二十八章
爆煙の中で浮かぶそのシルエットは長い髪の女。煙がゆっくりと晴れていく。今この場にいる全員がその姿を見つめ続けた。
女は長い金髪、服は胸元がぱっくりと開いた真っ赤なドレス。足元のスリットが女の病的なまでに白い肌とよく合っていた。そういえば顔つきがどことなく犬飼と似ているかもしれないとも思った。だが、明らかにソイツは異質な人物だ。
そこにいるのは間違いなく人とは違う何かだ。常人ならそこに髪の毛一本残さずに跡形もなく消えてしまうような爆発の中で優雅に自分の髪を撫でていた。
「いきなり酷いな……今そこに行くからちょっと待っといてよ。お兄様」
ペロリ、と唇を舐める原初。
一瞬にしてその場にいた全員に恐怖と絶望を詰め込んだバケツいっぱいの水をかけられた。その心理的に圧迫に耐えられなかったのだろう。一人の男が咆哮を上げた。体を鉄に変える能力を持った男だ。原初に駆け出せば拳を振るう。
「あまり鉄とかって好きじゃないんだ」
原初に男の腕が触れるとドロリと体が解け落ちた。原初の足元に残るのは水溜り。
「うん、鉄なんかに変わるより水のほうがよっぽど素敵だと思うな。私は」
心の底から嬉しそうに笑うと原初は再び歩き出した。
次に吼えたのは犬飼だった。
「……恐れるな、恐れるな! 行け! 奴を倒せ!」
そこで再び、先ほどのやり直しのように弾かれたように各々が自分の得意技を放つ。
遠距離からの攻撃が得意な者は距離を離し、近距離からの攻撃が得意な者は遠距離からの攻撃の直後に一気に接近する。特殊型の能力を持つ者は自分のチカラが届く範囲の人間を援護するために原初に意識を集中させた。
それは彼らが持つ全力だったに違いない。事実、半分以上の人間が体をヨロイ化させていた。これで全てが終わると信じて。自分の想いを大切な想いを守る為に自分の心を喰われながらも、手を伸ばし続けた。
先ほどよりもさらに大きくなった爆発。強烈な光と脳を揺さぶる衝撃の中、頭の隅でフレイムはどうしているのか、などとおかしなことを考える自分がいた。
※
いた……くはないな。ブルーを寄生させて体を守ることに特化させたことで被害を最小限に抑えることが出来た。ただし、それは俺一人が、という話だが。
「なんだよ、これ……」
足元は焼け野原、一瞬にして木々が燃えて鎮火したような。辺りの木々は開けた場所にいたのにも関わらず、辺りを囲むように並んでいた大木がひしゃげて痛々しい。最も俺が呆然としたのはそんなことではない。その空間の異質さだ。
今、この場に居るのは仰向けに倒れ込んでいる俺と膝を突くフレイム、恐怖で足腰に力の入らない犬飼にそこにまっすぐに近づく原初。今ここに居るのはこの四人だ。後は誰も居ない。何かが手に触れる。俺はぼんやりとそれを摘み上げた。それは管理局員の制服である黒いスーツ。それがぐっちょりと水で湿っている。首をゆっくりと反対側へ向ける。そこにも黒いスーツ。それは木に引っ掛けられていた。丁度、人間と同じぐらいの大きさの木に。
「嘘だろ……」
俺は原初の足音を聞きながら理解した。
アイツは俺達以外のここにいるのヨロイ使いたちを全て木や水に変えてしまったのだ。生き残ったのは攻撃をしなかった人間だけ。もしかしたら、アイツは攻撃をした人間だけを変えることができるのか。
原初は一歩ずつ、しっかりと迷いの無い歩きで犬飼に近づく。
……今は一旦思考を停止しよう。このままでは犬飼にアイツが到着してしまう。
「お兄様ぁ……やっと出会えましたねえ。私、この時をずっと待っていたんですよ。外の世界でいろんな人たちを見てきて、どれだけ私達兄妹が異質な存在なのか分かりました」
原初は犬飼の目の前に立つ。そう言葉を発すると犬飼の前に膝を曲げた。
「……なにか言いたいことはありますか。お兄様」
犬飼は体が小刻みに震えている。喋らないというよりも喋れないという言葉が正しいように感じた。
その姿をしばらく見つめていた原初は大きくため息をついた。
「やれやれ、昔はあれだけ偉ぶっていたお兄様もチカラの前ではこんなものなんでしょうか。私は残念に思います。……しょうがないので、お兄様もお話ができるようにしますね」
原初が犬飼の頬に手を置く。
「――犬飼!」
俺は地面に這いつくばりながら声をかけた。奴を助けたいわけではないが、この作戦を指揮する人間がいなくなるのは避けなければいけないと思った。今、俺の前に立つ化け物を見てしまったからには。しかし、次の瞬間は思いもよらない光景が飛び込んできた。
先ほどまで震えていた犬飼は徐々に平常心を取り戻し、しっかりとした視線で原初の顔を見つめていた。
「お兄様の心の中に無謀を冒す勇気を与えました。どう、凄いでしょ。私がみんなを作り出した原初なのだから。そこらの洗脳系のヨロイ使いの何万倍も強力なものを持っているからね。だから、臆病なお兄様に私のチカラのカケラをプレゼント」
犬飼はその言葉を最後まで聞くと悔しげに唇を噛んだ。
「……ああ、そうかい。礼は言っとくよ。遅かれ早かれ僕は死ぬんだろう。なら、僕の気持ちは全て君に打ち明けたいんだ」
犬飼は原初に手を伸ばす。原初の頬に手を置く。
「……びっくりするぐらい、君は冷たいんだな」
原初は頷いた。
「ええ、お兄様に似てるみたい。……お兄様の気持ち聞かせてちょうだいな」
甘えるような声でその悪魔は言う。
犬飼は複雑そうな表情を浮かべれば大きく頷いた。




