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二十七章

 犬飼の背中を追いかけた先はいつもの大型トラックのコンテナの中だった。中に入ればいつもの光景が広がっていた。壁を囲む機器に中央のテーブルとソファ。そして、句読登紀子がいつものおどおどとした笑顔を浮かべていた。そしてもう一人、ココロが泣き腫らした顔で胸に飛び込んできた。

 こわかったと泣くココロの頭を撫でる。フレイムはそんな俺達二人の姿をビー玉のような瞳でジッと見ていた。

 ――ここから向かう先が原初との決戦の地だよ。余裕はないけど、今のうちに休んでくれ。

 犬飼は今まで見たことのない神妙な面持ちでそう言いモニターへと視線を向けた。

 ソファに腰掛け、小動物のように震えるココロの頭を撫で続ける。時間に余裕はない。これから先もどうなるか分からない。俺とココロはお互いに共有する不安の中で車の揺れに身を寄せ続けた。



                ※



 二時間ほど走らせてたどり着いた場所は名前も無い開けた奥地。鬱蒼とした森林は言いようのない恐怖を与えた。しかし、何より異質に感じるのは、そこに居る人間はザッと見ただけでも百人近く居るにように思える。俺達管理局が制服と呼んでいる黒いスーツに身を包んだ男女年齢関係ない百人程度の人間。ここにいる人間達が今から原初との戦いに挑むことになるのか。

 作戦はこうだ。ココロはチカラのコントロールに慣れていない、その為に相手のチカラを操作できるヨロイ使いを集めてココロの持つ破壊のチカラを複数の人間で調整を行う。その間、俺とフレイムが原初と戦うことで時間を稼ぎ、破壊のチカラの安定と放出で原初を倒す。それが犬飼の人生を費やしたシナリオだ。俺と離れることで泣きわめくココロに後ろ髪を引かれる想いで引き離した。

 ――必ず迎えにいく! 今度は絶対に一人にさせない! だから……頑張れ!

 俺はその泣きじゃくる顔にそれだけしか言えなかった。

 ――うん。お兄ちゃんを信じてる。ずっと。

 そう涙声で言えば力強く頷いた。俺はその声を信じることにする。俺のほうへ伸ばされた手が少しずつ闇へ消えていくのを見ながら約束した。

 犬飼に視線を向ければ、俺を諭すようにまあまあと手を動かす。この場で殴れるならどれだけスッとするだろう。これは根本的な解決の為に必要なんだと自分に言い聞かせた。



                 ※




 「……で、どうするんだ。これから」

 今この暗闇に残されたのは俺とフレイムと犬飼と句読と百人程度の管理局員達。大型トラックの運転手はライトだけ点灯して俺達に敬礼するとココロと一緒に消えた。運転手もココロのチカラを調整する内の一人だったのかもしれない。

 「見とけば分かるよ。さ、神様へのお祈りは終わったかい」

 犬飼は胸ポケットから拳銃を出した。なにをしてるんだ、と聞く前に引き金を瞬時に引いた。鼓膜を破るような音が三回。

 他の管理局員達からざわめきが起こる。一気にこの沈んだ空間を人の声で埋め尽くされる。

 「え」

 俺のとぼけた声は銃声の直後だった。三発の弾丸は句読の頭へ吸い込まれた。弾ける頭部、舞う血液、脳を作り上げていた頭のパーツが跳ねる魚のようにピチピチと湧き上がる。

 「――犬飼! てめぇ!」

 腰の刀を抜きながら犬飼の首へと刃先を向ける。

 「見とけば分かる、て言ったよ。僕は」

 俺の行動を読んでいたのだろう。犬飼は全く微動だにせず視線をある方向へ向けた。その先には血の海に沈む句読へと。

 「もう寝たフリはやめなよ、句読登紀子ちゃん。……いや、原初」

句読登紀子の体がくの字になるほど痙攣を起こす。二度三度大きく痙攣させたかと思えば、一旦動きが止まる。最初は小さく、少しずつ耳にそれが聞こえる。先ほどまで騒がしさすら感じたその場所が、最初からそうであったかのように静まり返った。

 「クク……ヒヒヒ……ひゃははははははは……」

 耳障りな笑い声。そうとしか言えなかった。句読登紀子はふらふらと体を起こす。口から流れる血を拭いもせずに舌をべろりと出す。口から出てきた大量の血液と一緒に脳に打ち込まれた三発の弾丸を吐き出す。

 「ねえぇ……いつからぁ……気づいてたの。ねえ……」

 女とも男とも言えない。どちらかといえば女。そんな複雑な声が胸の中を気色の悪い感覚が支配する。

 犬飼はその言葉に鼻を鳴らす。

 「最初からだよ。僕が君に気づかないとでも思ったかい。君は完璧に君じゃなくなっていたね。だけど……例え別の人間になったとしても君を忘れるわけがない。君は僕の大切な」

 ひゃぁは、と奇妙な笑い声を句読は上げた。

 「――大切な妹ぉ。違うでしょ……大切な女なんだよね。自分の妹を一人の女性として見ていた変態お兄さん。気持ち悪い、本当に気持ちの悪い男の人。犬飼浩二ぃ」

 犬飼はその言葉に忌々しげに舌打ちをした。

 「何か勘違いしてるんじゃないのか! 僕はあの子を妹としか思っていない! 血の繋がった家族なんだ。それ以上の感情など……」

 「嘘。嘘ばかり。……妹に迫ったのは貴方、妹の世界を奪ったのは貴方、妹はやりたいこともできずに貴方を満足させるだけの存在。……本当は違うのよ。貴方は相思相愛だと思っていたこの関係は全くの嘘。この子の中で私は生まれたけど、ここまで兄のことを混沌とした感情で見つめていた妹はこの世界でただ一人だけなのかもしれないわ。……まあ、異常なのは貴方も一緒なのだけど」

 「やめろ……やめろ!」

 目に見えて犬飼の顔が青白くなっていく。生まれて初めて見た犬飼の脅える顔。犬飼の瞳には何かよくないものが見えているのだろう。決して目の前の原初ではなく、それは犬飼自信の気持ちの投影なのだろうが。

 「やめないわ、本当に同情に値するぐらいよ。私から見ても。……ねえ、大好きな……お、に、い、さ、ま」

 汗まみれの顔で犬飼は顔を上げた。そして、血走った目で叫んだ。

 「――やれえ! 今目の前にいるのは憎むべき原初だ! 総員、全力で滅ぼせ! ……そうすれば、全てが終わるんだ! 僕も、君達の苦しみも!」

 句読……原初の笑い声を残して、空間を静寂が包む。

 まずいぞ、犬飼。指揮をしないとけいないお前がその状態なら……このままでは……きっと取り返しのつかないことになる。

 視線を感じた。その方向に顔を向ければ、フレイムの視線。五年間の時間がそうさせているのだろう。フレイムの言いたいことが伝わると同時に行動を起こす。俺はすぐに犬飼に声を向ける。

 「――よせ! 犬飼、奴に惑わされるな!」

 「――行け! 奴を、滅ぼして僕達の地獄を奴に見せろ!」

 その声に局員達は各々の気合の入った声を出しながら原初を中心に取り囲んだ。

 「くっそ……お前ら! そいつに下手に」

 その言葉は炎、雷、突風、爆音に吹き飛ばされた。

 鼓膜を破るような音と耳に歯を食いしばりながら視線を犬飼に向ける。血走った目で原初を見つめていた。そこにいるのは何百人のヨロイ使いの頂点に立つ男の姿はなく、妹に対して歪んだ感情をぶつけ続けた狂った男の姿があった。

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