三十章
どれだけお兄ちゃんと離れたのかわかんない。私は今ひたすらに原初さんを倒すためにシャボン玉を作り続けていた。みんなが必死に協力してくれるけど、チカラが形にならない。
大きな爆発が二回聞こえたし光もここまで見えた。すごくお兄ちゃんが心配だ。
たぶんだけどこの森で働いている人が使う休憩場所みたいなところに私はいるんだと思う。なにもない場所だけど、綺麗に切られた大木がたくさんあった。そして、辺りを見回せば私の両方の指を使っても数えられないぐらいたくさんの人が囲んでいる。でも、最初はもっとたくさんいた。私がチカラを放出するたびに人が倒れていっている。私にも分かる。この人たちは私のチカラに耐えられないで……。
「余計なことを考えないで。貴女は自分のチカラを形にすることだけ信じるの。大丈夫、お姉さん達がついているから」
俯いていた私に優しい声が届く。
この暗闇の中でその人の存在が光り輝いているように思えた。
よし、がんばろう。負けない。お兄ちゃんを助けるんだ。
チカラを搾り出す。行け、出ろ、形になれ、丸になれ、そのまま進め、原初さんのところに。
――パシュ。
まただ。またシャボン玉がはじけた。せっかく形になったのに……。私は申し訳なくなりさっき声をかけてくれたお姉ちゃんのほうを見る。
「ごめんなさい、お姉ちゃん。次はちゃんとやるから」
私がそう言う。しかし、お姉ちゃんの声が聞こえないし姿が見えない。半笑いで言ったから真面目にしろと怒ったのかもしれない。
大丈夫、お姉ちゃん。今度こそ形にするから。お兄ちゃんのためにも。
※
ココロはそう強く願うと再びチカラを発する。
ココロの不安な気持ちを優しい声で元気付けた女性局員がココロの後方でヨロイを失い心を壊していることも知らずに。
ココロが失敗するたびにそのチカラの波動で一人、また一人と精神を殺していた。意識を失った局員の体は速やかにココロから離される。全てはココロの精神状態を守る為に。彼女の失敗で命を奪われると知れば、彼女は作戦を中断する恐れがある。そう犬飼から聞かされた局員達のチカラの調整ともう一つの仕事がこれである。
強制ではなかったが選択肢もなかった。ここにいる局員達は明日の希望を信じてここで戦う。例え一人になろうとも、例え、先ほどの女性局員には両想いの男性がいて、その男性が原初と相対し体を水に変えられているとしても。
希望を守る。明日の希望を。夜明けを待たずして、消えていく仲間の想いを背負いながら祈り続けた。勝利を。私達に未来をと。
※
暗闇で炎の竜巻が起こる。辺りを強烈な熱気が襲う。その炎の竜巻を縦一線で切り開かれる。その炎を切り破り、凛渡は原初へ突進する。
「甘い甘いよ。ボクちゃん!」
凛渡の横に振り切られた刃は原初の右腕に遮られる。
――ブルー!
両腕をブルーの青い鎧が覆う。歯を食いしばりチカラを込める。僅かだが原初の体がズルリズルリと背後へと動く。そこで原初は左腕を伸ばして両手で凛渡の刃を受け止めた。
「……まさか、私がアンタみたいな子と同レベルまで落ちるなんてね」
「うるせえよ。……行け、フレイム!」
フレイムは原初の背後に回りこんでいた。フレイムの手には炎で作られた剣が握られていた。燃え盛っていた剣がコンマの速さで硬化させると元が炎とは思えないほどの整った形の剣へ変化した。
「貫く」
フレイムは炎の刃を原初の心臓へと突きたてた。
原初は舌打ちをすると地面から氷の壁を出現させた。しかし、その場凌ぎの氷の盾をあっさりと炎の剣は貫通する。
「甘いのはアナタ」
「それはどうかしら」
原初はニンマリと笑みを浮かべる。貫いた氷の壁は貫通した炎の刃をガッシリと身動きのとれないように挟み込んでいた。
フレイムの刃は一瞬だけ動きを止めた。原初にはその一瞬だけでも逆転するには十分すぎる時間だった。原初は左足をわずかにフレイムの方へ軽く動かす。すると地面から大人一人分あるのではないかと思うような大きさの氷柱が突然に出現する。フレイムの足元から現れたそれに咄嗟にバックステップで回避をする。
フレイムの体が離れたことを背中を向けたままで確認すると原初は凛渡へ向けて大きく口を開いた。口の中が禍々しく光り輝く。
マズイ、そう思い距離を離そうとするが原初が刃を自分の手の中にあえて切り込ませて自分の肉に挟み込んでいた。異物であるはずの刃をまるで血の出ない肉の上から縫い付けるようにしっかりと。
「てめぇ……」
「まずは君からぁ!」
凛渡は足先まで青の鎧で身を包むと力いっぱいに地面を蹴った。布を引きちぎるような音と同時に凛渡の体が原初から離れる。
離れる凛渡を追うように原初の口から雷撃が放たれた。当たれば首から上は焼け落ちてしまうような死の一撃。
凛渡は刃を盾代わりに使おうと上へ向ける。しかし、それよりもさらに早く雷撃が凛渡の首を焼き尽くすために迫る。
ここまでなのか、と歯を食いしばる。不思議なことに今は時間がスローモーションで流れている。もしかして、死が間近で頭がおかしくなっているのかもしれない。そんなことを考えるが自嘲することもできずに迫る雷撃を見つめる。
ごめんなココロ、お兄ちゃんここまでみたいだ。すまない、犬飼。お前の願い叶えられそうにない。雷太、お前は無事に生き延びてくれ。こんな俺でも友達でいてくれてありがとう。心残りだらけだ。俺は自分が知らない内にこんなにも背負ってきていたのか。なんで今になってこんなと考えるんだろうな本当に……最後にもっといろいろフレイムと話をしとけばよかったな。
目の前を激しい光が走った。
「おかしいだろ……」
俺は傷一つなく原初とは五メートルほどの感覚が空いた。そして、その俺の体にもう一人の体が重なる。俺はその体が抱きとめた。
今、俺の胸の中で苦しそうに呼吸を荒くする人物を見つめる。それはあの雷撃の間に割り込んでまで俺を庇った。俺を守らなくてもいいはずなのに。
「なんで、お前が俺を助けるんだよ……」
口の中が乾いていく。何度も死ぬような経験をしてきたが、自分の体の感覚が薄れていくようなのは初めてだった。
「大丈夫……」
口から血を吹きこぼす。先ほどまでとは違う、表情はとても弱々しいものだった。
フレイムが俺を庇ってくれたのだ。背中を雷撃に焼かれながらも俺を助けてくれた。小さな小さなその体が痛々しく血を流していた。フレイムの血が自分の服を染めていく。目から溢れ出す涙を拭いもせずに胸の中で抱きしめる腕に力を入れた。




