二十四章
気づいたらそこにいた。
私は目覚めればチカラを持ち、当たり前のようにそのチカラを使うための目的を教えられた。
管理局より以前の記憶は今の私にはない。直感的に理解したのは、炎を扱い体温を感じれるチカラであること熱と呼ばれる類の扱いに得意だということだ。そして、そのチカラを使って人の命を奪うという目的。
いや、それだけではなかった。私には兄がいた。ただ一人の肉親、過去の記憶はないが私にとっての兄と呼ばれていた。
優しい兄、ただそれだけで救われた。たくさんの命を奪って壊れていく精神の中で、そこだけが私の全てを忘れられる瞬間だった。呼べば返事をくれる、私が辛そうなら心配してくれる。それだけが私を私のままでいさせてくれた。
だが、ある日を境に全てが変わる。狂っていた世界を急速に壊していく。
兄がヨロイとなった。その名は……ブルー。
※
「ブルー……」
俺の口からため息に似た声が漏れる。
「ええ、そうよ凛渡お兄ちゃん。貴方のヨロイにして貴方のコードネームのブルー。偶然の一致なんかじゃないわ。今、貴方に宿るそのヨロイこそ……私の本当のお兄ちゃん」
心は生まれながらにしての暗部のヨロイ使い。それも俺なんかとは比べられない精神も肉体も調整されたヨロイを殺す為だけに強化された人間。もともとはどこかの孤児院にいた子供を無理やり調整させたのか、それとも人為的に……いや、これ以上考えるのはやめておこう。
「……正直、ショックだよ」
「随分と落ち着いたようですね。さっきまでの威勢が嘘のよう」
俺の気落ちした声に心は嘲笑すら浮かべる。
「落ち着いている? 違うよ、お前のチカラのせいで動けないだけ。俺はお前を救う為にお前と生きる為に今までこうやって生き抜いてきた。それが……こんな結果を生むなんて……お前は俺のなんなんだ。本当の妹と引き離して、俺の妹に成り代わって……しまいには、俺のヨロイがお前の兄貴だと。こんな話、馬鹿げてるよ……」
情けない、俺は情けない。無様だ。体が動くなら、この場から逃げ去りたい気分だった。自分が知らない内に洗脳されて本当の妹のことを忘れてしまってたなんて。こんな惨めでみっともない兄はいない。
もう一つの大きく暗黒のような疑問を投げかける。
「それに俺のヨロイがお前の兄だと……何故、そんなことが分かる。なんでそう言える! そもそも、どうしてお前の兄貴はヨロイとして俺に憑いているんだ!?」
心は俺の姿を見て鼻を鳴らす。
「そう、それでいいんです。……ねえ、凛渡お兄ちゃん。お兄ちゃんはさ、ヨロイがどこから来たのか知ってる?」
口調は変わらず冷たく。心と同一人物じゃないと思ってしまいそうになるが、目の前の人物は間違いなくそうだ。
「――知るかよ。話を変えるんじゃねえよ」
「いいえ、話は変わってないわ。ブルーの秘密を知るということは、ヨロイの真相を知るということ。凛渡お兄ちゃんがどこまで知っているのか、それを私が知りたかっただけなの」
俺の威圧する声をものともせずに、心の殺気が俺を射抜く。
この殺気は気のせいなんかではなく、間違いなく殺意。ゾッとする、込み上げる吐き気は何故だろう。
「……この数年間の間に突然発生し、原因や解決策はっきりとは分かっていない。分かっていることは人間に契約を条件に夢や希望や心を喰らうこと。喰われた人間は自己を失い生きる屍と化す。……だいたいはこんなところか」
俺の話を聞いた心はクスリと小さく笑みを浮かべた。
「そう、そんなこと。そんなネットの都市伝説の知識程度なのね。……いいわ、教えてあげる。ヨロイは――」
※
ヨロイは人が作り出したもの。
大羽凛渡、大羽心の父である大羽優二博士が偶然に作り出したとある化学薬品がことの始まりである。
製薬会社に勤務していた大羽博士は新薬の研究員をしていた。新薬の実験の途中に、体を活性化させ傷を癒す薬物を完成させる。大羽博士も含めた科学者達も期待を寄せた。しかし、その薬物の複製は不可能だった。何度同じ実験を繰り返しても、同じ物質は生まれることはなかった。そして、手元には二瓶の薬が残された。
人体実験など行うわけにもいかず、かといって一度使ってしまえば取り返しはつかない。多くの衝突と葛藤の後に科学者達はそれを処分することになった。その時に処分を任された大羽博士に一つの瓶、その頃駆け出しただったある若い研究員に一つ。
そこで捨ててしまえばよかったのに。だが、人としての自分と科学者としての自分が戦った後に残ったのは、どうしてか科学者の自分だった。
だが、もともとは善人だ。多くの人を助けたいという願いで生まれた薬なのだ。悪用するなど考えもせずに、自分の宝物のようにそれを大事に保管し続けた。
問題はもう一人の若い男だ。
その男には愛した女がいた。しかし、女は長年病に侵されていた。命も残り僅か、医者にそう告げられていた男は薬を捨てられる役目を受けた時に運命を感じた。愛した女を救えるかもしれない、その願いから女に薬を投与した。
……男が望んだ運命ではなかったけどね。
女は驚異的な回復を遂げた。車椅子は蹴り飛ばし、野を走り回る。子供が遊んでいたボールが足元に転がってくれば、肩から上に上がらなかった手を振り回し、子供が腰を抜かすスピードでボールを投げ返す。毎日のように死を祈っていた口元からは、暇さえあれば歌を歌い、男へ向けて愛を語り続けた。
男は幸せだった。こんな日々が毎日続くことを祈った。
幸せは突如として壊れた。女は意味の分からないことをある日突然言い出した。
――ヨロイが見える。ヨロイが来る。ヨロイがやってくる。
ヨロイ、ヨロイ、ヨロイ。男は困惑した。この症状はなんなんだと。
病院を退院した女は男との婚約に備えて同棲し毎日の家事を忙しくも笑顔の溢れる日々を過ごしていたはず。しかし、部屋の中で隅にうずくまり壁に向かってブツブツとうわ言を繰り返す毎日。その姿を見ているだけで男は気が狂いそうな思いだった。そして、言葉が突如として変化する。
――そう、やっと分かった。私が……私がヨロイなのね。
女はそう言い、最初のヨロイとして覚醒した。




