二十三章
この状況が理解できずにいた。この炎使いの少女は躊躇無く仲間である男を残忍と呼べる殺害方法を実行した。敗北してしまうかもしれないというプライドを守ったのかもしれない、いや、それにしては早計過ぎるかもしれないしこの少女にはそういう感覚すらなく機械的な行いをしているようにしか思えない。
しばらく無言でいた包帯の少女が声を上げる。
「貴方は何で戦っているの?」
驚くべき質問。コイツはココロではなく俺に興味があるようだ。何を考えているのか分からないが、これはこれで好都合だ。
生唾を飲み込み返答した。
「なんで、か。お前はおかしなことを聞く。……かけがえのない大切な人を守るためだ。組織にいる時も今の敵対している時も。それは変わらない」
考えることはたくさんある。だが、心とココロ。大切な人が一人から二人になった。どんな困難でも手放すわけにはいかない大切な人たち。疑問もたくさんあるが、それでもどんな形であれ二人と過ごした時間はかけがえないのだ。
「うっ……うぅ……」
低い唸り声が聞こえた。目の前の少女の声だ。
包帯で隠れた顔からはハッキリとした声の雰囲気は聞き取れない。何かを苦しんでいるのか、それとも笑っているのか。次の攻撃への準備なのか。どちらにしても、俺には奴の次の行動を窺うしかない。
数秒後、少女の声が止まる。
「……ねえ、貴女は大切な人を殺すことができる?」
再び無機質な声。やはりその表情や声色を把握することはできない。
大切な人を殺せるか。それはココロのことを言っているのだろう。ココロのヨロイ使いの未来を変えるチカラとやらが、命を奪わなければいけないほどの危険なものということなのか。
奴の質問を黙って聞けば、はっきりと言葉を告げた。
「……できるわけがない。俺は大切な人を守る為に生きてきた。その人の為に、たくさんの人を傷つけてたくさんのものを失った」
「なら何故。そうまでして守りたいものなの。守れば守るほどに貴方が傷つくなんておかしな話よ」
言葉を急かすように少女は言う。
「思った以上によく喋るんだな。……俺が傷つく以上にアイツが傷つくのが嫌なんだ。他の人が聞けば、おかしな話かもしれない。だけどな……どんな辛くて頭がおかしくなってしまうことがあっても、アイツが居てくれたことが俺の生きる意志になった。生きてもいいんだと、心底思えたんだ。俺の重荷なんかじゃない、俺の夢だ希望なんだ。アイツを守るってことが、そういうことになっているんだ」
そうだ、心は本当の妹じゃないかもしれない。俺の気持ちを埋める為の空想かもしれない。だが、心の存在が明日へ進むための力になった。他の誰がなんと言おうとも、心は俺の大切な家族でココロも絶対に守る。
目の前の少女に問われることで、今自分のするべきことが見えた気がした。心の中で少しだけ感謝した。
一体この少女はなんなのだろう。質問のままに答えたが、目の前の相手はかなりの実力者。だが、不思議と敵意や殺意を感じられない。ただ俺と話を楽しんでいるかのようにすら見える。気のせいだろうが。
俺は迷いのない瞳で見据えた。
一分もない間、長くて短い時間の後。話を聞いていた少女は、自分の顔に巻きついた包帯に手を伸ばした。
するりするりと包帯が地に落ちる。
「あ……え」
間の抜けた声が漏れる。視界に飛び込んできたその衝撃に無意識の声が出る。これが自分の声だと気づくこともなく。
ありえるはずがない、こんなところにいるはずがない。存在してる、生きている、立っている、喋っているはずがない。ありえない。そう、そのはずなのに。
俺を混乱させている張本人はほんのり口元に笑みを浮かべつつ口を開いた。
「お元気でしたか、お兄ちゃん」
見覚えのある顔が胸をきつく締め付ける。優しく目を細くするこの子は、正真正銘の実の妹の心だった。
「な、なんで……ここに……」
やっと声が出る。どれだけ時間がかかったのか分からない。
「お兄ちゃんでもそんなに驚くんだね。……なんでか分かる? 分からないよね。もう何も考えられないって顔してるよ」
淡々と心は言葉を続ける。その一言一言は、俺の聞きたくない結末への道に思えた。
「じゃあ私が教えてあげるよ……」
聞きたくない、これ以上は。
「――やめろ! ……きっと管理局の奴らに操られているんだよな。安心しろ、ソイツを倒してお前をすぐに救い出す。だから」
「目を逸らさないで、私が大羽心。お兄ちゃんの妹」
ありえない、俺は拒否をする。妹の顔でもう現れるなと。
「嘘だ……嘘だ……!」
地面を蹴る。俺の前に立つ幻想を壊すために。一瞬で心へ手を伸ばせば届く距離まで近づく。
刀を構え、心の偽者を貫くために刃先を少女へと一気に押し込んだ。
「……わからずやのお兄ちゃん」
貫くはずの刃をあっさり心は回避する。そして、腹部に熱い痛みを感じる。
「熱っ……! 心……嘘なんだよな、偽者なんだよな。なあ!」
腹部にぐるりと巻きつくのは炎の鎖。地面から伸びるその輪は俺の体をがっしりと掴んでいた。
心の姿をした少女は言葉を淡々と続けた。
「無駄だよ、お兄ちゃん。私と力の差がありすぎる。……気づいていると思うけど偽者なんかじゃないよ」
動けばもがけばもがくほど、炎の鎖は俺の体を締め付ける。腹が抉れるほどの熱を感じる。どれだけ痛感を緩めても脳まで響くほどの鋭い痛み。
「私のチカラは炎、そして熱。お兄ちゃんの体から感じる温度で微弱な動きを感じ、摩擦熱から動きを判断し呼吸から漏れる僅から熱で相手を把握する。……私が顔を隠しても戦えるのはそれが理由。見えなくても、人の熱を感じられる。それだけで見えるように相手の動き、そして次にとるであろう行動を理解できた。以下の理由から、肉体の動きが主体のお兄ちゃんは私に勝てない」
チカラの説明をする心の声は鋭く威圧する。
視線を少女の顔へ向ける。間違いなく心だった。瞳は冷たい色を感じられるが、間違いなく心のそれだ。
「ああ……お前は心だ……間違いないよ」
うなだれつつも俺のか細い声は心に届いた。
「うん、そう貴方の妹。お兄ちゃんを欺き続けて……大切な家族を奪った張本人。そんな貴方にとって最悪な女の話を聞いてもらってもいいかな」
何かを諦めたようにそう言う。しかし、その瞳には色を感じた。お願い、と懇願するそんな色を。




