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十一章

「まったく、どこ行っちゃたんだろう」

 そう言いながらも声色は心配そのもの。

 兄を探して歩きだしたが、どこにも見当たらない。電話一つでやしない。いつもなにかしら連絡を入れる兄にしては珍しい。必ずといって良いほど立ち寄る本屋、小一時間は時間を潰すCDショップ。そのどこにも兄はいない。

 「あれ……」

 メールの着信音。他のお客さんのざわめきで聞こえ辛くなってはいたが、確かに聞こえた流行のメロディ。すぐさま確認、まぎれもなくそこに兄の名前を見つけた。

 ――急用ができた。しばらく帰れない。先に帰っていてくれ。

 それだけの短い文章だった。

 「お兄ちゃん……」

 兄にとっては安心させるための行為かもしれない。しかし、その僅かな文字が余計に心配を加速させるだけだった。

 兄を呼ぶその声に振り返る人は誰もない。入り口に目を向ければ、いつの間にか降ったのであろう雨、その濡れたアスファルトを見つめ切なくため息を漏らした。




                 ※



 あの騒ぎから逃れるために裏の林に逃げ込んだ。

 腕に抱きかかえるのはあの少女も一緒だ。再び意識を失ってしまったようで、この軽い体でも今の自分には一苦労だ。ウィンドと戦ったあのショッピングモールもすぐに管理局がやってきて、様々な情報規制をかけることになるだろう。心が奴らに引っかからないように祈るばかりだ。

 「さて、これからどうするかな」

 状況は絶望的である。奴の話をまとめるとなれば、今ここにいる少女は管理局から逃げだし、それを追って暗部のウィンドとやらが現れた。それにしても、自分が置いていかれてる気分だ。

 管理局の暗部、何か重大な力を持つ自分を兄と呼ぶ少女。俺も管理局は長いつもりだが、暗部なんて組織は聞いたことがない。いや、知る必要がなかったのか。愚直すぎるかもしれないが、ここしかないとひたすらに管理局の指示を聞いてきた。手を汚しすぎて神経がおかしくなっていたのかもしれない。俺みたいにおかしくならずに、まともなままでいる奴なら逃げ出しても仕方ない、か。しかも、ヨロイのチカラを自由に操ることのできる人間だ。それならば、自然と対抗できるのもヨロイを持つ者に限る。大方、暗部というのは、そういう輩の粛清組織になるのだろう。

 暗部についてまとまったところで、脇で眠る少女は呼吸が酷く鈍い。こればかりは直接本人に聞くのが一番の近道だ。なんにしても、今はなるべくここから離れるしかない。管理局の手が回る前に、タクシーなり電車なりと交通手段を確保しないと。ここから離れさえすれば、なんらかの打開策も浮かぶかもしれない。

 よし、行こう。そう思い、腰を上げると黒い携帯電話が音を鳴らす。すぐさま、耳に当てる。

 「お見事お見事」

 犬飼の愉快な声が耳を撫ぜる。

 「王様対決はさぞ楽しかっただろうな。……この子は何者だ」

 「ウィンドのことはいいの。て、聞かなくても大よそは予想できるよね。……やっぱり一番の興味はその子のことだよね。秘密を知りたいのかい」

 やっぱり、犬飼はこの子のことを知っていたのか。

 心の中がむしゃくしゃとうずく。

 「教えろ」

 「うーん、素敵素敵。だけど、残念ながら僕は君の味方になるつもりで電話をかけたんだ。その子の秘密と引き替えに管理局に戻ってきてほしい。幸いにも、僕の担当地区だから何とでも言い訳が聞くさ、聞かせてみせるよ」

 「味方だと……」

 「イエスイエス、僕は君の味方。君の知りたいことくも分かり、君の幸せも守れる。今までワガママや命令違反を黙って聞いてきたのも……それは君が可愛いから、ていうのもあるんだよ」

 奴の口から出た、おぞましい言葉に顔をしかめる。

 「気色の悪いことを言うな。お前は、なんなんだ」

 受話器越し確実に奴のクスクスと愉快な笑い声が聞こえた。

 「なんなんだろうね、この僕は。……神様や悪魔になりたいかもしれないね」

 まるで全てを悟ったかのような言い方。だが、俺はその言葉に何か真に迫る恐ろしさを感じた。

 「お前は、何がしたいんだ……」

 「さあ、君になら教えてあげてもいいよ。ブルー……リントくん。今から、迎えを送るからちょっとそこで待っててね」

 電話は、そこでプツンと切れた。

 奴の迎えとやらを待ち、おとなしく少女も引き渡せば、また心の元に帰れる。これは願ってもみないチャンスといえる。しかし、今ここで奴の言葉に従えば大事なものを失う。それは非常に漠然としてものだが、それはなくしてはいけない何かだ。

 答えは決まっている。

 黒い携帯電話を真っ二つに割る。もう一つの個人の携帯も心に短くメールを送り、二つに割り、ついでに足で砕いた。 

 もうこれで後戻りはできない、俺には進む道しかない。少女を再び抱きかかえたところで、ゆっくりと足音が近づいてくるのが分かる。

 早い、もう管理局が。そう身構えていると、思いもよらぬ人間が姿を見せた。

 「よお、凜渡ちゃん。お困りのようなら、俺の肩を借りてもいいんだぜ」

 そう言い、ニッと笑いかける男は旧友……大狩雷太だった。

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