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十三章

 暗闇の中、心が泣いていた。 

 お兄ちゃん、助けて。心が膝を曲げ、涙で地面を濡らす。

 泣くな。俺のその言葉に心は泣き声をやめる。

 無音、すると音のない世界が訪れた。

 どうした、何があったんだ。言葉を続ける俺、そこで気づく。心の姿は五年前の幼い時の姿だった。

 お兄ちゃん。

 そう顔を上げた、心の顔は……。




               ※




 「お兄ちゃん!」

 その声にハッと目を覚ます。ぼんやりとした意識の中、視界の中には女。

 「こ、心……」

 居るはずがないその名前を呼ぶ。少女の隣のベッドで眠っていたのに何故、という疑問が思いつくまもなく呼んでしまった。

 その声を聞けば、体を女の温もりが包み込んだ。

 「そう……そうだよ、ココロだよ!」

 感極まったという声で、女が抱きしめた。それは、さきほど助けた少女だった。

 「お、おい、いきなんだ……」

 「お兄ちゃんが凄く苦しそうだから、心配になって……。でも、お兄ちゃんが私のことを思い出してくれて、ものすごっく嬉しい!」

 そう言えば、さらに強くココロが俺を抱きしめる。

 少女がココロと名乗り、俺を兄と呼ぶ。これはいったい、どういうことなんだ。

 「ま、待ってくれ、お前は俺のなんなんだ」

 ココロは首を傾げる。

 「私は大羽ココロ、お兄ちゃんの妹だよ」

 「なっ……」

 その言葉に俺は間抜けな声を出す。

 俺の記憶の中では、妹はただ一人のはずだ。両親の隠し子か、いや、だとしても二人の娘に同じ名前にするなんて趣味が悪すぎる。一度、気持ちを落ち貸せよう、深呼吸だ。

 すーはー、と俺が息を繰り返す。隣で見つめていたココロはニコニコしながら真似をする。

 「なにをしている……」

 「お兄ちゃんの真似!」

 満面の笑顔で言うココロを見れば、それ以上は言葉が出ない。

 俺を騙しているようには見えないし、管理局に狙われている以上は敵ではないだろう。

 「少しずつ話をするぞ。お前……コ、ココロと俺が兄妹だとしよう。それならば、今までどこにいたんだ」

 「うーん、私もよくわかんない。……お兄ちゃんとお父さんとお母さんと別れてから、すごーく大きな病院みたいなところに連れて行かれて、ずっとそこで暮らしていたの」

 ココロはしばらく長い間、隔離された場所で生活していたようだ。ココロの年齢よりも幼い言動はその生活から来ているのかもしれない。

 「いったい、どんな生活をしていたんだ」

 「……よく分かんないお勉強をしたり、いろんな人たちと駆けっこをしたり……ご飯はおいしくなかったし、お菓子もあんまり食べられなかったし、あ、お注射もたまに……ぜんぜん、楽しくなかった」

 その言葉だけでは簡単に生活を理解することはできなかった。だが、ココロの苦しげな表情は、俺の想像を超えるものだということは容易に理解できた。

 「お前もいろいろ大変だったみたいだな。……ココロは、そこから逃げ出してきたのか」

 「うん、お兄ちゃんが近くにいる気がしたの! もしかして、お兄ちゃんが助けにきたのかな、て思ってたら遠くに行っちゃうし。……だから、私が頑張ればお兄ちゃんに会えるのかなって思って逃げ出してきちゃったんだよね」

 「だよね、て……。それは全部、俺に会う為なのか」

 今まで見た一番の笑顔でココロは頷く。

 「うん、お兄ちゃんに会いたくて!」

 ここまで素直な気持ちをぶつけられれば、なにか気持ちを返したくなった。ほぼ無意識と呼べる動きでココロの頭をそっと撫でれば、嬉しそうに目を閉じる。

 「なんだ、この光景はどこかで……」

 どこかで見覚えがある。この表情も昔見たことがある。それは、ココロが俺の……。

 「うん、よくお兄ちゃんはナデナデしてくれたよね。すごく、気持ちがいいよね! この感覚も懐かしいな、お兄ちゃんと別れてもう五年ぐらいになるのかな……」

 「五年だと……」

 俺は瞬時にその言葉に反応する。

 五年、その単語は俺の悲劇と戦いの始まりだ。なぜ、この少女は五年前だと知っている。

 「……みんなで旅行に行こうとしてたら、ドーンってなって、みんな大怪我ををして……私一人だけ怪我をしてなかったから、怖くて怖くて……お兄ちゃん、お母さん、お父さんを探して……そしたら、ヘリコプターがやってきて……ずっと離れ離れになっちゃった」

 その言葉で感じるのは動揺。まさか、という言葉。苦しげに過去を話すココロに、俺は感情だけで問う。

 「幼稚園の頃に買っていた犬の名前は、家の庭に埋めたタイムカプセルには何を入れた、母さんの得意料理は!」

 撫でていた手を肩に置き、ココロに詰め寄る。

 「痛いよ、お兄ちゃん……」

 その悲痛さに手をどける。

 「ご、ごめん、つい……。ココロには悪いんだけど、教えてほしいんだ」

 「いいよ、お兄ちゃんも大変だったみたいだし……。うん、えとね、犬の名前はマシロ、タイムカプセルにはプリティムーンのシール、お母さんの得意料理はね……これはちょっと自信ないなぁ、ハンバーグかな。……お兄ちゃんクイズは久しぶりだね!」

 俺は小さくため息をついた。

 「大正解だ」

 トドメにお兄ちゃんクイズときたか。俺とココロの間でクイズ遊びが一時期流行していた。俺がいつもクイズを出題する側、ココロが答える側。間違いない、ココロが俺の妹なのは間違いない。

 しかし、今、俺と一緒に住んでいるあの子も心だ。俺の大切な妹だ。なにがどうなっているんだ……。

 ――お前には、聞くべきことがありそうだな。

 ブルーに問いかけるが返事はない。また、だんまりだ。

 「まだまだ聞きたいことはたくさんあるが……よく帰ってきたな、これからは俺がお前を守る」

 「えへへ、ただいま。お兄ちゃん」

 ココロが俺の胸に飛び込んでくる。精一杯の優しさで髪を撫でる。

 「感動の再開のところ申し訳ないが、そろそろ俺も話に入れてもらっていいかな」

 話が落ち着くのを待っていたのだろう。雷太がドアの外から顔を覗かせた。

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