最終章 ―そして、それが鎧の力―
気がつけば、海の底にいた。様々な種類の魚達が頭上を泳ぎ、足元を見ればイソギンチャクや見たことのない濃い青の海草が漂う。
不思議な感じだ。海の中なのに呼吸もできる。しかし、この海が偽りのものだとも理解している。上を目指して泳いでも結局はまた海の底に帰ってくるのだと直感的に分かる。
「目が覚めたか?」
背後からの声に振り返る。そこには一人の青年。青色の短髪、バランス良く完成された筋肉、穏やかな目。これがブルーなのだと気づく。
「ああ……ここはどこなんだ。俺は死んだのか」
「半分死んでいるが半分生きている状態。今、ここはブルーの中で作り出された空間だ」
「俺はヨロイになって死んだと思っていたんだが」
そう、俺は確かに原初との戦いで記憶も体も失った。そのはずだ。
「そうだな普通のヨロイならここまでで終わりだ」
「普通のヨロイならって、お前は特別なのか」
ブルーは苦笑して首を振る。
「違うさ、特別なのは俺じゃなくてお前だよ凛渡。お前は俺との契約を果たした。俺の妹を幸せにしてくれた。今までヨロイの契約を果たした人間はいないんじゃないか」
人間の望みと引き替えにヨロイはチカラを与えてきた。俺の目の前にいるブルーは自分の望みを求めた。それはヨロイとしては異質な存在だが、それがどんな影響を及ぼすのかイマイチピンとはこない。
「分かるように説明してくれ。俺がお前の契約を果たしたのは分かったが、それは何になる」
「……契約には見返りが必要だろ。原初を倒した際に俺は奴から創造するチカラを学んだ。その学んだことを活用し俺の存在と引き替えにお前を生き返らせる」
その言葉に俺は思わず笑みが零れる。しかし、すぐにその言葉は決して手放しで喜べないものだと気づく。
「でも、お前は死ぬんだろ」
ブルーは鼻で笑う。
「なんだ、俺のことを心配してくれるのか。俺のことなら構わない。俺は五年前のあの日から死んでるのと一緒だ。もう俺は生き返ることができない。なら、大切な妹を任せられる男にこれからのことを頼もうと思ってな」
少し申し訳なさそうにいうブルーの表情は年相応の青年に見えた。ブルーはもっと年齢が上に感じていたが、プライベートな彼はもっと年齢に近い面の方が多かったのかもしれない。
これ以上都合の良い話がないと知りながら、俺は問いかけた。
「……その創造のチカラはお前には使えないのか」
「使えないな。お前も知っているだろうが、俺のチカラは結局は学習するだけだ。ここまでできただけでもかなりの幸運だ」
諭すようなその口調から嘘のようには思えない。ここまで言う以上は本当にラッキーなことなのだろう。
「――分かった。俺はどうしたらいい」
「ありがとう、話が早くて助かるよ。だが、君は何もしなくていい。君を完全に生き返らせるためには時間が必要なんだ。そして、俺もまだやらなければいけないことがある」
「ああ、心達に会えるなら何十年でも待つさ。……だが、お前のやらなければいけないことってなんだ。まだ何かあるのか」
俺の不安が視線に出たのかもしれない。しばらく俺の目を見返せば、ゆっくりと頷いた。
「この世への存在の執着が強いヨロイがまだ生きている。完全覚醒したヨロイ達のことだ。奴らは暴走状態を過ぎてしばらくすれば原初のコントロールから解かれるらしい。奴らがなにもしないならまだいい……だが、生き残った奴らは君の妹を狙っている。彼女のチカラを目的に。幸いだが、今の俺は原初のチカラを学んでいることもありこの世界では一番強いヨロイともいえる。だから決めたんだ、俺はお前が生き返る前に奴らを全て倒す」
俺はその言葉を聞いて舌打ちをする。
この男はまだ戦い続けようとするのか。時代は新しくなろうとしているのに、まだ誰かの為に……今度は俺の為に。
「ブルー、お前はそれで幸せなのか」
ブルーは即答する。それが当たり前であるように。常に考えているように。
「幸せさ。俺はこれしか生き方を知らないかもしれない。だけど、これが俺の幸せなんだ。幸せを決めるのは他の誰でもなく自分だと俺は思うよ。……君も分かるんじゃないか」
ブルーの口元に笑みが浮かんでいた。優しげな笑顔。
ブルーの言っていることは俺にはよく分かった。俺も同じなのだ、大切な人の笑顔を見ることが幸せなんだ。自分ではない誰かの笑顔が幸せなのだ。嘘やごまかしではない。心の底から湧き上がる幸福感なのだ。俺にはブルーを止める術はない。
「ああ、よく分かるよ。俺との約束だ。契約なんかじゃない、俺とお前の男と男の約束だ。……あの二人を絶対に守ってくれ」
ブルーは深く頷いた。
「約束だ。命に代えても守る。今度は、俺がお前の代わりに守り抜くさ」
ブルーは穏やかな笑顔を浮かべた。
しばらくすれば少しずつ、少しずつ、彼は浮上していく。海の上へと。きっとその先は彼にとっての苦しい道なのだろう。恐怖もあるだろうし痛みも伴う。どれだけ足掻いても彼を待つのは死だ。それでも傷つきながら戦うのは彼が幸福だからなのだろう。俺は見えなくなるまで彼の姿を見上げ続けた。
※
それから五年が経過する。
彼の戦いが終わる。
彼には家などなかった。だが、相棒ともいえる男には故郷と家がある。……それが彼にとっての家なのだろう。
青のヨロイ、ブルーは故郷の空を一週飛び回ると愛しい我が家の前に降りる。ヨロイの姿が見えるものはこの世界には誰もいない。ヨロイもこの世界に彼だけとなった。もう自分がここにいる意味はないのだ。突然、言い表せない寂しさが胸の中を掻き乱す。
ふと家の中を見れば、リビングの窓から中の様子が窺えた。そこには少しばかり大人になった少女達がいた。二人は姉妹のように家の中ではしゃぎ回っていた。それは二人の心の底からの笑顔。
……もう満足だ。これ以上ここにいたら罰を受ける。
最後に世界で一人の家族の妹を見る。自然な笑顔が実に可憐に見えた。
「愛しているよ、ありがとう」
彼女に向けてそう告げた。聞こえるはずがないその声を。
――大羽凛渡、後は任せるぞ。約束を果たし続けろ。
青いヨロイは嬉しそうにそう言えば、世界からそっと姿を消した。
この瞬間、本当の意味でヨロイはこの世界から消えた。
※
ブルーの最後の声を聞きながら覚醒する。目を開けると昔のままのあの家があった。 自然と目頭が込み上げる。全てが終わった。それだけでこの場で泣き崩れてしまえそうだ。だが、嬉し涙はまだとっておきたい。
家の中から聞き覚えのある二人の声が聞こえる。それに誘われるようにドアの前に立つ。
このままドアを開けてしまったら彼女達の幸せを壊してしまうのではないのだろうか。俺という存在はこの世界では異常だ。年齢も昔のままだし、ヨロイの影響で髪の色も青いままだ。……俺は厄介者なのではないか、五年前の呪いになってしまうのではないのか。俺は、二人の元に帰るべきでは……。
――約束を果たし続けろ。
その言葉が再び聞こえた気がした。俺は真っ白になった頭でドアノブに手を伸ばす。
※
私はリビングを飛び出した。今、兄の声が聞こえた気がした。
すぐに玄関に向かえば、ドアの磨りガラスから人影が見えた。男性の影。
運命があるとすれば、きっとこういうことをいうのだ。
昔の私は希望も未来も信用していなかった。だけど、今なら私は希望も未来も信用できる。だって、すぐ近くに。
※
誰かの為にたくさんの人を傷つけた少年。
傷つけることしか知らなかった少女。
たくさんの運命に翻弄された二人が本当の出会いを迎えるまで三秒前。
―完―
ここで終わりです。
いろいろ書きたいことがある小説ですが、終わらせたい形にはできました。
最後まで読んでくれた心の優しい読書の方には精一杯の感謝を。
今読み返しても後悔ばかりの小説です。ですが、こんな拙い文章でも……もし読んでくれた読者様がいるなら……本当にありがとうございました。心より感謝します。




