八章
目の前に立つのは一人の少年。年齢は自分よりも一つか二つほど下に見える。
「お前、何者だ?」
俺の問いかけに対して、じろじろと舐め回すような視線が向けられる。
「へえぇ、アンタもヨロイを持ってるんだ」
「な……お前……」
俺の驚きに対しても気にもとめずに言葉を続ける。
「今ものうのうとここで生きているてことは、アンタも管理局側でしょ。でも、ボクはちょっと違うんだよね。アンタとは別のサイド……アンタと同じでアンタと違う立ち位置」
ぺろり、と舌なめずりをして俺に歩み寄る。
少年の雰囲気は、ある程度力を持った人間の持ち合わせるものだ。何度かキチンとチカラを制御した人間と対峙したことがあるが、完全に暴走したヨロイと同等それ以上の力を持つ。
「管理局とは違う……おい、それどういうことだ」
俺がそう言えば、目の前から少年の姿は消えていた。
「管理局にも裏があるんだよ」
背後からの声、背中に感じる気配は少年のもの。とっさに、体を反転、バックステップで距離をあける。
一瞬、気配が消えたと思ったら……コイツ。
「いいね……驚いてる驚いてる。僕は君の上にいるんだよ」
再び視界から姿が消える。そして、鋭い衝撃の直後に体が後方に飛ぶ。隅にあるゴミ捨て場に叩きつけられた体をとっさに起こす。先ほどまで抱えていた少女の温もりは既に消えていることも同時に理解できた。
「くそ……やられた……!」
五メートルほど前には、うなだれる少女を抱える少年。口元をにんまりと歪ませる。
「残念だね、お姫様はいただいていくよ。……今までのことは忘れて余生を楽しんでください、でわ」
そうして背中を向ける少年。
――凛渡お兄ちゃん。
そう呼んだ少女を連れて行く。それは絶対に許せないことだと体が反射する。
――ブルー!
――もうできている。
もっとも危険なやり方だが、ブルーを直接体に寄生をさせた。心を蝕まれる可能性も高くなるが、どうこう言ってられない。
血管が太く浮き上がり、瞳は青に染まる。爆発的な音を立て、地面を蹴り上げた。一歩、足を踏み込むだけで、俺の右手は少年の肩をつかんだ。
「待て、その子をどこに連れて行く」
少年が首を傾ければ、軽く笑む。
「そうか、アンタがブルーか。なんだか、ボク楽しくなっちゃったよ」
つかんだ肩が消える。ブルーのチカラで敏感になった神経が伝える。わき腹をヤツが襲う。
「なかなか、動けるじゃん」
少年の鋭い蹴りを右腕でガードした。腕に激痛が走る。痛みに顔を歪める暇もなく、少年の懐に蹴りを放つ。しかし、それは空間を震わせるだけで感触はない。ここで追撃の暇は緩めない。地面を蹴り、今先ほど視界に捉えた少年を追う。先ほどまでは目で追うこともできなかったが、ブルーの寄生で身体能力が上昇した自分なら相手に反応して追いつくことも可能だ。
「おいでよ、ボクに」
「逃がすかよ」
頭上に高く飛び上がる少年は、ショッピングモールの壁に着地すれば、壁を蹴り上げてさらに上へと飛び上がった。
これ以上、奴の好き勝手はさせない。俺も奴に習うように高く飛び上がり、重力を無視して壁を駆け上る。
自分が何故ここまで奴を無我夢中で追いかけるのか、それはまず間違いなくあの少女があそこにいるからだろう。それはやはり疑問の答えを俺が知りたいからだ。なぜ、あの子は俺の名前を知っているんだ。俺の妹は心一人じゃないのか、分からない。だが、俺はあの子を守りたい。それだけは確実に分かる真実だ。
※
「お兄ちゃん、どこ行ったんだろう……」
一言、財布を投げられ茶でも飲んで待っていろと言われ、かれこれ三十分は経つだろう。言われた通りに普段からよく利用するお店でお茶を飲んでいるのも飽きてきた。なにより、女の子一人を放置するとはなにごとだろう。……兄からしてみれば、ただの妹かもしれないが。
一緒に頼んだケーキも残り一切れ、紅茶も三杯目に行くところだ。甘く優しい香りも一人では味気ないものだと、今更ながら身にしみる思いだ。
探しにいこうかな、普段と様子が違ってたみたいだし……一度、電話をしてみるのが得策だろう。脇に置いたバッグから、桃色カバーで覆われたスマートフォンを取り出してみれば、着信履歴から兄の名前を見つけて発信。耳に当てると呼び出し音声。
「どこをほっつき歩いてるのかしら、うちの兄は……」
小さくそう呟けば、店の外に視線を向けても見知らぬ人が行ったり来たり。急にこみ上げる不安を取り払うように、電話へ集中した。




