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二十六章

 「それにしても酷い状態だね、今の君は」

 口元に笑みすら浮かべながら犬飼はそう告げる。

 「ああ、アンタのおかげでな」

 いつものコーヒーでも飲みながら話すような口調で言葉が返ってきた。

 「……僕の話は聞いたみたいだし、早速だけど本題を話させてもらうよ。さっきフレイムちゃんは、原初が地に伏せるとは言ったけど……死んだとは言ってないんだよ」

 悠然と近くの木に体を預けながら犬飼は話を続けた。

 「おっと、その前に聞いて欲しい、ココロちゃんの話がある。……ココロちゃんはね、生まれた時に生死の境を彷徨ったことがある。その時に娘を助けたいという親としての望みを叶える為にもう一つの薬を使ったんだ。子供が様々なものを学んでいくように少しずつヨロイを体に染み込ませたんだろう。だから、ココロちゃんは自我を保てる。そして、原初とほぼ同等の存在だ」

 さてと、と一旦気持ちを落ち着かせるようにネクタイを軽く緩める。

 「研究の結果、ココロちゃんは破壊のチカラを持つみたいなんだ。原初は創造、キミの妹は破壊。あの戦いの日から、来るべき原初との戦いに備えて研究をしていた。ああ、安心して欲しい。ココロちゃんは僕らにとって切り札とも呼べる存在なんだ。本気で彼女が嫌がることはしてないよ。……だから、そんな怖い顔はやめてほしいな」

 「だが、お前は俺とココロを引き離した! アイツはずっと一人ぼっちだったんだ……!」

 「僕に怒るのは間違ってるんじゃないか。原初はココロちゃんに対して何らかの因縁を感じてるはずだ。原初は必ずココロちゃんを狙ってくる。だから、僕達管理局はココロちゃんを僕達の手元に置くことで守り続けたとでも言えるんじゃないか」

 守る、だと。家族とも無理やり離れ離れにさせて、逃げ出せば他の人間を傷つけ取り返すその姿が本当に守るという言葉に当てはまるのか。

 コイツは一発殴らないと気がすまない。

 「……そんなものが本当に守るとは言えるかよ!」

 ブルーのチカラを体に寄生させた。いや、それどころかブルーの存在そのものを体に染み込ませるように。

 瞬間的に顔以外の胴体全てが鎧の姿に変わる。

 今の俺ならフレイムの鎖を吹き飛ばせる。地面を蹴り、炎の鎖を蹴散らした。

 「犬飼浩二ィ!」

 瞼が落ちるよりも早く接近して全力の一撃で奴の顔面へと拳を叩きつける。

 「今の君の攻撃では僕には届かないんだよ」

 「ちっくしょう……」

 俺の両腕と両足、胴体は炎の腕に強く掴まえれていた。放った拳は犬飼の髪をなびかせることしかできずにいた。おまけに肩の上には心……いや、フレイムの手が置かれていた。

 「動けば命は無い。私は貴方が呼吸をするよりも早く体を消し炭に変えることができる。うまく私から離れても一緒、その炎の腕達が刃になって貴方を刺し貫く」

 俺は額から汗を流すので精一杯だった。ゆっくりとヨロイを寄生させた状態を解けば、体の力を抜いた。

 犬飼は一歩後ろに下がると手をパンと叩いた。

 「キミにはまず話を聞いて欲しい。話が終わったら、好きなだけ僕に向かってくるといい。話を戻すよ。……原初は五年前以上に強くなっている。正直、今の戦力では勝ち目がない。そこで、ブルー……いや、凛渡君の力を貸してほしい。フレイムちゃんと凛渡君とココロちゃん。三人で原初を倒すんだ」

 そう言う犬飼の瞳には懇願するような色が窺えた。しかし、コイツの役者ぶりには嫌というほど思い知らされた。俺はしっかりと犬飼の目を見返す。

 「お前が今までやってきたのは、その原初を倒すための行動なのか。俺とココロを引き離したのも全て原初を倒すためか」

 犬飼は深く頷く。

 「そうだよ、僕はその理想のために君とココロちゃんを利用した。君は僕のことが憎くて憎くてたまらないだろう。安心してくれ、罰なら受けよう。しかし、それも全てが終わってからだ。偶然とはいえココロちゃんが覚醒し、君が全盛期の原初と同質のチカラを持つブルーに近づきつつある。そして、現時点で最強のヨロイ持ちのフレイムちゃん。……僕の中では、もうすぐでこの物語の結末は終わりに向かっている。いや、僕達の手で終わらせるんだ」

 犬飼は俺の視線をしっかりと受け止め、普段の奴らしからぬ意志の強い目で返答をした。

 「心臓に刃突きつけられた状態で言われてもな……」

 俺の突き放すような言葉にすぐに返事。

 「だが、君の性格上、ここで自由を与えたらココロちゃんの元に向かって遠くに逃げようと考えるだろ。何故なら君は、ココロちゃんを戦わせたくないと強く思っているはずだ。……僕はね、君が思っている以上に余裕がないんだ。今ここで君を逃がせばもう二度と原初を倒せない。私にはそういう確信がある、できれば君の口から聞きたかったんだけど……お願いから脅迫という分かりやすいものにシフトするよ」

 フレイムちゃん、と鋭い言葉を向ける。

 フレイムは俺の肩から手を離すと耳元に携帯電話を乱暴に押し付けた。

 『助けて、お兄ちゃん! やだよ、こわいよ! また離れたくないよ!』

 冷たい汗が額から首へ流れ落ちるのが分かった。自分の呼吸が荒いのは決して先ほどの能力のせいではない。

 耳元の携帯電話からココロの悲鳴が聞こえると同時に声が遠のく。

 「――犬飼! お前……!」

 憎い、憎い、憎い。目の前の男が憎い。一度ならず二度も俺の大切なものを奪った。殴る、蹴る、粉砕する。どうやってこの男の体を壊してやろうか。どうやって命を奪ってやろうか。百回殺しても気持ちが抑え切れそうもない。

 ――ブルー……。

 ヨロイを覚醒させよう。全力で奴の命を無に。

 ――おい、ブルー!?

 奴を打ち砕く為に俺にチカラを貸せと名を呼ぶ。渇望する、目の前の男の命を奪えるだけの絶対的なチカラ。

 ――いいのか。ここで目覚めていいのか。

 ――主人に指図してんじゃねえよ! 欲しいんだよ、チカラが! 奴をぶっとばして、ココロのもとに行くんだ! 憎いんだよ、今俺を中心に囲んでる世界が! 憎い、憎い、憎い!

 ――本当に……それでいいのか。

 「……いいわけないよな」

 「何か苦しそうだったけど……大丈夫かい」  

  微塵も心配してない口調。それでも構わない。今、ここで動かないことが、大切な家族を守る道。ここで俺が壊れてしまえば、永遠にココロの笑顔が失われてしまう。思い上がりなんかではない、そう断言できた。

 「いいぜ、犬飼。アンタの言うことを聞いてやるよ。……それで全てを終わらせる。俺がココロを守る。原初は絶対に俺が倒す」

 犬飼は心底嬉しそうに口元を曲げた。

 必ずココロは取り返す。必ず。

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