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三十三章

 そこには無数のシャボン玉が浮かんでいた。暗い森に点々と浮かび上がる。無数のシャボン玉はふわふわと舞うように飛んでいけばとある場所へと向かう。そこに向かうことが必然であるように。

 木々をすり抜けて辿り着いた先には地面をもがき苦しむ原初の姿。赤いドレスは血と泥で汚れ続ける。

 少なくとも原初は今地面に倒れ伏せる凛渡とフレイムよりも強者だった。しかし、その絶対だという油断が彼女の致命的なミスだった。遊びを持って対象を始末しようと思ったところで原初は大きなミスをしていた。

 凛渡をフレイムの精神世界にリンクさせる為に原初はほんの一瞬だけ意識を凛渡とフレイムのみに集中させた。その隙を攻められたのだ。いくつもいく数十もの命と引き替えに生み出したシャボン玉を一斉に原初へと向かわせたのだ。

 突然の出来事だったが原初はすぐに回避行動を行った。しかし、数があまりに多すぎた。迂闊に触れることもできないそのシャボン玉を次から次に当たっては弾けさせていた。当たっては弾ける度に原初の中のヨロイの創造主としてのチカラが奪われていった。

 「大羽ココロ……!」

 原初は動悸のの激しい胸を掻き毟りながら声を上げる。

 創造主たる自分を殺す為のヨロイの破壊者が自分の命を喰らおうとしている。親であり根源たる自分にあってはいけない姿。この状況に気がおかしくなりそうである。

 再び襲い来るシャボン玉を見据えれば腕を振るう。雷鳴と共に爆撃が起こる。爆風に巻き込まれていくつものシャボン玉が散っていく。その爆風をくぐり抜けてシャボン玉が原初の足に直撃する。

 「くっ……」

 足に当たるシャボン玉に顔を歪ませると崩れるように膝をついた。

 地面に原初の汗が落ちた。

 ありえない、ありえない、アリエナイ、この私があの程度の人間達にここまで追いつめられるなどありえない。あっていいはずがないのだ。私は生き続けなければいけない。神として創造主として。

 原初はよろめく足で立ち上がる。迫り来るシャボン玉を強く睨む。

 「……ありえないんだ!」

 原初の咆哮が森の中に響き渡る。数十キロ先の木々までミシミシと震え、原初の辺り一帯は地面を捲れ上がらせた。原初の声から発せられたその衝撃に周囲の木々を根こそぎ吹き飛ばす。

 再びの無音の暗闇。

 「そうだ、これでいいんだぁ!」

 原初は夜空を見つめると一人大きな声で笑い声を上げた。卑しく得意気に。

 



                ※



 次はココロが崩れ落ちた。ココロはポロポロと涙を流しながら周りを見る。

 そこにはもう誰の姿もなかった。正確には生きている人間など誰一人としてそこにはいなかった。

 これだけたくさんの人を犠牲にしても私はあの人を止められないのか。胸の奥から吐き気に似た悔しさが込み上げる。

 こんな時にお兄ちゃんならどうするのだろう。そう考えはするけれど、今のお兄ちゃんのことは分からない。……私はずっとお兄ちゃんと離れていたから。本当の兄妹なのに分からない。だけど、お兄ちゃんが生きていることは分かる。今も元気でいるのかは分からないが信じよう。今の私にできることと言えば信じること。たぶんこれだけなんだ。今のお兄ちゃんは分からないし今の私には……もうできることはない。そう思う。だからその中でも最も愚かで私が離れ離れになってからもやってきたことを続けよう。

 ――お兄ちゃん、私は今も信じてるよ。いつも守ってばかりだけど、でも信じている。お兄ちゃんの温かさは変わらない、優しい目も変わらない、ありがとう。私は信じる。

 「あれ……」

 声が聞こえた気がした。

 お兄ちゃんの声がした。涙を拭い、立ち上がる。疲労で力の入らない足を強く叩いた。

 「――がんばれ、お兄ちゃん!」

 頬を風が撫でた。とても温かい。まるで、誰かが自分の頬を撫でたようだった。



                 ※



 この苦しみを終わらせようと原初は歩き出す。標的は大羽ココロ――その人である。力強い歩みは強く引っ張られるように足を止めることになる。

 「お前ら……まだ……」

 原初は忌々しげに声を出す。前方をギラギラとした目で見つめた。

 視線の先に舞う砂煙。その中で立つの二人の影。

 「お前をここから先には行かせない」

 ヨロイを体全身に寄生させ、体は完全に鎧姿。首からは上は青い目に青髪。体の八割は既に喰われているといっても良かった。……大羽凛渡がそこに立つ。

 「原初、アナタはここで終わるの」

 隣に立つのはしっかりとした意思で声を出すフレイム。その目は強い光に溢れていた。

 原初は二人に言葉を吐き捨てた。

 「てっきり、女は頭がおかしくなると思ってたよ!」

 原初の人を馬鹿にするような視線を受け止めるとそれを睨みで返す。

 「……そうね気がおかしくなりそうだったわ。自分の気持ちを人に覗かれるてのは凄く怖いことだと知ったわ。だけど……それを乗り越えた先があることも知った。だから今は怖くない。全てを知ったその先でも待っている人がいると信じられるから」

 その言葉に凛渡は強く頷く。

 犬飼を通してフレイムへの今までの行動を見て、原初は自分が思っている以上に人間のままなのだと気づいた。変わらないのだ、原初も俺達ヨロイ使いと変わらない。生まれたくて生まれた存在じゃない。だからこそ、止められるのは俺達だけなんだ。

 「人はお前が思っているよりも弱くないさ。お前がこの世界を憎んでいるなら、俺が……お前の生み出したヨロイ使い達がお前を救う。お前に教えてやるよ、世界を憎んだお前が生み出したヨロイのチカラを」

 凛渡は隣に立つフレイムの顔を見ると優しげな笑みを浮かべた。心の底から幸せそうに。

 「行ってきます」

 フレイムはその表情を見ると一瞬困惑した顔を見せる。数秒の間だけ、その視線を受け止め一筋の涙を流す。

 「……うん、行ってらっしゃい」

 凛渡の周囲が青に染まる。青く蒼く碧く。辺り一面を目を覆いたくなるほどの濃い青で。それは完全覚醒の瞬間だった。凛渡としてブルーとしての。

 

 

 

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