派な豪邸ね」友人は呟き、うっとりと目を細めた。「あら、あなた……髪形を変えた?」
夫人は自分の髪の毛を撫でながら、「分かる?思いきってばっさり、ね……そういうあなたこそ、今日は雰囲気違うんじゃない?」
「え、まあ……化粧を変えてみたの、すっぴんに近いのよ。お顔に負担をかけないし」
「お顔で思い出したけど、こんな話をご存知かしら?」ティースプーンでぐるりと紅茶をかき回して、夫人はあくまでもさりげなく語り始める。「どこかの科学者が、絶対に泣かない赤ちゃんを造ったお話よ。泣き声をあげないどころか、涙も流さず、いつも笑っていたそうよ。なんでも、皮膚がひきつり縒れたような醜い笑顔で、誰にも愛されず、素顔を隠して、今もどこかでひっそり暮らしているとか……」
「エイプリルフール、でしょう?」友人は肩をすくめる。
夫人は頷き、不満気に続けた。「なによ、もう少し付き合ってくれてもいいじゃない」
「そういうジョークはもうたくさんなのよ、去年も、その前も聞いたし……」
「それじゃあ、貴女がお話ししてよ」夫人が口を尖らせる。
「もう話したわよ、今日はすっぴんに近いって嘘を……」
言いながら、お面を剥がした友人の素顔には、縒れたような醜い笑顔が……。
「奥様、奥様……」笑顔のメイドに揺り起こされた夫人は、すっかり気を失ってしまっていたらしい。「ご友人は帰られましたよ、エイプリルフールとお伝えするようにと……」
夫人は悔しくて堪らなかった。友人そっくりのお面と、醜い笑顔のお面が無造作に転がっていたからだ。
「まったく、作り話にむきにならなくてもいいのに」夫人は呟く。「あんなに気味の悪いお面まで被って……」
メイドはニコニコ笑っていた。「ご友人も驚かれると思ったのですが……1枚上手でしたね」
「せっかくあなたに教えてもらった作り話なのに、残念な結果になっちゃったわ」
そう言って、深く溜め息をつく夫人を見て、メイドは思わずクスリと笑ってしまう。
「奥様、そのお話を覚えていて下さったのですね?とてもうれしいです」
夫人はぐぅっと伸びをしながら「あーあ、なんだかどっと疲れたわ、マリア、紅茶を一杯もらえる?」と、欠伸まじりに言った。
「かしこまりました。すぐにお持ちします」メイドは笑顔で会釈した。
「ところで奥様、その気味の悪いお顔というのは、作り話じゃありませんからね……」
まさかと驚き固まる夫人を前に、メイドがお面を剥がした。
「こんなお顔じゃありませんでしたか?」
再び気を失った夫人を見て、メイドは縒れた醜い笑顔で、いつまでもいつまでもけらけら笑っていた。